2019年末に明らかになったカルロス・ゴーン被告の国外逃亡。刑事事件の被告が保釈中に出国し、日本の刑事司法制度批判を展開するという異例の事態に、日本政府はどう立ち向かうべきか。橋下徹氏の見解は? プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(1月7日配信)から抜粋記事をお届けします。
写真=AFP/時事通信フォト
日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(フランス・モブージュ)=2018年11月8日撮影 - 写真=AFP/時事通信フォト

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■衝撃の大事件に国民の怒りが沸騰しないのは……??

年末のカルロス・ゴーン被告国外逃亡劇は、日本中に嵐を巻き起こしたね。それでこれから裁判が始まろうとする保釈中の被告が、国外に逃亡したとなれば、普通は非難一色のはずだ。ところが、今回はちょっと趣が異なる。

それはゴーン氏の容疑が、日本を代表する企業である日産自動車の経営陣内のお家騒動的なものであり、国民一般に直接的な危害を及ぼしたものでないことと、ゴーン氏が日本の刑事司法制度に堂々とケンカを売ってきて、それに賛同する者が少なからずいることが原因だ。

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そして逮捕時から、ゴーン氏は日本の刑事司法制度の酷さを主張し、これが世界的に発信され、国内でも同調する勢力がいる。特に刑事弁護に力を入れている弁護士たちは、ゴーン氏に同情的だ。

長期間の勾留、取り調べに弁護人が立ち会えないこと、奥さんと面会・連絡できないこと、裁判が長期化する見通し、ゴーン氏に不利になるような話が捜査情報的にどんどんメディアに流れること……。

日本の弁護士の多くは、これらは日本の刑事司法制度の問題点として、かつてより改善を主張してきたところだ。僕も、同じ立場だ。しかし僕を含め弁護士たちには、政治力がなかったので、日本の法務省や警察庁を動かすことができなかった。弁護士の身内の世界の中で、ワーワー叫ぶことしかできなかった。そこをゴーン氏が、世界に向けて強烈に発信した。

これで日本の政治が刑事司法制度の抜本的な改革に動けば、多くの弁護士たちは、ゴーン氏に拍手喝采を送るだろう。僕も、今回の件をきっかけに日本の刑事司法制度の問題点が改まることを望んでいる。僕は8年間政治家をやってきたが、この領域には何の改革も実行できなかった。それがゴーン氏の行動によって前に動くならば、その点についてはゴーン氏に感謝するところである。

ただし日本の刑事司法制度を真っ向から否定し、日本の主権の行使を阻止したゴーン氏に対しては、日本国民として黙ってはいられない。

戦争とは、国と国が、相手国の主権の行使を否定する戦いだ。それをゴーン氏は個人で、日本の主権が自分に及ぶことを阻止したのであり、まさにゴーン氏と日本との戦争だ。

その上で、緒戦はゴーン氏の勝利。日本国の敗北。

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■もし僕がスパイ容疑で中国当局に拘束されたらどうするか

ただ、次のようなことも考えた。もし僕が中国を旅行中に、中国当局に身に覚えのないことで拘束されたらということを。自分では全く納得いかない、スパイ容疑で。弁護士も十分につかず、家族との面会も許されない。よく分からない法律で一方的に裁判が進んで行く。日本政府に助けを求めても全く効果がない。

このまま裁判にかけられれば、長期間の刑務所行きになると言われている。

そして中国の報道では、身に覚えのないことがどんどん報じられている。裁判は二審制で、判決には中国政府の意向が強く働くことがわかっている。

そんなとき僕だったらどうするか。こんな中国から一刻も早く逃げ出したくなるだろう。

でも僕には逃げ出す力がない。力がなければ、そのまま中国の制度に従わざるを得ない。

では逃げ出す力があったらどうするか? あの中国政府相手に、普通は一個人が勝てるわけがないが、もし勝てるなら中国を脱する勝負をすると思う。

ゴーン氏は、日本において今回、まさにそれをやってのけたのだ。

■日本の主権者としてゴーン氏の国外逃亡は容認できない

ここは誤解のないように言わないといけないが、僕は日本の刑事司法制度に不満なところは多々あるが、最後は日本の刑事司法制度に従う。日本国民として主権を有するので、日本政府が有する主権の行使に服する。主権とは権限だけではなく責任も負うものだ。ただし、現在の刑事司法制度に不平不満があるならその制度の中で、徹底的に争っていく。その制度を抜本的に変えたいと思えば、政治活動で変えていく。

先ほども述べたように、自分が暮らす日本という国家を成立させるためには、日本国内に存在する人々は、日本人であろうと外国人であろうと、日本の主権に服してもらわなければ困るという持論だ。

だから、ゴーン氏の国外逃亡は容認できない。日本の主権者として、ゴーン氏に日本の刑事司法制度に従わせることを望む。

しかし、ゴーン氏が日本という国家に対して個人として勝負を挑み、それをやってのけた勝者であることも認める。武力は用いていないが、国家の主権の行使を否定した点では戦争と同じだ。戦争は勝った者が正義となる。そうなると今のところの正義はゴーン氏にあるということになる。悔しいが。

だから、日本政府はあの手この手を尽くして、ゴーン氏とのこの戦争に勝たなければならない。武力を用いるのではなく、外交を用いて勝ちにいかなければならない。

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世界を見渡せば、こんなことはしょっちゅうある。アメリカの国家機密をインターネットに流した元アメリカ国家安全保障局職員のエドワード・スノーデン氏をアメリカ政府は捕まえようとしたら、スノーデン氏は国外に逃げた。今はロシアにいるらしいが、ロシア政府はスノーデン氏をアメリカには引き渡さない。

トルコのエルドアン大統領が2016年のクーデターの首謀者と目している在米イスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師を、エルドアン大統領は引き渡すようにアメリカに求めているが、アメリカは応じない。

中国の通信機器最大手の華為(ファーウェイ)の孟晩舟・副会長兼最高財務責任者(CFO)はカナダに拘束されているが、中国が強烈に中国への引き渡しを求めている。

日本の踏ん張りどころだ。

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■日本は刑事司法制度の問題点を認めたうえで戦うべき

ゴーン氏は、これから日本の刑事司法制度を痛烈に批判してくるだろう。

橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

その際に日本側が、制度はそれぞれの国によって異なるものだと言ってしまえば、日本はこれから中国、北朝鮮、ロシアなどの制度を批判することはできなくなるし、中国、北朝鮮、ロシアなどが、内政について干渉してくるなと言ってくれば、それについても何も言えなくなる。

国の制度は、それぞれの国によって異なるところがあるのは当然だが、その中でも理想の基準に達しているかどうかを常に検証しなければならない。

やはり取調べにおける弁護人の立会い権が認められていない日本の刑事司法制度は理想の基準に達していない。拘置所内のルールも、面会のルールも理想の基準に達していない。ここは素直に認めるべきだ。

この点について理想の基準に達するように変えないと、我々日本は、中国や北朝鮮、ロシアなどの人権侵害行為を痛烈に批判できなくなる。

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(ここまでリード文を除き約2700字、メールマガジン全文は約1万2000字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.182(1月7日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【ゴーン被告逃亡劇(1)】これはゴーン氏個人と日本国との戦争だ! 緒戦敗北の日本がとるべき道》特集です。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)