パン屋でヒットした「パン好きの牛乳」。今後、販路が順次拡大される予定(撮影:今井康一)

パンブームが続くなか、今、パンを愛する人たちの間で大人気の飲み物がある。その名も、「パン好きの牛乳」だ。2018年4月から街のパン屋を中心に販売されてきた。月間600本ほど売れるパン屋もあるという。

さらに、2019年4月に発売した「パン好きのカフェオレ」も好調で、牛乳を上回る勢いで売れているそうだ。また、容量500mlの展開だったところ、9月には手軽に飲める200mlを投入し、さらに売り上げは伸長。2019年11月末現在で、シリーズ累計約80万本を出荷しているという。筆者も早速飲んでみたいと思いオフィス街のパン屋に正午過ぎに行ってみたが、冷蔵ケースは既に空っぽ。「本日完売です」と言われてしまった。

作っているのは、あの化学メーカーだった

大人気のこの牛乳。興味深いことに、作っているのは乳業メーカーではなく「カネカ」だ。

同社は樹脂や太陽電池、断熱材など、さまざまな分野で素材提供を行う創業70年の化学メーカー。実は創業当初から、マーガリンやショートニング、イースト菌などのベーカリー向け原料の製造も行っており、この領域ではトップクラスのシェアを誇る。しかし、B to Bビジネスを展開してきた同社が、なぜ消費者向けの牛乳なのか。


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それは、同社が事業を通じ社会的課題の解決に取り組むという方針を打ち出したことが背景にある。その中で、同社が課題の1つとして注目したのが、酪農の現状だった。

「後継者や労働環境の問題などから酪農家の数が減り、国内の生乳の生産量は落ちています」と、販促企画チームのリーダーの天川隼人さんは説明する。「弊社には乳関連だけでなく、太陽光発電や飼料など多くの知見がある。これらを活用し、酪農家を支援しながら一緒に持続可能な酪農を作り、乳製品業界に貢献できるのではと考えました」。

こうした経緯で、循環型の酪農経営を目指し、酪農から乳製品の生産販売、消費者の購入までを見据えた乳製品事業が始まったという。そして第1弾の商品として「パン好きの牛乳」が開発されたのだった。

しかし、牛乳の現状は厳しかった。「10年以上前に比べ牛乳の消費額は約2割減。ユーザーも高齢者やファミリー層に固定化しています」と、天川さん。牛乳離れを食い止めるにはどうしたらいいのか――そこで着目したのが、昨今のパンブームだった。


カネカ Foods & Agris Solutions Vehicle 乳製品事業開発 Strategic Unit販促企画チーム チームリーダーの天川隼人さん(撮影:今井康一)

パンが好きな人は、20〜30代と若い女性が多い。彼女たちに刺さる牛乳を作ればユーザーが広がると考えた。「ベーカリー業界も少子高齢化で縮小傾向。お世話になってきた業界を盛り上げたいという思いもあり」(天川さん)、ここをターゲットに定めたそう。

また、調べてみると、「牛乳を飲むときにパンを食べる人は7割、しかしパンを食べるときに牛乳を飲む人は3割」という事実が判明。つまり、牛乳とパンに親和性はあるものの、牛乳はパンのお相手として積極的に選ばれているわけではない現状が見えた。

どんな牛乳だったらパンと一緒に飲みたくなるのかを探るべく、同社はパン愛好家にグループインタビューを行った。すると、「牛乳は濃厚なものが好き。でも、濃厚な牛乳は、パンの味を消してしまう」といった意見が多く集まったという。これを基に、「コクがあるのに後味すっきり」をコンセプトとした、パンの味を引き立てる牛乳の開発が始まった。

原料の生乳は、北海道の酪農家との提携で調達できることに。課題は、コクをそのままにどうスッキリさせるかにあった。コクがある牛乳は最後に口内がネチャっとするが、実はこの後味は加熱しすぎたときに生じる臭みなのだそう。「この加熱臭を出さずスッキリとしたフレッシュさを残すためには、優れた加熱殺菌の技術が必要でした」と天川さんは話す。

そこで、同社は、2018年1月にベルギーのピュアナチュール社と技術提携した。1988年に創業し、牛乳やバターなどの有機製品を製造して欧州各国に展開している企業だ。

カネカは、牛乳を加熱する際の温度と時間を丁寧に調整する彼らの製法に注目した。とくに、味の決め手となる加熱技術に優れているという。しかし、彼らの繊細な製法を実施するのは簡単ではなかった。「まず、既存の設備を改造する必要がありました。さらに改良した機械を使い、ピュアナチュール社の品質を再現するまでも時間がかかりましたね」と、天川さんは振り返る。

思惑どおり、パン好きを魅了

試行錯誤を経て完成した牛乳は、ベーカリー業界とのつながりを生かし、首都圏や関西のパン屋約300店舗で販売を開始。すると、「スッキリ飲みやすいのにコクと甘みがある」「パンのうまみや風味が引き立つ」と好評で、30〜40代の女性を中心としたパン好きを魅了した。販路が限られている特別感や、ターゲットにストレートに訴求するわかりやすいネーミングも購買を後押ししたに違いないが、反応は想定以上だったという。

パン好きが集まるイベントへの出店も大当たり。初めて参加した「青山パン祭り」では、ブースが大盛況となり3時間で完売。インスタ投稿も増え、パン好きの間で認知がいっそう広まったという。


「青山パン祭り」など、パン好きが集まるイベントには積極的に参加(写真:カネカ提供)

また、新たな出会いもあった。同イベントの主催者だったコーヒーショップ・バリスタの加藤渉さんだ。「彼がうちの牛乳を使ってカフェオレを作ってくれて。これがめちゃくちゃ美味しかった」と、天川さん。これを機に、加藤さんからアドバイスをもらいながら第2弾商品「パン好きのカフェオレ」を開発した。

原料は、生乳・砂糖・コーヒー豆のみのシンプルな設計。「脱脂粉乳などを使うカフェオレが多いところ、生乳94%を使ってリッチな味わいに。コーヒー豆もグアテマラ産の最高級グレードのものを使用しています」と、天川さんは胸を張る。現在、牛乳よりも売れているという。

筆者は、よりミルクのうまみを楽しめる牛乳のほうが好みだが、息子はカフェオレ推しで500mlをほとんど1人で飲み干した。甘味がありつつスッキリしているので、子どもも飲みやすいのだろう。ちなみに、パン愛好家によると、同社の牛乳はあんパンやカレーパン、カフェオレはバター感の強いクロワッサンやチョコレート系のパンと相性がよいそうだ。

気になる価格だが、こだわりの商品であるだけに若干お高め。しかも店舗により異なる。500mlの相場は牛乳が200円〜、カフェオレが300円くらいのようだが、筆者が購入した地元パン屋は牛乳もカフェオレも税込312円だった。1軒目の都心部のパン屋では完売だったこともあり、需要の高さを肌で感じた。

販路拡大中で新商品も続々投入予定

同社は、乳製品事業で2022年度には売上高200億円を目指している。現在、製造は大阪の工場に委託しているが、北海道に自社工場の建設も予定。


ピュアナチュール社ブランドのヨーグルト(写真)や発酵バターも発売中。「パン好き」シリーズに限らずさまざまな乳製品を展開する予定(撮影:今井康一)

「パン好き」シリーズに限らず、乳酸菌技術を生かした機能性商品や有機乳製品などもあわせて積極的に商品数を増やし、販路を広げていく方針だ。

「パン好き」シリーズに関しては、現在、楽天の自社サイトでも買えるほか、イトーヨーカドーやデイリーヤマザキなどでも販売が始まっており、販路は約2000店舗まで拡大した。2020年春には有名なベーカリーチェーンやコンビニなどでの販売も決まっている。一消費者としては入手しやすくなるのはありがたい。

一方、販路が拡大されると、「パン屋限定の特別感」が薄れファンの購買意欲が落ちる心配や、スーパーなどで安価な牛乳と並ぶと手に取ってもらいにくいのではという疑問も浮かぶ。

今後もパンに絡んだ販促に注力するというが、このあたりはゆくゆく課題になってくるのだろうか。パン好きの輪を越えていかにファンを増やしていくのか、これからの動向が気になる。