今年の箱根駅伝はどこに注目するべきか。元箱根ランナーでスポーツライターの酒井政人さんは「ナイキのピンク色の厚底シューズを履く選手が増えています。ユニフォームでアディダスと契約中の青学大も、シューズではナイキを解禁しました。今年は選手の足元に注目するとおもしろいでしょう」という――。
「第96回東京箱根間往復大学駅伝競走」公式ページより

箱根駅伝を100倍楽しめてツウぶれる11個の裏ネタ

箱根駅伝は正月に欠かせない国民的イベントだ。1月2日、3日の2日間をかけて、往路・復路の全10区を計11時間ほどで走り抜ける。

なぜ人気なのか。それは、往路、復路を制する大学はどこか、完全優勝を果たす大学は現れるのか、というレースの内容だけにとどまらない魅力があるからだろう。

筆者はかつて箱根駅伝を走った経験があり、スポーツライターとしても精力的に取材してきた。そこで「これを読めば箱根駅伝を100倍楽しめて感動できる」という11個のネタをお伝えしたい。

■アディダスのシューズを履いていた青学がナイキを解禁

▼ネタ1 監督が月間500km走破する意外な理由

前回は東海大が初優勝を達成して、両角速(もろずみ はやし)駅伝監督が大手町で宙に舞った。「胴上げ」を意識したのか、昨年は指導の合間に月間500kmのランニングを続けて、約17kgのダイエットに成功。現在もスリムなカラダをキープしている。

▼ネタ2 ライバル東海vs青学の監督は火花バチバチ

東海大・両角監督と青山学院大・原晋監督は同学年ということもあり、ふたりは強烈なライバル意識を持っている。両角監督を取材すると、「原とは違いますから」というフレーズがしばしば出てくる。東海大は今季からナイキとユニフォーム契約をしているが、青学大はアディダスと契約中。ここでもライバル関係になる。

▼ネタ3 アディダスを履いていた青学がついにナイキを解禁

写真提供=ナイキ
ナイキは、2019‐2020年の駅伝シーズンに向け、駅伝ランナーからインスピレーションを受けてデザインされたという「EKIDEN PACK」を2019年12月3日より発売している。箱根駅伝ではこのシューズを履く選手が多く見られるかもしれない。 - 写真提供=ナイキ

11月上旬の全日本大学駅伝では8人全員がピンク色のナイキの厚底シューズ(ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%)を履いた東海大が、アンカー決戦で青学大を下して、16年ぶりの日本一に輝いた。

その影響だろうか、青学大はこれまでは大半の選手がアディダスのシューズを着用していたが、11月23日の1万m記録挑戦競技会からナイキの厚底シューズを解禁。その成果もあったのか、エントリーメンバー上位10人の1万m平均タイムは28分45秒36まで急上昇し、出場全チームでトップに躍り出た。箱根では両校仲良く、ナイキの同型シューズを履くことになるのかもしれない。

なおこの靴については、10月31日の記事「"ナイキが『マラソン厚底規制』に高笑いする理由 」で詳しく解説したので、あわせて参照いただきたい。

▼ネタ4 ライバル東海vs青学の直前合宿の宿舎は同じ

箱根駅伝出場校は11月後半から12月前半にかけて千葉・富津で合宿を行うことが多い。東海大と青学大は富津での宿舎が同じ。東海大が合宿日程を終えたあと、そのすぐ後に青学大が同じ宿を使用しているのだ。宿舎で鉢会うことはないが、ライバル関係のチームが大切な時期に同じ宿に泊まり、同じ場所でトレーニングをしているかと思うと、不思議な気持ちになる。

■師弟関係の大学、同じ高校出身のライバル……人間ドラマ凝縮

▼ネタ5 各大学の監督は師弟関係の大バトル

学生長距離界は狭い世界で、指揮官では「駒澤大・大八木弘明監督と國學院大・前田康弘監督」、そして「東京国際大・大志田秀次監督と創価大・榎木和貴監督」が、それぞれ大学時代の“師弟関係”になる。

前田監督が駒大の選手時代にコーチを務めていたのが大八木監督で、前田監督が主将を務めた第76回大会(00年)で駒大は箱根駅伝で初優勝を飾っている。一方、榎木監督は中大時代に4年連続で区間賞を獲得。当時、コーチを務めていたのが大志田監督だ。榎木監督が3年時の第72回大会(96年)で中大は32年ぶりの総合優勝に輝いている。

なお、今年10月の出雲駅伝では、駒大と國學院大が最終6区で優勝争いを繰り広げた。大会前、大八木監督は、「國學院大には負けられないな」と話していたが、駒大がまさかの逆転負け。國學院大が3大駅伝で初タイトルを獲得した。

▼ネタ6 元埼玉栄の「エース」と「控え」の逆転

箱根駅伝予選会」の個人成績(「第96回東京箱根間往復大学駅伝競走」公式ページより)

その出雲駅伝の駒大と國學院大のデッドヒート。アンカー勝負を演じたふたりも因縁の対決だった。駒大・中村大聖(たいせい)と國學院大・土方英和は、双方がチームのキャプテン。そして埼玉栄高時代のチームメイトなのだ。現在は互いに「ライバル」と認めているが、高校時代はキャリアに差があった。中村は全国高校駅伝に3年連続で出場する「レギュラー」だったが、土方は当時、貧血と故障に苦しみ、全国高校駅伝は一度も走っていない。

しかし、土方は大学で成長して、箱根駅伝に3年連続で出場。前回は花の2区を区間7位と好走している。一方、中村は大学2年まで学生駅伝に出場できなかった。それでも前回の箱根3区で4人抜きを演じると、今年3月の学生ハーフで2位。土方(4位)に先着している。そして、今夏のユニバーシアードではハーフマラソンで銀メダルを獲得した。

駒大と國學院大は箱根駅伝で「3位以内」という目標を掲げている。駒澤大・中村は1、3、4区の出場候補で、土方は2年連続の2区が濃厚。直接対決の可能性は低いが、2人の元埼玉栄チームメイトには要注目だ。

▼ネタ7 駒大には「なかむらたいせい」が2人いる

駒大には「ネタ4」で紹介した中村大聖と同じく「なかむらたいせい」と読む、4年生の中村大成という主力選手がいる。そのためチーム内では高校名で呼ばれることが多いという。埼玉栄高出身の中村大聖は「サカエ」、東北高出身の中村大成は「トウホク」となる。中村大聖によると、「藤田敦史コーチや後輩からは『サカエさん』と呼ばれていて、自分も違和感なく反応しています(笑)」とのことだ。

■「ライバルに負けるものか」選手たちが走りながら考えていること

▼ネタ8 元埼玉栄のもうひとりのキーマンは東海大の主将

写真=iStock.com/playb
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/playb

前述した出雲駅伝の駒大と國學院大の元埼玉栄選手による“頂上対決”を複雑な心境で眺めていたのが、東海大の主将・館澤亨次だ。彼も埼玉栄出身。当時はチームの主将であり、エースだった。

館澤は東海大の1年時から学生駅伝で大活躍。2年時から本格参入した1500mでは、17・18年と日本選手権を連覇している。今季は春先から不調が続いていたが、8月上旬のMRI検査で「恥骨結合炎」が判明。治療に専念するために、出雲駅伝は欠場した。テレビ画面に映し出された元チームメイトの争いに大きな刺激を受けた。

「自分はメンバーにも入っていない状況で、あれだけ熱い戦いをやられた。何もできないもどかしさがありましたし、あのふたりと戦いたいという思いが強くなりましたね。(中村)大聖と土方(英和)は自分にとってのライバルです。僕は高校時代もキャプテンだったので、負けるわけにはいきません。箱根駅伝では総合優勝して、個人としても、同じ区間になったら勝ちたいです」

▼ネタ9 東洋大主将と明大主将はともに学法石川出身

以上、埼玉栄高出身の3人以上に、長い付き合いでライバル関係となるのが東洋大の主将・相澤晃と、明大の主将・阿部弘輝だ。ふたりは福島県須賀川市の出身。中学時代に地元の陸上クラブで競技を始めて、相澤が阿部を誘うかたちで学法石川高に進学した。

競技面では、中学時代は相澤、高校時代は阿部が先行していたが、大学では相澤がリードしている状況だ。今夏のユニバーシアードでは相澤がハーフマラソンで金メダル、阿部が1万mで銀メダルに輝いている。

相澤は学生ナンバー1といわれるほどの実力をつけており、3大駅伝は4大会連続の区間賞&3大会連続の区間新記録。今回は2区で日本人最高記録(1時間6分45秒)の更新をターゲットにしている。一方、阿部は夏に股関節を痛めたため、箱根駅伝予選会と全日本大学駅伝は欠場したが、箱根駅伝にはエントリーされた。絶好調とはいえないが、8位内が獲得できるチームの「シード権」という目標に向かってエースの走りを見せてくれるだろう。

■無名選手が大学で急成長して一躍全国区に躍り出た

▼ネタ10 調理師専門学校への進学を迷っていた選手が急成長

この明大の阿部以上に東洋大の相澤を強く意識しているのが、同区間で激突する可能性が高い東京国際大・伊藤達彦だ。高校時代(静岡・浜松商)は全国大会の出場はなく、就職するか、調理師専門学校に進学するか迷っていたという。そこに東京国際大・大志田秀次監督から熱心な誘いを受けて、人生が劇的に変わっていく。

創部9年の東京国際大は近年、駅伝新興校として実績をあげている。伊藤はそのチームのエースになると、今夏のユニバーシアードではハーフマラソンで銅メダル。学生トップクラスの選手に成長した。箱根駅伝予選会は相澤と競り合う場面をイメージして、日本人トップ(個人5位)。4人のケニア人留学生ランナーに先着すると、8日後の全日本大学駅伝は2区で衝撃の13人抜きを披露する。区間記録を51秒塗り替えて、初出場の東京国際大をトップに押し上げたのだ。

伊藤は3年連続となる2区が有力で、「区間賞」を目標に掲げている。チームには強力なケニア人留学生もいるため、東京国際大が往路の前半でトップを快走するシーンが見られるかもしれない。

▼ネタ11 家族ドラマ、兄の雪辱を果たすために弟は走る

写真=iStock.com/Pavel1964
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pavel1964

箱根駅伝に出場すると、家族も大騒ぎとなる。そのなかで兄の影響を大きく受けているのが、東洋大・定方(さだかた)駿(しゅん)だ。6学年上の兄・俊樹(現・MHPS)に憧れて競技を始めて、兄の背中を追いかけるように東洋大に進学した。4年目でレギュラーの座をつかむと、出雲駅伝と全日本大学駅伝はエース区間で活躍した。今回も主要区間での起用が有力だ。

兄・俊樹は2013年大会に5区で出場。トップで走りだすも、区間10位と苦しみ、3位に転落した。兄の雪辱を果たすためにも、ラストチャンスとなる箱根駅伝で快走を誓っている。

往路・復路合わせて217.1kmの箱根駅伝にはさまざまなドラマが詰まっている。以上に掲げた9つの「ストーリー」を知った上で見れば、より深くレースを堪能できるに違いない。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)