日本で開催されたラグビーワールドカップで、多くのラグビーファンが「HUB」を訪れた(記者撮影)

ラグビーワールドカップが日本で開催され、大いに盛り上がった2019年。ラグビー強豪国にはパブ(イギリスの大衆酒場)文化のある国が多かったこともあり、イギリス式パブ「HUB」の賑わいが大きく注目された。

東証1部上場のハブは、1980年にダイエーの100%子会社として設立(旧ハブ、1986年に解散し、現在のハブは1998年に設立)され、イギリス式パブの「一本足打法」で40年間、HUBを運営してきた。20期連続の増収と4期連続の増益を記録するなど、業績を伸ばし続けている。

東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年は4月から飲食店では原則屋内禁煙となる。こうした大変化の年である2020年にどのような戦略を描いているのか。ハブの太田剛社長に尋ねた。

ラグビーでパブの本当の楽しみ方が生まれた

――2019年はラグビーW杯で「HUB」が注目されました。

今回ラグビーW杯があったことで、いろいろな取り組みが生まれた。1つは昼飲みだ。ラグビーの強豪国はパブ文化のある国の人たちばかりで、本当の意味でのパブの利用の仕方や楽しみ方を知っている人たちが来日した。

日本人はまだ、パブを非日常的な空間として使っていて、酒は未だ夜に楽しむものだという感覚がある、しかし、彼らにとっては、昼間からアルコールを飲むのはおかしなことではない。ラグビーW杯の期間中、売り上げや利益をもちろん期待していたが、どちらかというと本場のやり方を知ってもらうことを重視した。

――10月の全店の売上高目標は前年比145%でした。

(W杯期間中の9〜10月の売上高は前年比)120%ではちょっと物足りない。もっと上に行きたかった。

10月はラグビーの試合のあった日が台風で閉店という影響もあった。観光客は大会期間中、およそ20日間宿泊するので、その間ずっと来てもらえるものだと思っていたが、試合のない日は意外と観光を楽しんでいた。自国の試合のないときでも気軽にお酒を楽しんでもらえるだろうと思っていたが(そうではなく)、そこが少し物足りなかった。

【2019年12月30日18時59分追記】初出時の記事における、台風による閉店の記述を上記のように修正いたします。

――パブ文化を日本人へ浸透させるのは難しいのではないでしょうか。

(日本人は)基本的には(昼に)飲まないのだが、平日休みのサービス業勤務の人もいる。そういう人たち昼からビールを飲む外国人の姿を見て、コーヒーからアルコールに変えることもある。

秋葉原の店でも、これまでソフトドリンクだった顧客がジントニックを飲んでいた。昼間は今まで、ランチ用メニューだけを置いていたが、アルコールメニューを置く場所を増やしている。


太田剛(おおた・つよし)/1961年生まれ。1983年、(旧)ハブ入社。1998年、(現)ハブ取締役営業部長などを経て、2009年から現職(撮影:梅谷秀司)

――2020年の東京五輪ではパブ文化のない国からも多くの人がやってきます。

東京五輪だからといって特別なことはしない。ただ、アジア圏の人に受け入れてもらうことを考えている。これまでは「訪日客=欧米系の方々」と捉えており、アジア人をターゲットにしていなかった。

英語だけの情報発信だったが、中国語などアジアの言葉が1つあるだけでハードルが下がる。(アジアの方にも)一度パブを体験してもらうことに挑戦してみたい。

全面禁煙で客数増に期待

――日本ウイスキーの人気などがありますが、外国人に対応した特別な施策はありますか。

せっかく日本に来たのだから、日本のウイスキーが飲みたいという方がいる。ロンドンのパブでは日本酒がすごい人気で、イギリスで日本酒を造る動きがあるところまで人気が高まっている。

(日本酒が)そこまで人気があるのであれば、ハブでも品ぞろえの一つとして用意してもよいのかなと。ラグビーの時は、いかにビールを切らさないかに集中していた。しかし、東京五輪では日本らしさを取り入れていくことも必要ではないか。

――イギリスのパブは2007年に全面禁煙となりました。日本のハブも2020年4月から全面禁煙になりますが、どんな影響があるのでしょうか。

(イギリスでは)お客さんが思い切り減った。その後、今では料理のない店がないほど、料理を提供するようになった。

日本でも一時的には喫煙者の来店回数が減るなど、禁煙の影響はあるだろう。だが、たばこの臭いや煙がいやで、分煙してほしいという声も結構あることを考えると、(客数増の)期待もできる。

たばこの煙を嫌で(我慢して)働いていた人たちもいて、いいスタッフも採用しやすくなるだろう。喫煙ブースを用意する予定で、今まで来たくても来れなかった非喫煙者にとっても、パブが楽しいということを訴求していきたい。

――2019年のラグビーW杯期間前に、アルバイトら約300人を増やしました。

外国人客との英会話が目的でアルバイトをしている人も多い。サービスでもあり、自身の会話力向上にもなる。そのため、アルバイトの応募数はかなり多い。

外食は現在、人手不足で採用が難しいが、(当社は)意外と学生や英語の話せる方々が応募に来てくれる。志望動機が英会話という人が多いので、TOEIC700点以上の人に対して時給を10円だけ高くしている。700点以上で、「English OK」のバッジをつけている従業員が1500人中200人以上いる。

ハブには創業者の中内氏の思いが詰まっている

――ハブには、民間企業でありながらイギリス文化を広めるという役割もあるのですね。

(ハブの)創業者(であるダイエーの中内㓛社長、故人)がそう思ったんでしょうね。中内さんは日本のサラリーマンの飲み方がいやだと話していた。

「仕事終わりに居酒屋に行ってご飯食べて飲んでも、大体言うのは会社の愚痴と上司の悪口」「延々とだらだら飲んで、最後は閉店ですと言われ、出てきたみっともないサラリーマンが駅でごろごろしているわな」「あんなもんで明日の活力になる酒なんて飲んでないだろう」と。

そんなときにイギリスに行ってパブを見て、かっこいいイギリス人のサラリーマンがササッと飲んでササッと帰って、家でご飯を食べる姿を見た。「パブはリセットする場だ」と聞いて、これだ!と思ったのだろう。

キャッシュオンデリバリーという形態も新鮮だったと思う。彼はセルフサービスのスーパーをスタートさせた人だから。自分で会計をしている姿がダイエーのイメージと通じたのかもしれない。パブとスーパーは違うが、パブも週刊紙価格で(お酒を)出している。活力のある酒を出せば明日もがんばろうとなるだろうと。

――飲み会をスマートにしたいというニーズは今もあると思います。

今でこそキャッシュオンデリバリーが便利だと言われているが、昔は「自分が買ってこい」「伝票持ってこい」というお客さんが多かった。食べ物を充実させろとかね。

今もいるけど、基本的には気軽に飲んでさっと切り上げる場。行ったら誰かいるかな、とふらっと立ち寄る場でもある。そうなってきたのはここ5〜10年だ。

――外食で進むデジタル化にどう対応しますか。

居酒屋でのタッチパネル導入のように、生産性を高めていく上での取組はどんどん進んでいる。でも、僕はデジタル化するとパブの良さがなくなると思っているので、様子を見る。

パブはアナログの世界。徹底的に人を磨いてフレンドリーな接客をする。イギリスのパブで一番良いところは人と人のつながり。厨房はどんどん進化していいが、売り場だけは絶対にアナログの世界を崩さない。わざわざカウンターに行って口で注文する、目の前で自分の飲み物を待つ、ということがあってもいいのでは。

うちより安いお店はたくさんある

――日本人にパブ文化を根づかせるため、2020年は何に取り組みますか。

来てもらうしかない。いくら説明しても、パブって「ああ、そう」で終わる。だが一度来てもらえれば、1杯400円のビールだけ飲んで、本当にそのまま帰ることができる。


「パブはアナログの世界。徹底的に人を磨いて、フレンドリーな接客をする」と、パブ文化の魅力を語る太田社長(撮影:梅谷秀司)

「ビール1杯190円」の看板を出す店など、うちより安い店はいくらでもあるが、その値段で本当に帰れるのか。お通しもあるし、途中で帰りにくい雰囲気もある。パブはその意味で言えば、本当にお酒を気軽に楽しめる。お酒が飲めない人も、時間がある人もない人も、外国人も日本人も。まずは来てもらうためにどうするか。SNSなど、武器はたくさんある。

――2024年までに現在114の店舗数を200にすることが目標です。

これは、はっきりいってハードルが高い。今のペースでは誰がどう計算しても追いつかない。200店舗を達成するために急いで10店を出すのは、投資家にとって良くないことだ。

30数年間、この(外食)業界をみてきたが、外食はそれ(大量出店)でしんどい思いをしている。我々は特にイギリス風パブ一本でやっている。ブランドの陳腐化は事業の終わりで、絶対に陳腐化させられない。しんどいときはいったん止めて、病気になっているところを治してから進む。この繰り返しをしているからこそ(不採算による)退店が(2001年以降)1店もない。

――外食産業が苦境にあえぐ中、ハブは20期連続の増収、4期連続の増益を達成中です。

新店で売り上げが増えるのはどちらでもいいが、既存店は確実に成長させたい。この(ビール1杯400円などの)値段設定で一等地に金をかけて開店しているので赤字が続くが、その間に既存店が稼いでくれていれば、新店もそのうち稼ぐ側に入る。

新店はみな「親不孝者」だと言っているが、そのうち改心して「孝行息子」になってくれる。