世界経済フォーラム(WEF)参加のため、チューリヒに列車で到着したグレタ・トゥーンベリさん。=2019年1月(写真:AFP=時事)

1981年にパリ─リヨン間に高速鉄道路線が完成し、高速列車「TGV」の運行を開始した。それまで特急列車で6時間半以上かかっていた両都市間が、今ではわずか2時間で結ばれる。

現在、両都市間における高速鉄道対航空の旅客シェアは、鉄道が91.5%に達し、航空はわずか8.5%にとどまっている。その後、ドイツやイタリアが続き、欧州で本格的な鉄道高速化時代が始まった。

1994年に英仏海峡トンネルが開通し、ロンドンとパリ、ブリュッセルを結ぶ「ユーロスター」が運行開始した。2007年には英国内の高速鉄道路線も開業し、ロンドン─パリ間は最短2時間15分まで短縮された。その結果、航空に対する鉄道のシェアはパリ線71%、ブリュッセル線65%。航空会社は運航本数の縮小や撤退を余儀なくされた。

鉄道が航空「乗り継ぎ便」に

パリ─ブリュッセル間で唯一残っている空の便はベルギーのブリュッセル航空の1日1往復で、しかも毎日ではない。エールフランスは、パリのシャルル・ド・ゴール空港から乗り継いでブリュッセルへ行く旅客に対して、TGVに自社便のフライト番号を付与し、乗り継ぎ便として取り扱っている。空港ターミナル直下に駅があるからできる方法である。

同種のサービスはルフトハンザドイツ航空が80年代にフランクフルト空港ですでに始めており、KLMオランダ航空も今年、同様のサービスを開始した。今後も中短距離の区間で、鉄道と航空が手を組む流れが加速していく可能性が高い。

ドイツでは2017年12月、新たな高速鉄道路線が開業した。全体における総工事区間は、わずか123kmで、あとは在来線と組み合わせての運行となるが、国内主要都市間の中でもとりわけ利用者数の多い首都ベルリンとミュンヘンを結ぶ路線は、この新線の開通によって、所要時間が4時間を切ることになった。

現地報道によると、路線開業前の両都市間シェアは航空が48%に対し鉄道が半分以下の23%と、航空が鉄道を圧倒していたが、開業1年後の2018年12月には航空が30%へ低下する一方、鉄道は倍増となる46%と大躍進を果たした。

過去10年間で人の流れが最も大きく変わったのは、間違いなくイタリアだ。以前は旧国鉄系のトレニタリアが国内を独占しており、2008年の時点では、ミラノ─ローマ間のシェアは鉄道の32%に対し、航空機は50%を大きく超えていた。

だが、2009年に両都市間を結ぶ高速鉄道路線が全通してから、鉄道が徐々にシェアを拡大した。さらに、民間の鉄道会社「NTV」が低廉な運賃と高品質なサービスで2012年4月に同区間に参入すると、トレニタリアも低価格運賃、サービス改善、運転本数の大幅な拡大で対抗。両者の顧客獲得競争が鉄道のシェア拡大に拍車がかかった。その結果として、2012年末には鉄道58%に対し航空32%と、完全に形勢が逆転した。2018年には、鉄道全体の利用者は84%に達し、対する航空利用者は10%にまで落ち込んでいる。

では、高速鉄道の台頭により、航空業界は打撃を受けているかというと決してそうでもない。格安航空会社(LCC)が、大手にはまねのできない価格の安さや地方都市への小回りが利く運用を武器に大健闘している。

欧州LCC大手のライアンエアーは、2007年の英国の高速鉄道路線開業後、早々にロンドン─パリ線から撤退したが、一方で鉄道の便が悪い地域を結ぶ路線へ速やかにシフトし、収益を維持している。同じく欧州LCC大手のイージージェットは、ロンドン南部ガトウィック空港をベースに毎日3往復のパリ線を維持、ロンドン南部地域のほか、ブライトンなど英国南部の住人を取り込むことに成功した。

「飛び恥」で鉄道シェア上昇

近年の欧州では環境問題が大きくクローズアップされている。鉄道における乗客1人当たりの二酸化炭素排出量は航空機の15〜20分の1以下とされ、移動時間にあまり大きな差がないのであれば、なるべく鉄道を使おうと考える利用者層が、鉄道のシェアを底上げする原動力となっている。


ドイツでは鉄道運賃への課税額を減らして、航空からのシフトを促す(筆者撮影)

スウェーデンでは、飛行機ではなく鉄道の利用を促す「飛び恥」という運動が行われている。日本でも有名になった若き環境活動家グレタ・トゥーンベリさんも参加している「飛び恥」運動は、欧州各国に広がりつつある。

フランスでは、来年から航空券に1人当たり最大18ユーロ(2200円)の環境税を課し、飛行機以外の環境にやさしい交通インフラの整備に充てる。ドイツでも航空券への課税を増やし、鉄道運賃への課税額を減らすことが9月に閣議決定された。

欧州では「4時間の壁」、そして「800kmの壁」が、航空から鉄道へのシフトの分かれ目とされているが、今後は1000〜1200km程度まで伸びていくことも、決して絵空事ではない。

本記事は週刊東洋経済11月2日号に掲載した記事「価格・時間に環境問題も!欧州で白熱する激変の構図」を再構成して掲載しています。