E−1選手権は納得できる戦いだったのか。

 答えは「NO」だろう。

 日本のチーム編成や準備がどのようなものだとしても、中国と香港に勝利するのは当然だった。中国はカタールW杯アジア2次予選で苦戦を強いられており、代表ではそれまで一度も采配をふるったことのない暫定監督のもとで臨んでいた。

 香港はそもそもレベルが低い。

 海外組がいない、Jリーグが終わったばかり、十分な練習を詰めていない、といったマイナス要素はあったものの、それでもきっちり勝利をつかまなければいけない相手だった。

 12月18日の韓国戦は、前2試合とは意味合いが違った。

 韓国もカタールW杯アジア2次予選でもたついているが、ポルトガル人のパウロ・ベント監督が招集したメンバーにはGKキム・スンギュ、CBキム・ヨングォンらのロシアW杯代表がいる。国際経験を持った選手は、日本より明らかに多い。

 韓国滞在中に感じたのは、E−1選手権が盛り上がりを欠く大会であるのと当時に、韓国にとっては負けられない大会であるということだった。負けられないのはどのチームにとっても同じとするならば、「恥をかくわけにはいかない大会」と言えることができた。

 香港を2対0で、中国を1対0で退けながらも、日本との対比から批判にさらされていたベント監督と選手たちにとって、日本に負けるようなことがあれば深いダメージを負う。過去2戦が火種となった批判を払しょくするためにも、彼らは勝たなければならなかった。

 勝たなければならないのは、日本も同じである。

 優勝を逃したからといって、監督の去就が取りざたされることはない。選手たちが猛烈な批判にさらされることもない。

 ただ、タイトル獲得とともに今大会の目標に掲げられた「チームの底上げ」を実現するには、中国戦と香港戦の勝利だけでは物足りない。13年以来の優勝を賭けた一戦としてはもちろん、国際舞台で戦える選手は誰なのか。つまりは「チームの底上げ」を促す選手を見極める試合として、韓国戦は今大会の総決算と言えるものだった。

 結果は0対1である。

 客観的視点に立つと、敗戦も想定内ではあった。だとすれば、問われるのは内容だった。

 チームとしてどれだけ戦えたか。チーム=組織で対応しきれない局面で、個人でどれだけ踏ん張ることができたか。負けるとしても、「納得できる負け方」でなければならない。

 序盤から押し込まれるのは、両国の立場を考えれば当然と言えるものだった。日韓戦の歴史を考えても、韓国は前半から勢いを持って入ってくることが多い。

 主導権を握られる展開から、どうやって抜け出すのか。具体的な方法を見つけられないまま、28分に先制された。

 E−1選手権に臨んだチームには、海外組を加えた編成でも主力と言える選手が見当たらなかった。言い方を変えれば、勝敗の責任を背負う選手がいなかった。さらに違う言い方をすれば、精神的なリーダーがいなかったのである。

 急増ゆえにチームとしての練度が低く、精神的支柱もいない大会だったが、韓国戦までには1週間以上のトレーニングを積んでいる。中国戦と香港戦を戦ってきたことも加えれば、多少なりともチームとしての機能性は上がっていたはずである。リーダーの必要性についても、他でもない選手たちがピッチ上で感じていたはずだ。

 それだけに、韓国戦には物足りなさが募った。ピッチ上の空気を入れ替えるような仕掛け──ボールを下げずに仕掛ける、長い距離を走る、球際で激しく戦う、といったものも散発的でしかない。

 3−4−2−1の日本に対して、韓国はアンカーを置く4−3−3で戦ってきた。日本は両アウトサイドが自陣へ引っ張られ、全体が後ろへ重たくなるうえに相手ゴールから遠くなる。システムは7+3のようにもなり、2シャドー+1トップの3人でどうにかしなければならない、という場面が頻発した。