路線バスは、その多くが赤字で、国や自治体の補助を得てなんとか維持している状況です。かつては国の構造的に「儲かる」事業だった路線バス、なぜこれほど衰退したのでしょうか。今後は地域ごとに、きめ細かな対策が求められます。

「100円の経費に86円の収入」地方は大幅赤字

 国土交通省は2019年12月3日(火)、2018年度の路線バス(乗合バス)収支状況を公表しました。それによると、大都市部では黒字ですが、地方部では「100円の経費をかけ運行し、86円しか運賃収入がない」という大幅な赤字状態です。地方の路線バス事業者は、国や自治体から補助金を得て、なんとか路線バスを維持しているのです。

 年間輸送人員をみると全国で約40億人。「バスの黄金時代」とも呼ばれた1970年代前半は約100億人でしたから、6割もの大幅な減少です。近年、大都市部では「PASMO」などのICカード対応や経路検索サービスの充実などによって、輸送人員は回復傾向にありますが、地方部では、自家用車普及の影響を受けて大きく減少しています。


路線バスは、その多くが赤字。写真はイメージ(画像:写真AC)。

 実は、多くの先進国において、路線バス事業は自治体などの公的な主体が担います。実際の運行業務は民間に委託することが多いものの、どの路線を、どれくらいの便数で、いくらの運賃で運行するかといった計画は自治体などが担当するケースが多いのです。しかし日本では、おもに民間のバス事業者が、独立採算で運行する形態が続いていました。それでは赤字路線を維持できないため、2000年代以降、制度が相次いで改正され、現在では「不採算だが、地域のために重要だと認められた路線の赤字は、国と自治体が補助金でまかなう」ことになっています。

 なぜ日本では、おもに民間企業が路線バス事業を担っているのでしょうか。その答えをひと言でいえば「かつては儲かった」からです。

バス事業にとって効率がよかった日本

 第2次世界大戦後、日本の人口は急増しました。さらに農業から製造業やサービス業へ、また農村から都市へと社会構造が変化したこともあり、通勤通学輸送は爆発的に増加しました。一方で都市部の鉄道インフラ整備や、地方部での自家用車普及には時間がかかったため、路線バスの輸送人員は急増し、「バスの黄金時代」を迎えました。

 また多くのバス事業者は、小売業や不動産業なども地元で幅広く展開しました。故田中角栄元首相が、長らくバス会社の経営者でもあったことに象徴されるように、政治家を輩出する事業者も多く、各地のバス事業者は「地元の名士企業」となりました。

 そもそも、温暖湿潤な気候に恵まれた日本は、欧米に比べて人口密度が極めて大きいため、路線バス事業にとっては効率のいい市場です。また、多くの事業者は戦時中、国内の競争を抑制することなどを目的に、国の政策により中小事業者らが合併して誕生したもので、直接的に競争することはありません。豊かな風土がもたらした高い人口密度と、競争のない業界構造が、路線バス事業をビジネスとして成立させたといえます。


昭和の時代に多かった、丸みを帯びた「モノコックバス」の例。北海道夕張市で有志が保存している1967年式のもの(2019年10月、中島洋平撮影)。

 自家用車が普及した1970年代後半からは、輸送人員が低下し始めました。しかし、その後に訪れたバブル経済は、中心市街地に多くの土地を保有する路線バス事業者の経営に余裕を与えました。不動産開発など副業の利益、またこのころ急成長した高速バス事業の黒字で路線バスの赤字を補填するという「内部補助」によって、路線バス事業は「延命」したのです。

赤字穴埋め不可能なレベルに 今後どうあるべきか

 しかし、その状況もバブル崩壊で一転します。地価上昇が止まったうえに、開発が進む郊外に比べて地方都市における中心市街地の存在感が低下し、不動産業などの利益を圧迫しました。また、国の規制緩和によるバス事業の競争激化も、貸切バスと、一部の高速バス事業の収益を低下させました。一方で路線バスの輸送人員は減少を続け、多くの事業者で、路線バスの赤字額がほかの事業で穴埋めできるレベルを超えてしまったのです。バス事業の主軸が、事業者による「内部補助」から、国や自治体による「公的補助」に制度が変わったのはそのためです。

 これからの日本社会において、路線バスの役割は重要度を増すはずです。自家用車への過度の依存による地球環境への悪影響や、運転免許を返納した高齢者の足の確保も大きな課題です。しかし、国や自治体の財政は厳しく、補助金を前提に事業を続けることができるのか、疑問もあります。高知県のとさでん交通や、北海道の十勝バスのように、社長自ら沿線の家庭を戸別訪問し路線バスをアピールするといった努力を重ねる事業者もありますが、構造的な解決にはほど遠い状況です。


乗合バス輸送人員の推移(国土交通省の資料をもとに乗りものニュース編集部作成)。

 日本の路線バス事業は今後どうあるべきでしょうか。ひと口に路線バスと言っても、地域によって状況が大きく異なると筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)は考えます。

 大都市部では、多くはないものの着実に利益を確保できています。民間事業者が最新のIT技術を活用するなど、サービスレベルも向上しています。高収益を望める都心エリアを公営交通(市営バスなど)が独占し、効率の悪い経営で黒字化できていないという事例もあるなか、事業の自由度を高め事業者の活力を引き出し、輸送人員のさらなる増加を目指す余地があるのです。首都圏や京阪神でも、ニュータウンなど郊外部では人口減少が進んでいますが、多くのバス事業者は大手私鉄系であり、親会社の鉄道とより緊密に協力すれば、沿線の魅力を高めるチャンスが残っています。

地方でバスは「大きすぎる」? 自治体に求められる明確なビジョン

 逆に、地方の中山間地(おおむね平野の外縁から山間地にかけての地域)では、数十人をまとめて移動させるバスというサービスだと「大きすぎる」ことが課題です。今後、自動運転技術はもちろんのこと、複数の人の移動ニーズを把握して柔軟にルート設定を行う、バスとタクシーの中間のようなサービスを開発、定着させるなど、ITを活用して地域の足を守る工夫が必要です。

 そして当面、最も課題となるのが、大都市と中山間地の中間に位置する、地方都市の周辺です。輸送人員が減少したとはいえ、路線バスは依然として公共交通の中核を担っています。しかし、民間事業者が運行し、税金から補助金を投入する制度では、運行ルートやダイヤを柔軟に変更し利用者のニーズに対応することにも限界があります。そのため、2013(平成25)年に制定された交通政策基本法は、自治体に対し、先頭に立って地域公共交通網を再構築することを求めています。


予約に応じて運行する「デマンド交通」の車両例。従来のバスよりも小さい(画像:国土交通省)。

 もっとも、これまで公共交通は事業者が主体的に運行してきたことから、自治体にはその知識やノウハウが不足しています。運行管理のノウハウはもちろんのこと、「〇〇高校の前に、朝8時ごろ、どの地域からどれだけの生徒が通学する」といった情報を握っているのは、おもに民間のバス事業者です。今後は、まちづくりの一環として地域公共交通のあるべき姿を自治体が明確に示すとともに、自治体とバス事業者が緊密に連携して、地域の足を守っていく取り組みが重要になるでしょう。そしてバス業界には、昭和期の「バス黄金時代」とは事業環境が大きく変わったことを自覚し、人口減少の時代に合った事業モデルを探る努力が求められています。