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 残り数週間で2019年も終わろうとしている。この時期になると、1年間の慰労や、社内でのコミュニケーションを目的とした忘年会を開催する会社が多い。

◆SNSに溢れる忘年会への不満

 そんな中、最近、Twitterでトレンドに入っている言葉で「#忘年会スルー」というものがあるのをご存知だろうか。さまざまなメディアで取り上げられており、知っている人も多いかもしれない。

 これは、会社の忘年会に参加する意義を見出せない人々が、Twitter上で「時間の無駄」「お金の無駄」「ストレスがある」など忘年会に関する愚痴を書いて最後に「#忘年会スルー」というハッシュタグをつけて投稿するものだ。

 例えば、以下のようなものがあった。

 上司に「俺の酒が飲めないのか!?」と、酒を強要された
 
 セクハラな話をされた
 
 家に帰って自分の時間を大切にしたい
 
 忘年会はつまらなくて、役に立たないのに自腹

 以前までは、忘年会への参加は義務だったり、義務と明言しないまでも参加を義務づける雰囲気があったが、SNSで発散されているこのような潜在的な不満から、忘年会の参加率はどんどん下がっているだろう。

◆日頃のストレスの表れ

 また、このハッシュタグがトレンド化していることで、悪い意味で日本人に効果的な群衆心理の「みんなが言ってる」が働いて、今年だけでなく来年以降からの忘年会の参加率も下がっていくだろう。「忘年会に参加するのはダサい」という風潮も生まれてくることも考えられる。

 SNSで飛び交う声だけみると、部下のほうが概ね被害者なのがよくわかるが、「#忘年会スルー」されるに至った原因は「上司だけ」の問題でもないのかもしれない。

 上司の酒癖が悪かったりするのは言語道断だが、その背景には「働き方改革」など現場無視で上から押し付けられただけで増え続け複雑化する社内規定などによって、抑圧された上司の不満が爆発してなんてこともあるのかもしれない。

 そうなると、1年間の慰労というより、1年間の不満の吐口になってしまうのも致し方なく、より一層誰も行きたくなくなるだろう。

◆時代とともに変化する合理性

 結果、「#忘年会スルー」の解決方法などの考察が出回るのだが、「部下が行きたくなる忘年会を考える必要がある」「忘年会に参加しないという価値観の多様化を認めてあげる必要がある」などを取り上げている記事をいくつか見ることになる。しかし、そもそも問題のフォーカスを「忘年会」だけに置きすぎているのではないだろうか。

 私は、この問題を世代間の「目的合理性」から「コミュニケーション的合理性」への合理性の変化にあると考えている。これは、ドイツの社会哲学者J・ハーバーマスによって提唱されたもので、お金・地位・権力によって人を動かそうとする「目的合理性」から、近代は相手とコミュニケーションを取ることよって相互理解を促して納得・了承によって人を動かそうとするコミュニケーションに基づく合理性に変化しているというものだ。

 わかりやすい例で言うと、「上司の指示は従うべきである」という上下関係で人は動かなくなり、部下にも指示に従う・従わないを決める自由があり、動いてもらうには相互理解のコミュニケーションが必要だということだ。

 かつての日本社会では、野球部やラグビー部のような「チームの勝利」という目的を持つ集団=運動部特有の先輩・後輩関係を経験している人間が、従来型の目的合理性に基づく社会構造の中で、それを理解し、適用するのが上手いため出世も早かったのはそのためだ。

◆問題の根底には一方通行の指示が

 「#忘年会スルー」問題も、役職による上下関係など昔から継承され続けている目的合理性に基づく職場環境になっているため、上司・部下の指示がコミュニケーションになっていないためではないだろうか。

 目的合理性に基づく指示は、相手の合意を伴わないため、労働時間外の忘年会への参加も「義務」となってしまう。そうではなく、コミュニケーション的合理性に基づいた、相互理解が日常的に行われていれば、上司・部下の信頼関係も構築することができ、部下も忘年会に参加したときのイメージがしやすくなり、参加を促すことができるのではないだろう。

 役職やお金(給与や残業代)に基づく指示ではなく、相互理解のためのコミュニケーションを日常的に実施していただきたい。

【参考文献】
『コミュニケイション的行為の論理 上・下』ユルゲン・ハーバーマス

<取材・文/山本マサヤ>

【山本マサヤ】
心理戦略コンサルタント。著書に『トップ2%の天才が使っている「人を操る」最強の心理術』がある。MENSA会員。心理学を使って「人・企業の可能性を広げる」ためのコンサルティングやセミナーを各所で開催中。