【往復2万km】日本酒の価値が上がらねえから、オレがロシアに行ってきた

写真拡大 (全15枚)

彼以上に経歴の多い料理人がいるだろうか?

建築家、公務員、モデル、プロボクサーなど様々な職を経て、現在は六花界グループのオーナーシェフを務める、森田隼人(モリタハヤト)。

これまでの経歴もさることながら、森田さんは、とにかく日本の飲食業界をにぎわせてきた男なんです。

これまでの事例を紹介すると…

・神田のガード下でわずか2.2坪の極狭焼肉店「六花界」オープン。「立って食べる焼肉」のスタイルを確立
・六花界の常連になると、会員制の焼肉店「五色桜」「吟花」「初花一家」の会員になれる。ただし予約数ヶ月待ちは当たり前。
・六花界の最上級店「クロッサムモリタ」にて日本で初めてプロジェクションマッピングを使った新たな食体験を提案
・「肉と日本酒」のペアリングを広めた人
・12代「酒サムライ(※)」の称号を持つ
・発酵を研究するラボを自身で設立
・次世代につながる和牛ブランド「もりたなか牛」を開発

(※酒サムライとは、日本酒造青年協議会が定める称号。酒サムライは日本酒や日本の食文化が世界に誇れる文化であることを、広く世界に発信する役割を担う)

と、まぁ、どう説明したらいいのか、すでに情報量が多すぎる。まるで人生すべてが「挑戦」のような人なのである。

そんな森田さんが今年、また新たな挑戦をするという情報が飛び込んで来ました。

それが「旅スル日本酒」プロジェクト。なんでも「ロシアを横断しながら、日本酒を醸造する」というものらしい。

森田さんがイチから酒造り?

そして…ロシア?

ちょっと考えただけでも、いろんな疑問で頭がパンクしそう。

お話を聞いてみると、最初に森田さんの口から出てきたのは「仕事とは何か?」という大きな問いでした。

これまで「肉と日本酒」を軸に、多くの人を幸せにする仕事をしてきた。でも、自分が死んでしまったらどうなるか。すべては過去となり、何も残らないのではないか? ならば今、未来につながる食のカルチャーをつくらなければ。

そんな気持ちから「旅スル日本酒」はスタートします。

ワインより価格も安く、地位も低い日本酒。その多くが日本国内で消費されている現状。

それを打破するべく、森田さんは「移動しながら酒を造る」という人類史上初の試みに打って出るのです。

なぜ、このような挑戦ができるのか?

なぜ、こんなことを思いつくのか?

その原点を探っていくと、森田さん自身も記憶の奥に置き忘れていた、友人からの「ささいなひと言」がありました。

熱すぎるくらい熱い男の挑戦。取材後、その熱が伝播したかのように、気がつけばわたしも考えていました。

「仕事ってなんだろう」

(文:みやじままい インタビュー:くいしん 編集:山田和正、くいしん )
 

衣食住の中で「食」だけが劣っているという葛藤

-- まずは、この「旅スル日本酒」プロジェクトを実施するに至るまでのことを聞かせてください。

「そうですね…それにはまず、僕のマインドの一番根っこのところから話さないとですね。僕、『仕事っていったいなんだろう』って常に考えているんです。自分の仕事でだれを、どう幸せにできているのかってこと」

-- はい。

「シェフをやっていると、フラストレーションがあって。衣食住は人の生活にとって必要な3つの基本だと昔から言われているのに、衣と住に比べて“食”ってすごく遅れているというか、劣っているんですよ」

-- 食が劣っているというのはどういう意味ですか?

「たとえば、オーダーメイド。建築やファッションの世界には当たり前のようにあるけど、レストランでオーダーメイドの食事ってないですよね」

-- 言われてみれば、たしかにそうですね。

「シェフは料理をつくるけど、お店を開けてお客さんを待つわけですよ。もしお客さんが来なかったら、食材は冷凍するか破棄するしかない。それってものすごくおかしいなと思って。

だから、僕は『だれかのために食事をつくりたい』と思って、これまでのお店をつくってきました。予約制でも会員制でもなく『階級制』にして、これまで僕の店を応援してくれた人、個人個人のために料理をつくれるシステムにしたんです」

-- 森田さんの仕事として、食でだれかを幸せにするためには、食をオーダーメイドにする必要があったんですね。

「でもこれって、続けていって自分が死ぬときに『いろいろな人を幸せにしたなあ』とは思えるんですけど、あくまで『したなあ』であって、未来のwillの話ではないんですよね。

じゃあwillをどうやって残すかっていうと、自分が死んだあとも、だれかを幸せにできるような食材プロダクトや料理の仕方を後世に残すことが、すごく大切だなと思ったんです」
 

食事の価値を上げるには、日本酒をアートにするしかない

「食事というものを考えたときに、必ずお料理とお酒はセットなんです。

で、まず料理でいうと、30cm×30cmのお皿の上に動物の寿命を取ったものを並べて提供する。お皿の上には、彼らから奪った命がある。

これで、いくら払います?」

-- えーと、どんなに高くても3〜5万円くらい…!?

「ですよね。でも30cm×30cm、このサイズの絵だったら、1億円で売れる絵ってあるじゃないですか。その差っていったいなんだろうって考えたら、『アートかどうか』だと思うんです。

つまり、食が突破しなきゃいけないのはアート性なんです」

-- でも絵などのアートは人に売れるし、持っていると資産になるから、食と一緒には語れないのかな、って思っちゃいましたけど…。

「でもたとえば、華道はどうでしょう? お花を生けて一週間で朽ちるのに100万円で売れていく。華道より食は劣ってるのかって言ったら、そんなことないはずですよね」

-- たしかに。形が残るものだから高値がつくわけではないわけですね。

「食がアートを超えるためには、料理と酒がここを突破しないといけない。

料理の部分は、発酵を研究したり、次世代に残る和牛を作ったり、プロジェクションマッピングを使ったり、これまで様々な取り組みをしてきているんで、きっとあと5年、10年経ったときには絶対に何かを残せると思うんです。

じゃあ日本酒はどうだろう。これまでいろいろ考えて酒造りをしてきたんですけど、世界で一番高価なお酒はなんだろうって考えたら、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティがあるんですよ。これは1本で100万円とかするんです。

ということは、ロマネ・コンティを超える酒を造らない限り、すでに市場に出回っているお酒のほうがクオリティは高く、ストーリー性も歴史もあるということになりますよね」

-- なるほど。日本酒でロマネ・コンティを超えようと。

「将来、これを超えられるプロダクトはなんだろうって考えたら、ワインはテロワール(※)にすごく縛られているんです。定点の場所で造ることしか許されていない。

でもそれは酒税法や免許制度を適応させるために、テロワールって言葉を使って、ここの土地で採れたぶどうはいいですよ、この菌がいるからとても美しいですよって言っているだけのこと。本当はそうじゃないかもしれない、もっといい菌があるかもしれないし」

(※テロワールとは、作物の生育環境のこと。特に葡萄はどんな作物よりも土地の個性を反映しやすいとされ、ワインの味や質を決める重要な要素とされる)

-- たしかに、世界中のすべての土地と菌を試すことは不可能です。日本酒にも地酒ってありますけど、あれもテロワールですか?

「日本酒の場合だとそこがおもしろくて、兵庫県の山田錦は日本中のどこに持っていっても山田錦を使っていますと言って、その土地の地酒として出すことができるんです。つまり、日本酒のマテリアルは地域ごとではなく『日本』という括りなんです」

-- 地酒だからと言って、すべての素材がその土地のものとは限らないんですね。知らなかった…!

「でも宇宙から見れば、地球だってテロワールなんです。

今は電話したらメキシコにも2秒でつながるし、ジェット機を使えば世界中のどこにでも、だいたい半日あればアクセスできる。そんな時代になって、地球って僕らの時代でかなり小さくなりましたよね。それならテロワールを地球にして日本酒を造ってみよう、と」

-- 一定の土地に縛られるのが常識だった酒造りを、われわれが住む地球を舞台に行うというのが今回の「旅スル日本酒」プロジェクトなんですね。

「ワインはその土でできた葡萄だからこそ、高級なものができるという世界ですが、日本酒の強みは土関係なくどこでも造れること。だったら移動は、まだだれもやってないなと思ったんです」
 

移動しながらお酒を造るには法律の壁が高すぎた

「移動しながらお酒を造るって、簡単そうに聞こえるかもしれないですが、そもそもお酒を造るということ自体が、世界中どこの国でもめちゃくちゃハードルが高いんですよ」

-- そうなんですか?

「簡単に言うと、お酒を造るのって免許制だから『ここで造ったらダメ』というのがまずあるし、造ったとしても『ここで造ったリットル数を計算してお金を納めろ』という税金があるわけです。

でも、むちゃくちゃ調べてたら『2011年までは法律でアルコール10%未満は清涼飲料水と同じ』とみなされ、かつ『自家発酵が認められている』国が見つかった」

-- なるほど! ということは、それが…!

「そう。それがロシアだったんです。よっしゃ、行ける!と。

それでも国絡みで許可申請などが必要だったので、ロシア大使館に協力していただきました。ウラジオストクからモスクワまで片道9800kmかけて、その間で発酵させながら、酒を造っていくプロジェクトが発足したんです」

-- 9800km! 気が遠くなる距離…!

往復だと走行距離2万km、地球半周を移動する距離です。トータル40日かけてお酒を造りました。

今はまだ、このお酒の価値はそこまでないかもしれないけど、これまでだれもやってないことです。人類が初めて移動しながら造ったお酒が世の中に生まれ落ちたんですから。それ自体をストーリーとして料理に落とし込んでいこうよ、と。

そうすると食事がアートになるんじゃないかって考えて、今回造ったのが『旅スル日本酒』なんです」

-- 森田さんは肉と日本酒のプロではありますが、お酒造りのプロではないですよね。醸造や材料の調達はどのように進めたんでしょうか?

「まず、日本の酒蔵何社かに協力を仰いで、技術的指南をしていただきました。ただ酒を造ることだけではなくて、麹、発酵、庫内の清掃まですべて」

「トラックの荷台の中に世界で一番小さな酒蔵をつくって移動したので、その小さな酒蔵を管理するすべての技術をプロに指導してもらいました。

あとは、信頼できる酒蔵から蔵人をひとり雇いました。酒蔵の協力と、僕たちも10年間酒蔵に携わってきた知識と経験をすべて詰め込んだので、クオリティ的には申し分ない、プライドを持って世界に出せるような日本酒を造ることができたと思っています」
 

ロシアを横断した日本酒の味は??

-- 旅をしていく中で、そのお酒に付加価値が付いてくる…。という理屈はわかったのですが、それって具体的にはどういうことが起きて、付加価値になるんですか?

「この『旅スル日本酒』にとっての価値はふたつあります。まずひとつめは、『人類史上初めて』移動しながら造ったお酒だということ」

-- 人類史上、初めて…!

「ワインはテロワールに縛られているし、日本酒は基本的に冬の寒い時期にしか造れないとされてきた。それって昔は技術的設備がなかったからです。自然環境で造ることが大切だった。

じゃあテクノロジーが発達した今の時代、本当に自然環境だけで日本の酒蔵が酒を造っているかというと決してそうじゃない。今はサーマルタンク(※)で発酵をコントロールしているし、冷蔵庫もある。じゃあそれらを使って造ったお酒は本当の意味で地酒といえるのか、と。

もう場所に縛られる時代は終わってるんです。でもまだしきたりとかこれまでの歴史とかいろいろあって、日本酒は地産地消という考え方に縛られている。

でもそうじゃなくて、今ある技術を全部使って、地球全体が環境だって考えていかないと、日本酒は先に進まない。日本で消費されるだけのものになってしまう」

(※サーマルタンクとは、温度調整機能のついたタンクのこと。特に酒造りでは発酵の過程で熱を持つため、温度を下げる必要がある)

-- なるほど、それで「テロワール地球」。めちゃくちゃ腑に落ちました。

「ふたつめは、このお酒が9800kmの旅程すべての酵母菌が何らかのかたちで作用してできあがったお酒ということ。ロシアってほとんど大自然なんですよ。ひまわりが見渡す限り咲いてる場所があって、外に出たら蜂が寄ってくるようなきれいな花畑があって。そんなところを走ってると、庫内に酵母菌が入ってきますよね」

「これは飲んでもらったらわかります。ちょっと飲んでみて」

-- えっ! いいんですか、そんな貴重なものを!

「どうぞ」

-- (ゴクリ)。…! おいしい。甘い。

「全部麹だから。貴醸酒(※)のような、甘い感じ。あんな感じに近いお酒ができてる」

※貴醸酒とは、水の代わりに酒で仕込んだ酒で、とろみのある甘口の日本酒のこと。高級酒とされる。

-- 本当に濃くて、甘い。これがロシアの風の味…!

「僕らが生まれたのは地球じゃないですか、これぞ地産地消でしょ。無茶してアフリカの砂漠で日本酒を造ろうって話じゃないですよ。ちゃんと日本の北海道と同じくらいの緯度を選んで、日本の冬を再現できる場所で、気候データを取ってやってるわけですから」
 

「旅をしながら日本酒を造った奴がいる」という理念を残したい

-- 技術と環境条件が揃えば、日本酒は日本でなくても造れる。

「土地に縛られていたら、日本酒はずっと日本でしか飲めないから。それよりも、次世代のことちゃんと考えていこうよ、と。

僕はずっと世界で肉と日本酒を広めているので、ここで自分がチャレンジしないでどうする、という気持ちです」

-- 移動して日本酒を造ることと、日本酒がアートになることは、どんなふうにつながっているんでしょうか?

「アートになるにはストーリーが必要。だれかの力を借りちゃダメ、自分の力でやらなきゃ。移動する中で何があったのか、そりゃ並じゃないエピソードがありますよ。それをきちんと伝えたら、きっと飲んだことない人が飲みたいと思ってくれる。

それって価値が上がってるってことですよね? 今までワインを飲んでいた人が『移動9800km? すごいな、なんてクレイジーな奴だ! 飲んでみたい!』って思ってくれたら、それが価値であり、アートじゃないかな」

-- 森田さんが死んだあとにも人を幸せにできるwillを残したい、というお話がありましたが、それは「旅スル日本酒」というプロダクトを残したいってことですか?

「今回残すのは『旅スル日本酒』だけど、残したいのはその『理念』のほう。チャレンジした人間がいるってことを残さないといけない」

-- 改めて確認なのですが、移動しながら造るお酒って、どんな種類の酒であっても、世界に前例はないんですか?

「ない。法律が許さないから絶対にできない。これって本当は日本の酒蔵もやりたいんですよ。実際に今回のプロジェクトの話をしたときも『ずっとやりたかったことだ』と言われました。

でもだれもできなかった。前例のないことだから、これをやって免許を取り上げられでもしたら、50年、100年と続く酒蔵の伝統が途絶えてしまう」

-- その土地にあって、歴史があって、コミュニティがあると守るものが大きすぎてできない、と。

「先代のおじいちゃんのこととか考えちゃうとできないよね。だから僕がやらないといけない」

-- 酒サムライに任命されるほどの経験があり、かつ酒蔵のしがらみのない森田さんだからこそ突破できると。

「そう思います。知識のない人間に発酵はできない」

-- 森田さんにしかできない。

「と、思います。他の国の協力が必要ってことと、これまで培った酒蔵との関係性があってのものだから」
 

「旅スル日本酒」、次は海をわたりブラジルへ?

-- 事業としては今後どう広がっていくんですか?

「まずこの『旅スル日本酒』を認知してもらった段階で、オークションに出します。一般流通させる予定は一切ないです。

『これが人類ではじめて移動して生まれた酒です』ということをきちんと認知してもらって、価値が上がったうえで、真価を問う。とにかく日本酒がアートを突破しなきゃいけない

▲9800kmかけて到着したモスクワでは現地の方50名に「旅スル日本酒」が振る舞われた

-- じゃあ来年になったら「ちょっとお高いですけど、数万円で売ります」みたいな話ではないと。

「ないない。少なくとも10万円以内では売るつもりはないです。ロット数もないですしね。

この『旅スル日本酒』、来年は東京からブラジルまで海上で造ることが決まっているんです。でも、潮風の上には酵母菌ができないので、海上での発酵はできない。それをどういうふうに造っていくかを今は考えていて。

このプロジェクトのスケール感でいうと、僕はアートを突破することしか考えてない

-- このプロジェクトのすごさの全体像が、だんだんわかってきました。

「もしこのプロジェクトが評価されたら僕は、この酒をロマネ・コンティに持って行きます。それでおもしろがってもらえたら、『葡萄わけてもらえませんか?』って言うの。

そうしたらいつか、ロマネ・コンティの葡萄を使った『旅するワイン』ができるかもしれないでしょ? そういう未来につないでいくためには、今回のプロダクトは絶対に世に出さないといけないし、これを持ったまま死ぬわけにはいかない」
 

旅することをインストールされた原点、そして未来へ

-- なぜ森田さんは、こういうプロジェクトを思いつけるんですか? イノベーティブな部分や行動力がどうやって形づくられたのか、原点を知りたいです。

「うん。それはいい質問。そんなこと普段は考えてないんだけど…。気がついたらおもしろいことやろう、後世に残したいって思いだけなので…。

でも、これまでいろんな職を転々としてきて、割と『なんでもできる人』みたいに見られがちなんですけど、逆なんですよね。なにもできないからやっている

ボクシングだって、自分には才能がないことにすぐ気づきました。才能ある人は、殴られても痛くないんですよ。僕は痛かったから(笑)。

建築家になって、すごいものつくるぞと思っても、平等院鳳凰堂を見ちゃったら、「僕の時代でこの依頼は来ない」と思ったし。

公務員をやっていても、都知事にはなれない。音楽をやっていてもジョン・レノンにはなれない…と、そんな具合にいろいろやってきているので」

-- すごく華やかな経歴に見えるけど、森田さん本人としては、その世界で才能を発揮するのは難しいと感じていたんですね。

「でも、食だけはまだ突破できる可能性を感じたんです。たとえば寿司屋だってまだ200年くらいの歴史だし、養殖の技術だって50年くらいですから。

でも自分がなんで食の世界でやっているかというと、なんでだろう…。昔から物づくりが好きだったからかな。小さい頃から人の目を気にしてたところがあったので、人を喜ばせて、褒められたって経験があったからかもしれないですね」

-- 日本酒をアートにするという目的があって、「移動する」という手段に行き着いたのは何かきっかけがありますか。

「18歳の頃、長野でリゾートバイトをしていて、そこでたまたま仲よくなったインド人がいたんです。当時はメールもないから、彼が国に帰ったあとは文通していて。その後、リゾートバイト当時の仲間と大阪で会って、インド人と文通しているって話をしたら『会いに行ってくればいいじゃん』って言われたんです」

-- おおお。

「当時の自分はそんなこと考えもしてなくて、すごいなと思って。その友人が、僕に“旅する”をインストールしてくれたんです。

で、親を説得してインドに行くわけですが、行ったらすごい問題が起こるんですよ! 空港降りたら囲まれてマネーマネー言われるし。

しかも文通してたインドの友だちは部族の奴で、そいつの家に行くのに1週間もかかるわけです。電車・バス・ジープ乗り継いでようやく会えて、往復だけで約1ヶ月くらいかかったんですが、帰ってきたときに『なんかやり遂げた気がする…』って達成感があって。

まあ最後はガンジス河に入って死にそうなほどの高熱が出て、強制送還されたんだけど(笑)」

-- 強制送還ってすごいですね(笑)。じゃあ今回は、その時代に旅がインストールされて、これまで肉と日本酒をやってきたことの集大成なんですね。

「そうでしょうね。今、話していて、『そういうことか!』と、自分でも腑に落ちました。

旅が大好きだけど、旅をしていても全部のものは手に入らないし、地球全部まわろうと思ったら一生かかっても終わらない。だからせめて酒に旅させてやろうって思う。

自分ができないぶん、酒が世界中を走り回ってくれるのかもしれないですね」

-- お話を聞いていて、「今回のプロジェクトは、森田さんの総決算なんだなあ、と、つながった感覚がありました。

「『旅に行ってこい』っていう、あの一言からだろうね。その人は、自分も旅していて、おもしろかったからお前も行ってこいよ、急に行ったらびっくりするぞ!くらいの気持ちだったと思うの。その一言で、今、ここまで日本酒を旅させているとは思わないだろうなあ(笑)」

-- ささいな一言からここまでつながった「旅スル日本酒」ですが、森田さんの思い描く理想の未来は、どんなふうに「旅スル日本酒」が広がっていくことなんでしょうか? 世界中の人に飲んでもらうこと?

「世界中の人々が、旅スル日本酒を『飲みたいと思ってくれること』ですね。みんながそう思ってくれて、ニーズができたら、じゃあ俺も造ろうって人が出てくる。ブームで終わらせるんじゃなくて、カルチャーをつくっていきたい。だからまずはそのニーズをつくり出すことが、一番の目標です。きっと、できるはず

 

ロシア横断で何があったのか? 旅の内容は後編で!

想像していた以上に、スケールが大きかった「旅スル日本酒」プロジェクト。

「日本酒はアートを突破しなければならない」

2時間に及んだインタビューの中で、森田さんはこの言葉を何度も繰り返していました。

これから「旅スル日本酒」の背景にあるストーリーを世界中の人が知り、多くの人がこの酒を飲みたいと思ったとき、そこに価値が生まれる。

40日間、総距離2万km。

「旅スル日本酒」プロジェクトが日本を出て、ウラジオストクからモスクワを目指すまでに、どんなストーリーがあったのか。それはまた近日公開の後編で紹介する予定です。

日本酒がアートになる。

今はまだだれもそんなことを信じられないかもしれませんが、森田さんの熱量高いお話を聞いていると、わたしは信じることができました。

本気の仕事は、その熱が伝播し、まわりの人に作用していくのだと思います。それは酒造りの過程でいろんな酵母菌が酒の味に作用していくのと似ています。

森田さんがかつて友人から「旅する」をインストールされたように、今回の取材でわたしの中には「本気で挑戦する人の熱量」がインストールされたのです。

わたしはきっとどこかで、ちょっと得意気に話すでしょう。

「知ってる? 旅スル日本酒っていうのがあってね…」って。
 
 
 

▼「旅スル日本酒」プロジェクト(ダイジェスト予告編)、動画でもご覧ください!

▼「旅スル日本酒」プロジェクト(第1話)はこちら!

ライター紹介

みやじままい
編集者・ライター。男性ファッション誌、女性ライフスタイル誌編集部勤務を経て、取材でひとめぼれしたタイ・バンコクに移住。現地のフリーペーパー編集部で3年半働き、現在は帰国して編集ブティック「QED」に所属。タイの街、人、タイ料理大好きです! ブログ Twitter