疑惑の舞台となったホテルニューオータニ

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 いまだ続く安倍総理主催の「桜を見る会」を巡るバカ騒ぎ。ホテルニューオータニで行われた前夜祭の明細が存在しないことを野党は「あり得ない」と批判するが、ホテルと総理の関係を調べなおしたほうがいい。何しろ両者は元々、ただならぬ関係にあるのだから。

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 騒動が収束しない一因には、「前夜祭」の問題がある。東京・千代田区にあるホテルニューオータニで行われた今年4月の際には、後援会関係者ら約800人が参加。1人5千円という会費が安すぎる点、そして安倍事務所職員がそれを集金したにもかかわらず、収支報告書に前夜祭に関する記載がない点を、野党は追及している。

 実は、安倍総理とニューオータニには“奇縁”がある。しかも、両者を結び付けていたのは、オカルトと表現するほかない、謎の団体だ。ニューオータニの創業者の孫にあたる大谷和彦社長と安倍総理は、その団体の主宰者を通じた知り合いで、付き合いは古い。そのため、桜を見る会の件で、前夜祭の明細書がないことをいくら野党が攻め立てようと、その調査にニューオータニが協力する可能性は限りなくゼロに近いと言えるだろう。

疑惑の舞台となったホテルニューオータニ

 今から遡ること14年の2005年4月9日、そのニューオータニで華燭の典がとり行われていた。新郎は、先に触れた謎の団体「慧光(えこう)塾」代表の光永仁義氏の息子、新婦はマンションデベロッパー「穴吹工務店」の社長令嬢である。媒酌の労をとったのは、当時、自民党幹事長代理だった安倍晋三夫妻だった。

 慧光塾は経営コンサルティング会社の看板を掲げてはいたものの、その実態は奇怪な「お告げ」や「悪霊祓い」を行う団体。本誌(「週刊新潮」)でも何度も取り上げたこの団体の代表である光永氏に、いかにして安倍総理が帰依していったかについては後で詳述するとして、まずは慧光塾とニューオータニの関係に触れておきたい。

 慧光塾の事務所はニューオータニのビジネスコートに置かれていたが、両者はもっと深いところで繋がっていた。ニューオータニの大谷和彦社長と、彼の従兄弟でニューオータニの関連会社「テーオーシー」の社長などを務めている大谷卓男氏が光永氏に心酔していたのである。

「2人が光永さんに心酔するようになったのは90年代半ば頃でした」

 と、振り返るのはニューオータニの元社員。

「慧光塾にはまってから、和彦さんはホテルのフロントに塩を盛ったり、ホテルを囲む道路に塩を撒いたりするようになりました。塩は大きなビニール袋に入れて、1回につき25キロくらいは撒いていたと思います。ある時、近くのボート屋さんが“塩水で魚が死んでしまう”と苦情を言いに来たことがありましたよ」

“若返りの水”

 その他にも、

「丸い5センチくらいのシールを、ホテルの庭園の出入り口などの目立たないところに貼っていた。また、光永さんから“名前に動物が入っている人間は良くない”と言われたらしい。社内には、名前に動物が入っているスタッフもいましたが、そういう人が重役や秘書室長といった、社長の近くで仕事をする役職につくことはありませんでした」(同)

 その光永氏は息子の結婚式のわずか3カ月後に病気で急死。登記簿を確認すると、慧光塾は08年に〈清算結了〉したとある。しかし、それでニューオータニと光永氏サイドの関係が途切れてしまったわけではなく、光永氏の息子が代表取締役を務める会社の登記簿によると、本店は、先に触れたニューオータニの関連会社「テーオーシー」のビルに入っている。

 一方、光永氏死後の安倍総理と光永氏サイドの関係については、15年に日刊ゲンダイが興味深い報道をしている。安倍総理の資金管理団体「晋和会」の2010年分の収支報告書の「少額領収書」を開示請求したところ、「神立(かんだつ)の水」の代金、計3万1920円を事務所費に計上していたことが分かった、というのだ。神立の水を販売しているのは、光永氏の息子が社長を務めている会社だ。

「神立の水は“若返りの水”と称して、光永氏が生きていた時から売られているものです。安倍総理はその効能を信用しきっていました」(総理の知人)

 両者の繋がりを示すのは“神の水”だけではない。光永氏の息子は09年、都内に料理に関するサロンをオープンさせている。すると、それを昭恵夫人が自らのブログで紹介したのだ。

 こうした点について光永氏の息子に聞くと、

「ブログで書けば親密な関係なんですか? 神立の水自体、3年前から販売はしておりません」

 多くは語らないものの、安倍総理サイドと交流があることは否定しないのだ。

手をかざし続けた

「慧光塾の光永仁義氏は安倍総理の父親の安倍晋太郎さんと同じ山口県の油谷出身。光永氏は元々実業家で、晋太郎さんのパーティー券を1千万円分購入したのが安倍家との縁の始まりでした」

 そう明かすのは、安倍家と親しい地元関係者。

「光永氏はその後、事業に失敗して一文なしに。そこで、晋太郎さんの奥さんの洋子さんのツテを頼り、起業家たちに宗教的なアドバイスをしている女性に弟子入りした。その女性がやっていたのが“慧光塾”なのですが、いつの間にか光永氏が代表に収まっていた」

 彼がホテルニューオータニに事務所を置いていたことは先述したが、

「ニューオータニの大谷和彦社長もテーオーシーの大谷卓男社長も光永氏に心酔しきっていた。和彦氏は“私はうつ病で人に会うのが難しかったが、光永さんに治してもらった”と言っていたし、卓男氏にいたっては“先生! 先生!”と呼んで、“先生のおかげで腰が痛いのが治った”と言っていましたよ」(同)

 また、安倍晋太郎氏も光永氏の“治療”を受けた一人だという。

「がんで亡くなる前の年、病院を一時退院していた時期に光永氏は毎日、夜になると安倍家に赴いて、晋太郎さんの体に手をかざしていたそうです」(同)

 晋太郎氏の死後、光永氏との関係は息子に受け継がれることになった。そして、拉致問題に注力していた安倍総理は02年にニューオータニで開催された光永氏の「誕生会」で、

「(光永氏の)パワーで北朝鮮を負かしていただきたい」

 と発言するほど心酔するに至るのだが、そのきっかけは「病」だったという。

「晋三さんが官房副長官になった頃だから2000年前後のことだと思います。元々彼は潰瘍性大腸炎という持病を抱えていましたが、それとは別の、命にかかわる大病を病院で宣告された。それを、“光永さんが治してくれた。こんなこと、本当にあるんだね”と言いだしたのです」

 先の安倍家と親しい地元関係者はそう話す。

「光永氏にも聞いてみたら、大病を宣告されて以降、毎日毎日晋三さんの元に通って手をかざし続けたと言う。で、半月ほど経った頃、晋三さんに“もう大丈夫”と伝え、別の病院でセカンドオピニオンを受けるよう勧めた。晋三さんが慶応大学病院で検査を受けたら、“どこも悪いところはない”と言われた、と……」

 俄かには信じがたいエピソードだが、この一件により、安倍総理は光永氏の「神の手」を信じ込み、公の場で「北朝鮮を負かして」などとマンガじみた発言をするようになったのだ。

「銀座とかで光永氏と飲んでいると、晋三さんから光永氏に“ちょっと体調が悪いんだけど、今から行ってもいいかな”と電話が入ることも何度かあった。関係性は光永氏のほうが完全に上で、“じゃあ2時間後にオータニに来て”などと言う。で、ニューオータニの光永氏の事務所で施術をするのです」(同)

 光永氏が主宰する慧光塾は安倍総理にとっての心の拠り所であり、「施術」を受けに通ったニューオータニは特別な場所だったに違いない。桜を見る会を巡る騒動は、両者の「歴史」に新たな一ページが加わったに過ぎないのだ。

「週刊新潮」2019年12月5日号 掲載