後半途中からの出場で存在感を放った荒木。ゴールの匂いを漂わせたが…。写真:松尾祐希

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 涙が止まらなかった。

“赤い彗星”のキャプテンと10番を任され、迎えた最後の冬。支えてくれたスタッフや仲間のために。全力で戦った先に待っていたのは予期せぬ結末だった。

 12月4日に行なわれた全国高校サッカー選手権・福岡県予選の決勝。筑陽学園と対戦した東福岡の荒木遼太郎は、プレミアリーグWESTの大津戦で負った右足首の負傷で、ベンチからのスタートとなった。

 チームは思うように攻撃を組み立てられず、前半を終えて0-0。「前半は様子を見て、ワンポイントで投入したい」と森重潤也監督が話した通り、荒木の出番は後半早々にやってくる。後半8分に投入されると、スタジアムが一気に湧いた。ピッチに足を踏み入れると、10番が真っ先に歩み寄ったのは副キャプテンの丸山海大。腕章を受け取ると、左腕に巻いた。

「流れを変えて得点を取ってくれ」

 指揮官から檄を飛ばされて送り出されると、攻撃センスを活かしたゲームメイクで流れを引き戻す。怪我の影響でキックに不安を残していたとはいえ、ボールの引き出し方や展開力は流石の一言。交代直後に左サイドで突破を図り、ゴール前でFKを獲得するなど、決定機を作り出す雰囲気も醸し出していた。

 しかし、その矢先の後半29分、一瞬の隙から失点してしまう。残された時間は約10分。パワープレーを仕掛けたチームを後方から支援し、ボールを拾っては展開し、なんとか局面の打開を試みた。しかし――。決定的な仕事は果たせず、そのままタイムアップの笛を聞いた。

 県大会決勝で幕を閉じた高校サッカーでの挑戦。2年次から将来を嘱望され、来季から鹿島でプレーする逸材が背負った期待からすれば、歯痒い結果だった。

 今年は夏のインターハイを左膝の負傷で棒に振り、その影響で有力視されていた10月下旬のU-17ワールドカップも選外に。「本当に悔しい1年」と荒木が振り返った通り、全国レベルや代表では何も残せずに終わった。だが、キャプテンとして歩んだ高校ラストイヤーは決して無駄ではない。

「メンタル面や厳しいことを言われ続けても、そこを跳ね返すところは一番成長できた」
 
 下級生の頃から先輩たちにプレー面で要求はしていたが、どちらかと言えば、チームを引っ張るようなタイプではなかったし、大人しい印象が強かった。そんな荒木はキャプテンを任され、責任を背負う意味を知った。それを象徴していたのが、試合後の行動だ。

 筑陽学園の選手が歓喜に沸く横で、荒木はベンチ入りを果たした選手たちとともに応援席に向かった。そこで挨拶をしたのだが、メンバーが引き上げていく中でひとりだけ残り、もう一度スタンドに足を運んだ。そして、ベンチ外の仲間たちに「ごめん」と伝え続けたのだ。

「メンバーに入りたくても入れないメンバーがいた。その選手たちを全国に連れて行けなくて申し訳ない気持ちがあった。あいつらのおかげでここまで来られた。『ごめん』という気持ちでスタンドに行きました」

 その間、涙を流し続けていた荒木。それと同時に仲間たちに対して感謝の言葉も送っていた。
「自分がこのチームのキャプテンになって、うまく引っ張れたかは分からないですけど、それに対して自分を信じて付いてきてくれた仲間たちに最後はありがとうと伝えたかった」

 悔いが残る形で終わった高校サッカー。だが、下を向いてばかりはいられない。年が明ければ、プロサッカー選手としての生活がスタートする。荒木は言う。

「高校サッカーで培ったものを今後のステージで発揮したい」

 プロの世界で活躍することが、全国で一緒に戦えなかった仲間への恩返し。想いを背負い、“ヒガシの10番”が新たな世界に飛び込む。

取材・文●松尾祐希(フリーライター)