横浜銀蝿(左からTAKU、嵐、翔、Johnny)/(C)日刊ゲンダイ

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 ライブハウスの重たい扉を押し開くと、横浜銀蝿の3コードの熱いロックンロールが響いていた。白いスモークのなか、しゃがれ声でシャウトする翔(61)、その兄でドラム嵐(64)、ベースTAKU(59)に加え、解散以来37年ぶりにバンド復帰したJohnny(61)が白髪をリーゼントでキメ、トレードマークのキャッツアイのグラサンでリードギターを弾いている。

横浜銀蠅が復活 80年代ブームの裏に中高年のノスタルジア

 特攻服にスカジャン、そしてメンバーと同じライダースの革ジャンを羽織った往年のファン約450人は拳を突き上げ、「最高!」とノリノリ。バイクの排気音からはじまる「ぶっちぎりロックンロール」、「男の勲章」「お前サラサラサーファー・ガールおいらテカテカロックン・ローラー」と続け、「ツッパリハイスクールロックンロール(登校編)」まで、当時と変わらぬスピードで突っ走った。

 デビュー40周年となる来年1年間、期間限定で再活動しツアーに出る。それに先立ち、ファンクラブ限定で開かれた川崎クラブチッタでの「集会」。開場前の記者会見では、ムービー(動画)撮影の際に嵐が「妙に緊張するなあ。何かしゃべった方がいいのか」と戸惑い、時の流れを感じさせる場面も。

 オリジナルメンバーが揃ったことについて、TAKUは「やっぱ差し歯が1本ずれても嫌じゃん」と言い、翔が「役者がそろったとか、他に言いようあるじゃねえか」と笑いを誘った。

■「時代に媚びない。好きなことをやっていくだけ」

 1983年の銀蝿解散後、キングレコードに就職して制作に携わり、現在はベルウッドレコード社長のJohnnyはゴルフクラブばかり握っていたそうで、久しぶりのギターの感触を確かめるようにして「日本武道館を満タン(満員)にする夢をかなえたときみたいにうれしい」と笑っていた。

「不良だから、どんだけ練習してきたかとか言わないけど、こうして俺たち、板の上に復活することができた。全開で突っ走っていきます」

 そう翔が締めると、全員が「ヨロシク」と決めぜりふを口にした。

 不良、暴走族、ツッパリ。校内暴力が社会問題になり、荒れる若者が跋扈した時代を象徴するような存在だった横浜銀蝿の4人だが、受験戦争のさなか、翔とJohnnyが神奈川県で偏差値トップクラスの進学校、県立柏陽高校卒であったり、決して不良だったわけじゃない。マスコミ取材でも、カメラマンたちから「ポーズをお願いします」「もう少し寄って」などのリクエストに「はい」と応じ、取材陣に「俺たちばっか楽しんでて申し訳ない」(翔)と謙虚な一面をのぞかせた。

 とはいえ、オーディションに落ちまくったデビュー前、「君たち面白いけど、今の時代とは違うよね」などと審査員に言われたエピソードを明かし、翔はこう言った。

「あん時、言うことを聞いてスタイルを変えていたら、銀蝿は生まれなかった。だから今も時代には媚びない。俺たちがいいなと思うこと、好きなことをやっていくだけ」

 そんなツッパリ魂がたまらないのだろう、50代の男性ファンは「俺も一生銀ばっていくんで、ヨロシク」と誓っていた。

(取材・文=長昭彦/日刊ゲンダイ)