スポーツ中継を変える可能性のあるAIカメラ

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近い未来、スポーツ中継に革命を起こすかもしれない新技術が国内に上陸した。カメラマンがいなくてもバスケットボールやサッカーなどの競技を自動で追いかけて撮影できる人工知能を使った「AIカメラ」だ。世界のスポーツで、テレビやネットで中継されているのは約1割の「金になるプロスポーツ」のみ。しかしアマチュアスポーツなど残りの9割が映像化され、あなたの手元に届けられる日もそう遠くないかもしれない。AIカメラが人とスポーツの距離感を変えていく、その最先端の取り組みに迫った。(朝日新聞記者・戸田和敬)

【動画】これがAIカメラの実力、自動でボールの動きを追尾 突然のプレーにも見事に反応!

謎のガジェットを発見

8月中旬、静岡市清水区のスタジアムで、炎天のもと開かれた「全日本少年少女草サッカー大会」の決勝戦。

記者席の中ほどに立てられた三脚の上に、2リットルのペットボトルほどの白いガジェットが試合をじっと見つめていた。縦長の本体には、四つのレンズが並ぶ。

「あれは一体何だ?」

本来はテレビ局の撮影クルーがひしめくエリア。白い物体にはカメラマンもおらず、炎天下で涼しげに突っ立っている。

その正体はAIカメラ。そばには、パソコンを開いたスタッフが1人いて、モニターにはカメラが自動で送り続けるテレビさながらの試合の中継映像が流れている。

AIカメラの映像はネットでも生配信されていた。スタッフはモニターよりも試合に目を向け、観戦を楽しんでいる。スポーツ中継の現場で、一体何が起こっているのか。

空間の動きを自動で追いかける

この新技術は、アメリカのラスベガスで昨年1月にあった電子機器見本市「CES2018」に出展された、イスラエルのベンチャー企業「ピクセロット」が開発したAIカメラだ。空間の動きを自動で追いかけることができるという。

カメラの仕組みはこうだ。

試合前に、AIにコートの幅や選手データなど、競技の内容を学習させる。三脚に固定されたカメラは、選手やボールが動く位置を自動で追いかけて撮影する。本体に取り付けられた四つのカメラそれぞれが、違う角度、高さから撮影しており、その映像を自動でつなぎ合わせて配信する。

このAIカメラ、すでにアメリカでは、高校生のバスケットボールの試合など、アマチュアスポーツをコンテンツ化する取り組みとして導入されている。月契約で映像を有料配信しており、既にビジネス化されているのだという。

異次元のコストダウン

AIカメラの魅力の一つが、費用がかさむスポーツ中継のコストダウンだ。

一般的なテレビ中継では、試合ごとにメインカメラやサイドのカメラなどで複数のカメラとクルーが必要となる。AIカメラはセットアップするスタッフ1人で生中継ができる。テレビ局の撮影と比べて約9割のコスト削減を実現できるといい、広告収入やスポンサーの確保が難しいアマチュアスポーツでも低コストで撮影・配信できることになる。

すでに海外では、4千機以上のAIカメラがプロスポーツやサッカーの国際試合の生中継で使用されており、月間4万時間以上もネット配信されているのだという。

人間とAI、どちらが上か

技術の進化がめざましいとはいえ、サッカーの面白さであるボールをさばく選手のテクニックや、相手との駆け引きの瞬間をフォーカスできるのか?

メーカーの説明によると、選手1人にタグ付けして追い続けることができるため、問題ないという。

まだ全選手を場面ごとにズームするカメラワークは人間の方が上だが、それは数台のカメラが追う映像の切り替えによるもの。1台での力比べになれば、人間とAI、どちらが勝るのか断言できないところまで進化しているという。

AIカメラは時折、「ご愛敬」のパフォーマンスを見せることもある。ハーフタイムになると、競技の中断を理解できずに、コートをモップでふく清掃員を黙々と追い続けて生配信してしまうこともあったという。未完成の部分もあるようだ。

「アマチュアスポーツ」に真骨頂

このカメラの真骨頂は、アマチュアスポーツの撮影にある。

今年8月に大阪で開催された「全国ママさんバレーボール」の大阪府決勝大会の生中継では、ユーチューブで、のべ2万人が生配信を視聴したという。

全国の大学スポーツなどには、競技人口約2万人のラクロス、約3万人のホッケーなど、映像化されていない人気スポーツが山ほどあり、国内の需要は少なくない。

広告などと組み合わせることができれば、アマチュアスポーツの本格的なコンテンツ化が見込めるかもしれない。

まったく新しい体験

時代の流れも味方する。2020年度から導入される高速通信インフラ「5G」により、撮影した高精度の4K映像を手軽に送信することが可能になる。

来年以降は東京五輪を始め、21年の世界水泳選手権などスポーツの祭典が続く。

スマホやタブレットで簡単に楽しめる生中継の有料配信も、AIカメラが持つビジネスチャンスの一つだ。

ヨーロッパのサッカー強豪クラブチームのユースといった下部組織では、練習でこのカメラを使用している。日本でも、少年サッカークラブや地域のサッカースクールなどの需要が見込めそうだ。

現場で試合や練習を見られない親たちも、子どもの活躍をスマホで見られるようになる。応援に駆けつけた保護者は、自分で撮影する作業から解放されて観戦に専念できる。

今のところ、AIカメラは1台100万円以上するため、個人が一般的に活用するのはまだ先になりそうだ。しかし技術開発が進めば、AIカメラを隣に置いてスポーツ観戦に臨む未来が訪れるかもしれない。

AIは、大金を投じた最先端の研究開発分野で導入されているイメージが強いが、AIカメラは、大きなお金が動きそうにないアマチュアスポーツでの活用が見込まれている点に特徴がある。

今まであったものを効率化させるのではなく、まったく新しい体験や市場を生み出す可能性を感じる。

その場にいないと見られないアマチュアスポーツの観戦方法を一変させる新技術は、人とスポーツの距離感を縮めていきそうだ。