ディープインパクト

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 ディープインパクトの衝撃の死から4カ月。日本を代表するGI、ジャパンカップは文字通り、メモリアルとなるはずだった。しかし、出走した“子どもたち”は、一敗地に塗れた。種付け料4千万円なのに勝てなかったのは、逆に血統ならではの理由があるという。

 日本競馬界を代表する駿馬は小さな体でありながら、数々の伝説を残した。

 2006年に引退後は種牡馬としても活躍。当初、1200万円だった種付け料は、晩年になると、4千万円にまで高騰した。そして、年間200頭以上に種付けして誕生した子どもたちがいま、競馬場を席巻しているのだ。

 担当記者に言わせると、

「ディープインパクト産駒(子)の出走頭数はこの10年で1300頭以上。累計の獲得賞金では530億円を超えます。昨年の賞金総額も約70億円に上り、2位のキングカメハメハ産駒の倍近くと圧倒しています。競馬の本場であるフランスやイギリスからも、“ディープの子でいいから種牡馬としてほしい”というリクエストもあるのです」

ディープインパクト

 現役を退いても“アッチ”の方は絶好調だったが、関係者に衝撃が走ったのは、今年7月のことだった。突如、首を痛がる仕草を見せ、頚椎の骨折が判明。安楽死の措置が取られたのだ。

 ゆえに、11月24日のジャパンカップは、名馬を称え、「ディープインパクトメモリアル」として開催され、産駒が4頭、出走した。

「2世対決」

 ところが、血筋を引く子どもたちの結果は2着にカレンブーケドール、3着にワグネリアンが入ったものの、母親の次男という意味で名づけられたジナンボーが13着。優勝を逃す結果となってしまったのだ。

「今年のジャパンカップは国際GIにもかかわらず、高速化する東京競馬場の馬場を嫌って、外国の馬が参戦しない異例のレースとなりました。さらにディープ産駒も優勝できなかったとあって、寂しい大会になった印象です」(同)

 競馬ジャーナリストの片山良三氏は、瞬発力が奪われる重馬場を苦手としていたディープの特徴が勝負を分けたと解説する。

「ディープインパクトは武豊が“飛ぶように走る”と言ったように、最高速が速いため、良馬場に向いた馬でした。子どもは親の特徴を引き継いでいます。このジャパンカップは雨の影響で水分を含み馬場が荒れ、真価を発揮することができなかったのでしょう」

 ディープの子を抑えた優勝馬の父は、ハーツクライ。05年の有馬記念でディープを破り、唯一の黒星をつけたことで知られる。つまり「2世対決」だったわけだ。

 先の記者が再び、

「ハーツクライは重い馬場を得意としていました。奇しくも今回、その子も同様に悪い状態のレースを制したのです」

 歴史は繰り返す。強みも弱点も血統として受け継がれているのだ。

「週刊新潮」2019年12月5日号 掲載