障害者限定公務員試験の内容は学力を見るものというより、総合的な知識、常識を見るものに近かった(写真はイメージです)

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 ブラック労働、うつ病、自殺未遂、生活保護……凄絶体験を自伝的エッセイ『この地獄を生きるのだ』『わたしはなにも悪くない』として発信、NHK「ハートネットTV」「あさイチ」でも紹介され反響を呼んだ漫画家・文筆家の小林エリコさん。現在は障害者手帳を取得、生活保護を切り、社会復帰されています。今回は「障害者雇用の歪み」について執筆していただきました。

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史上初の障害者枠の公務員試験

 中央省庁による障害者雇用の水増し問題があった。企業は全体の従業員の中から2.2パーセントの障害者を雇わなければいけないと法律で決まっている。守らない会社は罰金を払うことになっていて、障害者を雇いたくないために罰金を支払う民間企業も多い。

障害者限定公務員試験の内容は学力を見るものというより、総合的な知識、常識を見るものに近かった(写真はイメージです)

 しかし、障害者雇用を推進している国が障害者を雇わず、雇っていると数字をごまかし続けていたのだ。障害者としては怒りを禁じ得ない事件だった。しかし、この事件を受けて、「表沙汰になったのだから、これから中央省庁は障害者を雇うことに積極的になるはずだ」と考えた障害者も多いと思う。

 私もその一人だ。ネットで検索をして、公務員の障害者雇用の試験を探すとわりかしすぐに見つかった。どうやら水増し事件を受けて、国が初めて障害者限定の試験を行うという。

 応募用紙をプリントアウトして、記入をするのだが、記入する項目がとても少ない。名前や住所などの基本的な情報と自分の障害についてくらいしか書くところがない。学歴も職歴も書く欄がないのだ。疑問に思いながら、公務員試験というのは学歴などを見ないものなのかもしれないと考えた。

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 障害者枠とはいえ、公務員試験を受けるのは初めてなので、勉強しようと思い立ったのだが、障害者雇用枠の公務員試験の問題集がないことを知った。そもそも今回が初めて行われるのだから当たり前といえば当たり前だ。

 ネットで調べていて、通常の公務員試験の問題集を解いておけばいいという記述を見かけたのだが、公務員試験が一朝一夕でできるものではないということに調べているうちに気がついた。自分が大学生の時ならなんとかなりそうだが、学校から離れてだいぶ経っているので、良い点数を出せる可能性は低いと気がつき、勉強するのを諦めた。

 しかし、今回の試験は私と同じように、社会からはみ出してしまった障害者がたくさん受けるのだから、平均点は低くなるはずだ。そもそも、国が行う初めての取り組みなのだから、もしかしたら受かるかもしれない。

 しかし、なぜ、応募書類に職歴を書く欄がないのだろう。書くことができたら、私は働いている実績があるので、他の応募者よりも有利なのに。疑問に思いながら、試験当日を待った。

職歴も学歴も聞かれない理由

 よく晴れた日、電車を乗り継いで、試験会場に向かう。大学の構内を借り切って行われるので、かなり会場は広い。私と同じように試験を受ける人がたくさんやってきて、久しぶりにドキドキした。

 車椅子の人や杖をついている人を何人か見かけた。それ以外の人は私と同じ精神障害者か、四肢に障害のない人なのだろう。指定された教室に行き、席に着く。空いている席もちらほら見かけた。

 試験官の説明を聞いた後、しばらくしてプリントが配られた。試験を受けるのは何年振りだろう。白い上質紙をめくり、問題に目を通す。試験の内容は学力を見るものというより、総合的な知識、常識を見るものに近かった。いわゆる一般教養というものだと思う。

 数学は苦手なので、うまく解けなかったが、英語の長文読解は、問題になっているお話を日本語で読んだことがあるので、なんとか解けた。社会や理科は自信がないが、マークシートなので、とりあえず埋めた。国語の問題は難なく解けた。

 そして、最後に、小論文があった。私は一応、作家として文章を書いているので、他の受験生よりもはるかに有利だ。文章をきちんと練り、漢字も間違えることなく書き留めることができた。事前に勉強はしていなかったが、それなりの手応えはあった。

 試験が終わって数週間経った。試験の結果は残念ながら不合格だった。まあ、そんなものか、という感想しか出てこない。精神障害者になってから、良い出来事というのはほとんどなかった。私は公務員を諦めて、いつも通りパートに出かけた。最低賃金に近い金額で7年近く働いている。障害年金を受給しながらの暮らしは余裕があるとはいえない。

 勤め先のNPO法人で講演会を行った時に、以前お世話になった上司に会った。この業界で長く働いている生き字引のような人だ。

「この間、中央省庁の障害者雇用の試験を受けたけど、落ちちゃいましたよ」

 私がうなだれながら呟く。

「小林さんは、働ける障害者だから大丈夫だと思ったけどね。職歴もあるし」

 元上司がそう答える。

「でも、職歴を書くところ、ないんですよ! 学歴もないし。職歴がかけたら、他の人より良い印象が与えられたと思うんですけど」

 私が声を荒らげて答えると、元上司は驚いた顔をして私を眺めた。

「え! 職歴も、学歴も書かないの? おかしくない?」

 元上司も素っ頓狂な声を上げる」

「本当にないんです。住所とか名前とかと、障害者手帳だけ」

 私は元上司の顔を見ながら話す。

「うーん、それはあれだな。やっぱり奴らは障害者が働けると思ってないんだよ。とりあえず、数だけ揃えればいいと思ってるから、職歴も何も聞かないんだろうな。戦力として雇いたいならそこは聞くのが当たり前だろ」

 元上司は穿った考え方をしているが、あながち間違っているとも言えない。一般企業では必ず職歴や学歴を書く。それは自分の会社で働けるかどうかを見極めるためだ。

「そっか。そうかもしれないですね。戦力にするつもりがないから、職歴を聞かないんですね」

 私が呆然と答える。

「でも、まあテストはやったんだし、単純に小林さんのテストの点が悪かったのもあるんだろう」

 そう言って元上司はアハハと笑った。

仕事は日々の居場所を確保する場所

 しかし、この障害者雇用枠の公務員試験について調べていると、ある問題を孕んでるのを知った。知的障害者にも同じ試験を課しているというのだ。そのため、今回の公務員試験では知的障害者の合格者数が著しく低く、合格者全体の0.4パーセントだという。

 確かに、一律の筆記試験では知的障害者は不利だ。実施する前にその点について言及する人はいなかったのだろうか。

 そもそも、障害を持っている人と一緒に働くということは、その障害の特性を理解することから始まる。何が得意で何が苦手か。何ができて、何ができないのか。人によってバラバラであることを理解して、得意である仕事に就かせるというのが、障害者雇用であるのに、知的障害者にとって不利なテストを課し彼らを切り捨てるのはあってはならないことだ。

 私は精神障害者になってから、仕事を得るのにとても苦労した。今の仕事につくまで、10年以上仕事がなかった。仕事がない状態が長く続くと、自分の中の誇りとか自信が根こそぎなくなっていった。そして、病気もどんどん悪化していった。引きこもっていた時期には何回か多量服薬をして自殺を図った。

 けれど、仕事を得てから、私は一度も多量服薬をしていない。それを考えると、仕事というのもがどれだけ人間にとって大事なものかわかる。仕事は日々の居場所を確保する場所であり、小さな目標を持てる場所だ。職場に行って、同僚と挨拶をすることすら、他者と関わりが持てる大事な行為だ。私は一時期生活保護を受けていたが、あの頃は人と話をしない日がたくさんあった。

 しかし、私は仕事を得ているのに、悲しいくらい所得が低い。一人暮らしのアパートで白菜やら豆腐やらをごった煮した鍋をすすっていると、もう少し良い生活がしたいと思う。税金は上がるが時給は上がらない。実質的に給料は下がっているようなものだ。

 精神障害者だと就職をする際に、病気をオープンにするかクローズにするかという選択ができる。これは障害が表に現れない精神障害者にだけあるものだと思う。障害をクローズにした方が仕事は受かりやすいとは聞くのだが、私はどうしても勇気が出ない。通院の時間を確保できるのか、急に調子を崩した時になんと言って説明したらいいのか、そういうことを考えると病気を開示した方がいい気がする。

 しかし、ハローワークで障害者雇用の求人を眺めていても、圧倒的に数が少ないし、履歴書を送っても面接に呼ばれない。そして、障害者雇用だと給料がぐんと低くなる。月給15万円以上の求人が珍しいくらいなのだ。

 障害者にとって自立は大きな問題だ。日本の障害者福祉はほとんど家庭が担っている。家族と暮らしている障害者の数はかなり多いと思う。彼ら、彼女らが仕事を得ることができれば、家から出ることができて一人暮らしができるだろう。自立のために必要なのがお金であることは障害者でも健常者でも同じだ。

 障害者が職場にいることは、決して悪いことではない。障害を持った人と接したことがない人にとっては新たな気づきが生まれるだろうし、障害を持っている人に仕事の調子を合わせることは、健常者にとっても仕事がしやすい職場になる。仕事を休みたくても無理して出勤する、合わない仕事でも意地になって頑張る、そういったことがなくなると皆が働きやすい職場になるのではないのだろうか。

 障害の特性に合わせて仕事を提供するということは、何も障害者に限定したことではない。健常者にだって特性があり、それに合わせた仕事をするのがいいのではないだろうか。人が、それぞれの差異を認め、互いに尊重し合う社会こそが生きやすい社会だと私は思っている。

【追記 2019年12月5日】
 読者の方から反応をいただいて調べたところ、第二次審査では学歴と職歴を問われることが分かりました。そして、第一次審査の作文は点数を算出せず、合否のみの判定になるそうです。

 誤解を与える記事になってしまい、大変申し訳ありません。

 しかし、障害者の立場というものは、この国ではまだ低く、自立して働くのが難しいのが現状です。

 今後も問題提起していきますので、よろしくお願い申し上げます。

小林エリコ(こばやし・えりこ)
1977年生まれ。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在は通院を続けながら、NPO法人で事務員として働く。ミニコミ紙「精神病新聞」を発行するほか、漫画家としても活動。著書に『この地獄を生きるのだ』(イースト・プレス)『わたしはなにも悪くない』(晶文社)がある。『家族劇場』(大和書房WEB)『わたしがフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社スクラップブック)を連載中。

2019年12月4日 掲載