いつまで経っても、女は女でいたいー。

それは、何歳になっても、子どもができてママになっても、ほとんどの女性の中に眠る願望なのではないだろうか。

いつまでも若々しくいたいという願いや、おしゃれへの欲求、それに少しのときめき。自由やキャリアへの未練。

そんな想いを心の奥底に秘めながら、ママとなった女たちは、「母親はこうあるべき」という世間からの理想や抑圧と闘っているのだ。

出産を機に仕事を辞め、専業主婦として毎日を過ごす川上翔子(34)。

夫と一人息子と、幸せな毎日を送っていたはずだったが、元同僚の結婚式に呼ばれた日を境に、彼女の人生が再び動き始めるー。

◆これまでのあらすじ

専業主婦の翔子は、結婚式に招待され、7年前に辞めた会社の同僚たちと久々に再会する。

そこで現実を目の当たりにし、「自分だけオバさんになっているかも」とショックを受けるが…。




翔子は、元同僚の披露宴に招待され、『アンダーズ東京』に来ている。

34歳ともなると、同世代の友人たちの結婚ラッシュもとうに過ぎ、披露宴に招待される機会もさすがに減ってきた。

それに最近の翔子の交友関係といえば、息子の同級生のママ友ばかりなので、すっかり「航太くんママ」としての人生を歩んでいる。

だからこそ今日の披露宴は、目に映る全てが輝かしくて目眩がするほどだ。

それなのに、友人のせっかくの晴れの日を、どこか心から楽しめていない自分に嫌気がさした。

「翔子、どうしたの。暗い顔しちゃって」

隣の席の美優紀が、ノンアルコールカクテルを飲みながら翔子の顔を覗き込んだ。

「え?そんなことないよ。お酒飲むの久しぶりだから、ちょっとまわっちゃったかも。美優紀はまだ授乳中?」

「そう。保育園に入れる予定だから、そろそろ卒乳だけどね。もうすぐ1歳だし」

「保育園?もう仕事復帰するの?」

「もちろん。妊娠中から保活してたから、準備はばっちり」

そう言って、美優紀は笑顔を見せた。

彼女は産後一年も経っていないのに、すっきりと引き締まった体をしている。それに、まだ1歳に満たない赤ちゃんをパパに預けられるくらい、育児も分担できているのだろう。

「旦那さん、今日は赤ちゃんを一人で見てくれてるんでしょう?すごい。えらいね」

翔子の発言を、美優紀は笑い飛ばした。

「えらいってなによ。彼の子供でもあるんだから、“見てくれる”とか“見てあげる”って言葉自体がおかしい。だって、母親が子供の面倒見ててえらいって言われないでしょ?立場は一緒だよ」

翔子が圧倒されていると、今度は同じテーブルの玲奈が話に入ってきた。

「私も出産したら、なるべくすぐ職場に復帰する。もちろん家事も育児も、夫と分担よ。生活費も折半。家事もシェア」

まるで異世界のような会話にたじろいでしまう。

同世代の二人は、翔子が引退してからの7年もの間、キャリアを積み続けていたのだ。「仕事を手放すなんて、考えたこともない」という様子は一目瞭然だった。

すると玲奈が、こう尋ねた。

「翔子はこの先も専業主婦希望?」


「20代の結婚出産、当時は誇らしいと思ったのに…」翔子は、専業主婦であることにどこか引け目を感じてしまうが…。


玲奈に突然そう聞かれて、なぜか口ごもってしまう。

翔子が結婚した頃は、妊娠して退職する友人も周りに多かったから、子どもが出来て仕事を辞めることをごく自然なことだと考えていた。

それに、翔子は当時まだ20代だったのだ。

乙女のような気持ちで、家事や育児に勤しむ専業主婦に憧れていたのかもしれない。そして同僚たちに祝福されながら退職することは、正直誇らしくもあった。

そんな7年前のことを、翔子はぼんやり思い出す。先ほどから次々に運ばれてくる豪華なフルコースが、なかなか喉を通らなかった。

当然、玲奈も美優紀も悪気なんて一切ないのだ。素直に受け取れない自分がどうかしてしまっただけだ。




ふと、同じテーブルに座る元同僚たちをぐるりと見渡してみる。同席しているのは、プロジェクトチームが一緒だったメンバーだ。

華やかな美人で、広報担当だった美優紀。鋭い視点でマーケティング全般を受け負っていた玲奈。

そして、翔子の元カレだった潤。彼は、天真爛漫で人懐っこい営業マンだった。隣には、買い付けや交渉を担当していたメンバーの姿もある。

その中で翔子は当時、得意の英語を活かし、海外とのやりとりや来日してきた外国人クライアントのアテンドを担当していた。

「それにしても翔子、本当に久しぶり。元気だった?」

そう言ってニコリと微笑みかけてくれたのは、当時のプロジェクトリーダーだった石本千尋だ。

女性ながらに闘将と言われるほどの統率力で豪腕を振るい、見事事業を成功させた。あの時はまだ30代前半だったと思うと、凄まじいものがある。

情熱と冷静さを併せ持ち、強い信念がある人だった。しかも美人でセンスが抜群で、翔子にとっては永遠の憧れの人である。

「千尋さん、お久しぶりです!相変わらず、とっても素敵ですね」

お世辞ではなく、自然とそんな言葉が溢れていた。

現在彼女は自ら会社を立ち上げ、当時のメンバーをヘッドハンティングするなどして、会社をどんどん成長させているという。

翔子も、千尋はいつか経営者になる存在だと思っていたので、やはりその通りになったのだ。

千尋だけではない。それぞれのメンバーが、当時よりさらに先のステージの最前線で活躍しているらしい。一線を退いたどころか、引退してしまったのは翔子だけだ。

―専業主婦だって、立派な仕事だもんね。

誰に否定されたわけでもないのに、心の中でなぜかそう自分に言い聞かせていた。


足が痛くて歩けない翔子を救ってくれたのは…?


披露宴も終わり、新郎新婦と挨拶を交わすと、赤ちゃんが待つ美優紀と妊婦の玲奈はそそくさと帰って行った。他のメンバーも仕事に戻るのだという。

翔子は、化粧室に寄ると告げて友人たちに手を振り、ロビーのソファーに腰を下ろした。そして、この凶器と化したハイヒールでどうやって帰ろうかと考えあぐねていた。

翔子のスマホには、夫の圭一からLINEがいくつも届いていた。

サッカースタジアムで歓声を送る航太の動画で、やさぐれていた気持ちが癒されていく。

圭一からのメッセージはこう続いていた。

『久しぶりの友達と飲んでくるんだろ?こっちは航太と楽しくやってるから大丈夫。ゆっくり楽しんできて』

夫の気遣いがありがたい一方で、寂しさを実感する。久々に束の間の自由を手にいれたものの、みんなそれぞれの予定があり帰ってしまったのだから。

そのときクロークから戻ってきた千尋から、帰り際に声をかけられた。

「翔子の元気そうな顔見られて、安心したよ。今度、新しいオフィスに遊びに来て。久しぶりにランチにでも行きましょう」

「ぜひ!子供も小学校やらサッカーがあるし、日中は大丈夫だと思います。ぜひ会社、遊びに行かせてください」

「翔子、英語は?まだ使う機会あるの?」

「実際使うことはないんですけど、完全に忘れちゃうのも嫌だから、オンライン英会話とかでなんとなく勉強は続けているんです。趣味の域ですけど…」

「さすが翔子。相変わらず努力家ね」

なんでもないことなのに、千尋は笑顔で労ってくれた。その瞬間、彼女の下で働いてきたときの感覚が急に蘇り、胸の奥がぎゅっと熱くなる。

千尋と別れた後、去っていく彼女の後ろ姿を目で追った。

ハイヒールにタイトスカートは、彼女のトレードマークだ。歳を重ねても、美しい身のこなしはまったく衰えていなかった。




さて、みんなを見送ったところで、いよいよ覚悟を決めないといけない。翔子は、ほとんど感覚がなくなった足を見つめた。

早めに伝えてさえいれば、圭一にここまで車で迎えにきてもらうということも可能だったかもしれない。

ただ、週末のこの夕方に千歳烏山の自宅から虎ノ門まで片道一時間以上かかるだろう。せっかく父子でサッカー観戦を楽しんでいるのに、それを邪魔するのも気が引けた。

さすがにここから家までタクシーで帰るのはありえない。

独身時代は飲みすぎて終電をなくし、都心からタクシーで1万円近くも払って帰ったことは何度もあるけれど、専業主婦となった今、とても考えられないことだ。

つまり、這ってでも電車で帰るしかないということ。

慣れた靴だと過信して試すことをしなかったのだから、自業自得だろう。

「よし」と覚悟を決めた、そのときだった。

目の前に急に、靴屋の紙袋が現れる。何事かと顔を上げると、そこには潤が立っていた。

「翔子、これ」

「え?なに?どうしたの?」

「靴擦れで歩けなくなるなんて子供かよ。初めてハイヒール履いた高校生みたいだな」

無理やり渡された袋の中をのぞくと、ヒールのないバレエシューズ型のパンプスが入っていた。

「近くの靴屋で適当に取ったやつだから。急いでたし、ちゃんと選んでないぞ。店員さんに、キレイ目な服に合わせられる痛くない靴って聞いて、それを買ってきた。サイズはMでいいだろ、たぶん」

「潤、どうして…」

驚きのあまり、それ以上言葉が出ない。

「足痛いのくらい、見ればわかるよ。…俺、あの日のことどうしても忘れられないんだよ。初めてのデートで行った横浜で、動けなくなっただろ。そのときと同じ顔してるからさ」

「もう、そんなこと忘れてよ」

翔子は、恥ずかしさと感謝で胸がいっぱいになった。

「ありがとう、潤。これでなんとか帰れそう。いくらだったの?お金…」

「いいよ、勝手に買ってきただけだから。それに5,000円もしない安物なんだ。まあでも今は、その歩けない10万円の靴よりはマシだろ」

「え、でも…」

「俺、仕事だから行くわ。じゃあな。気をつけて帰れよ」

潤は、小走りでその場を離れて行った。

―急いでたのに、わざわざ靴、買いに行ってくれたんだ。

翔子はバレエシューズを手にとって、思わず泣きそうになった。

潤は選んでいないと言っていたけれど、ベージュにさりげないゴールドのラメが入り、ドレッシーなデザインだ。布製の柔らかさにホッとする。

きちんとしたお礼を言いそびれてしまったことが気がかりだが、潤の親切を受け入れ、化粧室で靴を履き替える。

その履き心地の良さと、潤の気遣いが重なって、胸が温かくなった。

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