【西尾元】忘年会帰りに死ぬ人がいる…法医解剖医がどうしても伝えたいこと 溺死、喧嘩、交通事故…死は意外と近い

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用水路で亡くなった人

毎年12月のこの時期になると、解剖室へ運ばれてくる人たちがいる。忘年会の帰りに亡くなった人たちだ。

この日運ばれてきたのは、50代の男性。用水路の中で亡くなっていた。顔や手には擦りむいた傷があった。用水路に落ちたときにできたのだろう。その他には目立った傷はない。

胸腔を見ると、肺がひどく膨らんでいる。それだけではない。肺の表面は空気だらけになっている。肺の表面を指で押すと、プクプクと凹む。

こうした肺は、「溺死肺」と呼ばれている。溺死した遺体に見られる典型的な所見である。

〔PHOTO〕iStock

溺死するときには、鼻や口から水などの溺水が気管を通って肺に入り込んでくる。肺の中は、さぞかし水だらけになっているだろうと思われるかもしれない。

だがそうではない。

実際には、肺の表面は、空気だらけになっている。元々、肺の中には空気が入っている。その空気は流れ込んできた溺水の勢いによって、肺の奥の方へと押し込まれていく。空気が最後にたどり着く場所は肺の表面になる。肺の表面が空気でいっぱいになるのには、そうしたわけがある。

溺死したわけ

男性の死因は、溺死だとわかった。

用水路に倒れていたのだから、男性が溺死したとしてもおかしくない。だが、この男性の死の状況には、不自然なことがあった。

男性が発見された用水路の水深は、せいぜい10センチメートルだったのだ。そんな浅いところに倒れ込んだからといって、普通であれば、溺死するようなことはない。立ち上がってしまえばすむことだ。だが、この男性は、確かに、水深10センチメートルの用水路で溺死したのである。

警察からの話では、男性は、忘年会でお酒を飲んでいい気分になって歩いていた。何かの拍子に、道路脇の用水路に転落したらしい。倒れ込んだ場所で立ち上がることができずに、男性は溺死してしまったというわけだ。

用水路に倒れ込んだとき、酔っていた男性は自分がどこで、何をしているのか、さっぱりわからなかったに違いない。

車に轢かれて亡くなった人

道路で車にひかれた50代の男性が運ばれてきた。男性を轢いた車は見つかっていない。ひき逃げ事件だという。

交通事故で亡くなった人を解剖するとき、法医解剖医が注目する場所がある。それは亡くなった人の足である。そこにあるべき印を確認するのである。

それは、「バンパー創」と呼ばれるものだ。歩行者が車に衝突されたときには、車の先頭にあるバンパーが必ず体にぶつかる。車が普通乗用車であれば、バンパー創は、膝のあたりにできる。

男性の膝のあたりをよく見たのだが、何も傷はできていない。その代わりに、見つかったのはタイヤの痕だ。胸のあたりにはタイヤの溝の形が残っていて、皮膚を押してみると、肋骨が何本も折れているのがわかった。車は男性の胸のあたりを轢いたらしい。

バンパー創がないことの意味

それにしても、バンパー創がないということはどういうことを意味しているのだろうか。

もし男性が立っていれば、バンパー創は体のどこかにできているはずだ。それがないということは、男性が車と衝突するときに、立っていなかったということだ。立っていれば、必ず、バンパーが体に衝突する。だが、寝ていれば、バンパーは体のどこにも衝突しない。当たり前の話である。

男性の死因は、肋骨多発骨折による失血死だった。

警察から聞いた情報と解剖所見から考えてみると、男性の死の状況は次のようになる。忘年会の帰りに、男性は一人で帰宅したのだが、片側二車線ある道路で寝込んでしまったらしい。そこを通りがかった車に轢かれたということになる。

理由はわからないのだが、お酒を飲むと、道路で寝たくなる人がいるらしい。この男性は、忘年会の帰りに道路に寝込んだところを車に轢かれてしまった。

もちろん一番悪いのは、男性を轢いた車の運転者である。そのまま現場を立ち去れば、ひき逃げ事件の犯人になる。だが、運転者にしても、片側2車線もある広い道路に人が寝ていると予想することは難しかったかもしれない。

お酒を飲んだ後に喧嘩すると危ない

今度、解剖室へ運ばてきたのは、40代の男性。忘年会の帰りに些細なことから友人と喧嘩になったのだという。相手に顔を殴られて倒れた後、意識がなくなった。病院に運ばれたときには、すでに心肺停止状態だった。

顎の左側に打撲の痕がある。後頭部にも打撲傷がある。顎は相手から殴られたときに、後頭部は倒れたときに道路とぶつかってできた傷に違いない。それ以外に傷はできていない。

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頭蓋骨に骨折はなかった。だが、頭蓋骨を開けてみると、脳の底面がひどく出血していた。くも膜下出血といわれるものだ。

くも膜下出血というと、脳底部の動脈瘤が破裂して病死するものがよく知られている。だが、男性に起こったくも膜下出血は、病気で発症したものではない。

男性はひどく酔っていたようで、顎を相手から殴られたときに、首が大きく前後に曲がってしまったようだ。お酒を飲むと、首の筋肉の緊張がなくなってしまう。殴られたときに、首が大きく揺れることになる。このときに、脳底部の動脈が裂けてしまった。

お酒を飲んだ後に、喧嘩するのは危険だ。男性のように脳底部の血管が裂けたり、路上に転倒したときに頭を強く打ったりすることがある。

急性アルコール中毒で亡くなる人は少ない

お酒による事故というと、急性アルコール中毒のことを思い起こす人も多いだろう。アルコールは胃と小腸から血液に吸収された後、肝臓で分解される。肝臓で分解される速さ以上にアルコールを飲めば、血液のアルコール濃度は上昇する。それが一定の値を越えれば、急性アルコール中毒で死亡する。

実際に、急性アルコール中毒で亡くなった人を解剖したこともある。だが、法医解剖の現場の経験を言うと、急性アルコール中毒で亡くなった人を解剖することはほとんどない。これまでに3,000人くらい解剖したのだが、急性アルコール中毒で亡くなった人は10人もいないだろう。

飲酒後に亡くなって解剖されるのは、お酒を飲んだ帰りに、交通事故死したり、植え込みに寝込んで凍死したり、転倒したときの頭蓋内損傷で亡くなったりした人たちである。アルコール中毒で亡くなったわけではない。飲酒が間接的に死因に関与した人がほとんどなのである。

死体検案書を見てもわからないこと

解剖した後には、死体検案書を作成する。この書類の死亡原因を記入するところには、「お酒」「アルコール」「飲酒」などの言葉が記されることはない。

「溺死」や「凍死」、「頭蓋内出血」、「胸部轢過」といった言葉が並ぶだけだ。死体検案書を見ても、お酒が死因に関係しているとは気づかない。だが、実際には、お酒を飲んだ後に亡くなった人たちは、お酒を飲んでいなければ亡くなることはなかった。その意味では、お酒が死因に関係していることは明らかなのである。

お酒で亡くなる人は、一般の人が考えているよりはるかに多い。急性アルコール中毒で亡くなる人の数よりずっと多くの人がお酒のせいで亡くなっている。法医解剖医には、それがわかっている。

これから忘年会へ行く人に言いたいこと

お酒を飲んだ後に亡くなった人の死の状況を知ると、不謹慎だとはわかっていても、滑稽に感じてしまうことがある。最初に書いた男性のように、水深10センチメートルの用水路で溺死するなどは、お酒を飲んだ人にしかできない芸当だろう。

電車に乗っていると、酔っ払った人が電車に乗り込んできた。ふらふらと入ってきて手すりをつかんだ。やっとのことで立っているという状態だ。周りの人は困惑している。その人の前に座っていた人が席を立ち上がると、やっとのことでその席に座った。だが、自分の体勢を保つことができず、ずり落ちるように席に横になってしまった。そのまま動かない。

さて、この人は家まで無事にたどりつくことができるだろうか。明日、解剖室へ運ばれることにならないだろうかと心配になる。

酔っ払ってしまってからでは、遅い。注意するのは、お酒を飲む前でなければならない。