ガラスストレージの現在と未来について考えてみた!

時は西暦2054年、犯罪予防局の刑事ジョン・アンダートンは優秀な仕事ぶりで人々の信頼を集めていた。しかし犯罪者に家族を奪われた過去があり、彼はその心の闇から薬物中毒に陥っていた。路上で違法薬物を買い、疲れた体で家に帰ると、薬物に溺れながら家族との思い出が記録されたメモリーカードを再生しては、つらい現実から逃げる日々だった……。

これは、2002年に公開された映画「マイノリティ・リポート」の冒頭の一幕です。この映画を観た人であれば、忘れられない1シーンでもあるでしょう。

マイノリティ・リポートは映画としての完成度も然ることながら、テクノロジー的な近未来考証が妙にリアルだったことでも有名です。自動運転車やマニュピレーターデバイスによる空間操作UIと映像編集、3Dホログラフィックス映像等々。当時の技術では不可能でも、荒唐無稽と言うほどは無茶なCG表現でもなく、「あと数十年後なら可能になっているかも知れない」と感じさせる技術が多く登場していました。

その中でも、筆者の印象に残っているのが、上記のメモリーカード(ストレージ)技術です。ガラス製と思われる透明なメモリーカードは近未来感溢れるデザインで、「透明なメモリーカードなんて」と否定的な人もいましたが、筆者は「むしろ透明なほうが積層記録技術に向いているのかもしれない」と、心躍らせたのを覚えています。

あれから17年。11月4日にマイクロソフトは75mm四方の石英ガラスの板に、1978年に公開された映画「Superman」を記録することに成功したと発表しました。まさにマイノリティ・リポートの中でジョンが映像を再生していた、あの透明なストレージが実現してしまったのです。

ガラス板にデータを記録することの意味とは一体何でしょうか。またその実用性はどの程度あるのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はガラスストレージの過去や現在、そしてその技術的展望について考察します。


映画「マイノリティ・リポート」より。SF映画の小道具が現実になる時代が来た


■既存の技術を組合せた超高密度記録技術
マイクロソフトが開発したのは、石英ガラスにフェムト秒パルスレーザーによって細かな「傷」を作り、その傷の深さや大きさ、角度を変えることで情報を記録していくという技術で、記録を平面的ではなく何層にも積層することで記録密度を上げる仕組みです。

データの記録方式としては、QRコードを思い出していただけると分かりやすいでしょう。QRコードでは1ドットあたりの情報は1つであり、その平面的なパターンの組み合わせによってより多くの情報を記録していきますが、マイクロソフトの方式では、上記のように1ドット単位で大きさや深さ、角度という情報を持つため、平面単位でもQRコードより多くの情報を記録できます。

しかもそれを積層しています。透明なガラス素材であるからこそ超高密度な書き込みと読み出しが可能であり、2mm厚のガラス板であれば100層程度は記録できるとしています。1ドットが約1マイクロメートルという微細加工による立体的なボクセル記録技術があればこそ、映画1本を手のひらサイズのガラス板に記録すること可能になったのです。


書き込みに用いられるフェムト秒パルスレーザーはレーシック手術などにも用いられる技術であり、既存技術の応用であることからコストメリットも大きい


しかし、こういった「透明な素材への大容量記録技術」は、今回はじめて生まれたわけではありません。筆者が初めてそういった技術を知った時期は、まさにマイノリティ・レポートが公開された2000年前後まで遡れます。

2004年、NTTは切手サイズの透明なプラスチック樹脂に1GBのデータを記録可能なインフォ・マイカ(Info-MICA)とその光学ドライブを開発しています。その時代のメモリーカードストレージの容量は128MBや256MBといったものが主流で、1GBのCFカードが3万円前後もしていました。

安価なプラスチック板にデータを書き込むインフォ・マイカはコストメリットから期待されていましたが、その後のモバイルストレージの加速度的な容量の増加と低コスト化の波を受け、量産されることなく終わりました。


NTTが開発したインフォ・マイカのプロトタイプ


2011年には英サウサンプトン大学の研究者がフェムト秒パルスレーザーを用いたガラス板へのデータ記録に成功し、2013年には300KBのデータの記録に成功、2016年には360TBものデータの記録ができる技術を開発しています。

この英サウサンプトン大学の技術が今回マイクロソフトが発表した技術の基礎となっており、「Project Silica」の名のもとに共同開発を行ってきたことを明らかにしています。


英サウサンプトン大学が開発した「5次元データストレージ」。ガラス板中央の数ミリ四方に聖書がまるごと1冊収められている


■半永久ストレージとしての展望
では、こういったガラス板への情報記録にはどのようなメリットがあるのでしょうか。最も大きなメリットとして、半永久的な記録保存が可能である点が挙げられます。

例えばPCで汎用的に用いられるストレージであるHDDは、その保証される耐用年数は3〜5年程度と言われており、意外と短いことに驚きます。シリコンメディアであるSSDやSDカードといった記録媒体も5年〜7年程度で、10年運用するのは危険だとされています。

またマイクロソフトのガラスストレージのように読み出し専用のメディアとしてCD-ROMなどがありますが、これも最長30年程度だと言われています。CD技術が登場した当時は半永久的だと言われていましたが、直射日光(紫外線)や湿度による素材の劣化があり、保管状況によっては10年程度でも読み取り不可能となる場合があるほどです。


約30年前に筆者が初めて購入したCDは、映画「スタンド・バイ・ミー」のサウンドトラックだった。このCDももうすぐ聴けなくなるかもしれない


それに対し、マイクロソフトのガラスストレージの場合は石英ガラスの板そのものであり、数十年どころか数百年、数千年といった単位ですら保存が可能な材質です(データを読み出す技術が残っているかどうかはともかく)。

マイクロソフトによれば、オーブンで加熱したり沸騰したお湯で煮沸したり、スチールウールで擦ってもデータは守られたとのこと。ガラス製なので当然ながら衝撃には弱いですが、それでも既存のストレージと比較して圧倒的な環境耐性や経年耐久性を持っていることは間違いないでしょう。


映画「Superman」が記録された「Project Silica」のガラスストレージ


■ガラスストレージはロゼッタ・ストーンの夢を見るか
突然ですが、ここで問題です。人類が手にしてきた記録媒体の中で、最も半永久的なものは一体何でしょうか。

答えは「石」です。

エジプトのピラミッドやギリシャの石造建築はもとより、更に古くはフランスのラスコー洞窟の壁画のように、石に描かれたり刻まれた情報は、数万年単位で残ることがあります。

以来人類は自らの社会や子孫のために情報を残そうと、木簡や紙を生み出し、本を作り、科学技術によって膨大な映像情報まで残せるまでになりました。そして行き着いた先が、石の一種である石英へ情報を物理的に刻み込むというアイデアであったあたり、何か運命的なものを感じざるを得ません。


1799年にエジプトのロゼッタで発見された「ロゼッタ・ストーン」。この石柱の発見が古代エジプトの象形文字「ヒエログリフ」解読の鍵となった


如何にして後世に情報を残していくのか。数百年後の世界に、今の文化や世界をどう伝えていくのか。映像も音楽も、ストレージが壊れてしまったりメディアが劣化して読み出せなくなるような事態は、できる限り避けなくてはなりません。

サービスが続く限りは半永久的だと思われているインターネット上の情報でさえ、どこかに格納されているからこそ読み出せるのです。そしてその格納された情報は、半永久的な状態で保存されているわけではありません。頻繁にバックアップとストレージの交換が行われているからこそ保持されているのです。

マイクロソフトが創ったガラスストレージは、未来のロゼッタ・ストーンとなり得るのでしょうか。少なくとも、その答えに繋がる第一歩であるように感じられます。マイノリティ・リポートでジョンが無造作に扱っているような手軽なメディア媒体にはならなくとも、国立図書館のような場所に収めるための媒体としては大きな価値を見出だせます。

私たちの時代を、世界を、文化を、後世に残さなくてはいけません。それは現世を生きる人間に託された使命であるようにも思えます。


世界のテクノロジーを牽引するマイクロソフトだからこそ、取り組まなければいけない課題なのかもしれない


記事執筆:秋吉 健


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