職場に無礼な人がいると、その悪影響は「ウイルス」のように伝染してしまいます(写真:saki/PIXTA)

なぜ本当にできる人は、不機嫌にならないのか? 『Think CIVILITY(シンク・シビリティ)「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』は、無礼な人の害悪を初めて可視化した本である。

「『周囲を不快にする』エース社員を切るべき理由」では、実力があって無礼な人への対処法について解説した。

しかし実は、隔離をしても解雇をしても無礼さの悪影響を完全に抑えこむことはできないと、著者のクリスティーン・ポラス氏は言う。いったいどういうことか。無礼さウイルスの伝染力について、本書を一部抜粋のうえ、再編集してお届けする。

隔離しても問題がすべて解決するわけでない

誰かに無礼な態度を取ること、取られることを「自己完結的」な体験だと思っている人は多い。直接、やりとりをした当事者どうしで完結することだと思っている人が多いのだ。


だが、実際には、無礼さはウイルスのように人から人へと伝染していく。その後、関わった人たちすべてに悪影響を与え、人生を悪いほうに導くことになる。

例えば、企業の本社内のあるオフィスで誰かが誰かに無礼な態度を取ったとする。すると、その悪影響は知らない間に、廊下にも、3つ上のフロアにも、休憩室にも伝染していく。影響を受けた人はその後、社外の人、顧客などとも接することになるだろう。

誰も気づかないうちに、無礼さの影響は社内全体に広がり、すべての人をより不親切に、より不寛容にし、すべての人の元気、楽しさを奪う。いったん生まれたウイルスは活動しなくても休眠状態で私たちの脳の中に潜伏している。

エドワード・M・ハロウェル博士によれば、無礼な態度によって生じた悪い記憶は数年間は残るという。博士は、これを「脳の焼き付き」と呼んでいる。誰かの無礼な態度で苦しい思い、不愉快な思いをすると、その瞬間の感情によって、身体に生理学的な反応(脈拍が速くなる、呼吸が不安定になる、など)が起きることがある。

自分が直接、無礼な態度を取られたわけではなく、そばでそれを見ていただけでも、心と身体の両方に悪影響がおよぶことはある。そうした状況では、大量のアドレナリンが体内を駆け巡るが、脳にはその痕跡が必ず残る。

無礼な言動に触れて感情が強く動かされると、そのことは決して忘れられない。無礼な態度を取っていた人の姿を見るだけで、また無礼な態度に触れた場所に行くだけで、そのときの感情がよみがえってしまう。

脳の中で感情に大きく関わるのが「扁桃体」というアーモンド形の小さな部位であることはかなり以前からよく知られている。

例えば、いつも上司のオフィスのすぐそばで仕事をしている会社員がいたとする。上司のオフィスからは、誰かに無礼な態度で接している声が頻繁に聞こえてくる。扁桃体がはたらくのはそういうときだ。

その声を聞いたとき、扁桃体はよくない感情を生み出し、それは脳内に広まってしまう。しばらくすると、上司のオフィスのドアを見るだけで、負の感情が起きるようになるだろう。

無礼な態度に触れてしまうと、その後は、少しのきっかけでそのときの感情がよみがえってしまうのだ。無礼な態度を取った本人が隔離されたあとも、それは続く。隔離しても問題がすべて解決するわけではない。人間の心はささいな出来事で傷ついてしまう。

例えば、誰かに悪口を言われる、大勢の前で自分の能力を否定される、といったことがあると、言った本人に悪気はなくても、傷跡は残るし、仕事にも悪影響がある。幸福感も低下してしまう。

嫌いな人に囲まれて過ごすとどうなるのか

イェール大学の心理学者、アダム・ベアとデイヴィッド・ランドが開発した数学的モデルによれば、嫌な人たちに囲まれて日々を過ごしている人は、無意識のうちに利己的になり、思慮を欠いた行動を取るようになるという。

深くものを考えないため、互いに協力し合ったほうが利益になるのが明らかな場合ですら、利己的な行動を取るようになるのだ。環境は必ず人に影響を与える。

よくない環境にいれば、自分の言動もよくないものになるし、それがまた周囲の人に悪い影響を与えてしまう。

無礼な言動の悪影響は短時間のうちに広がるし、影響はその言動のあとも長く残ることになる。しかし、礼儀正しい言動にも同じことが言える。

あるバイオテクノロジー企業を対象に私が同僚とともに実施した調査によれば、一部の社員がほんの少し礼儀正しい行動を取るだけで(例えば、思いやりのある言葉をかける、微笑みかける、話をしているときに途中で遮らない、など)、相手の社員もすぐに同様のことをするようになるとわかった。

そして短時間のうちに全体に礼儀正しい行動が広まる。だが、これはわざわざ調査をして厳密に証明する必要もないことだろう。日常生活の中で私たちの誰もが感じていることだ。

私はワシントンDCのレーガン空港に行くことが多いのだが、そこに常駐しているアラスカ航空の社員に立ち居ふるまいの素晴らしい人がいる。その態度は、周囲のすべての人をいい気分にさせるし、皆にいい影響を与えている。

寒さが厳しいひどい天候の日でも、乗客がいらだって無茶な要求をしてきたときでも、その社員の態度はつねに変わらず素晴らしいままだ。

彼女を見かけるだけで私はいい気分になるし、ほかの人も同じように彼女の姿を見たあとには表情が明らかによくなっているのがわかる。誰かのいい態度に接していい気分になった人は、その後、いいことに注意が向きやすくなる。乗客も乗務員も、お互いに対して普段より少しだけいい態度を取る。

何か困っている人がいれば、互いに進んで助け合う雰囲気になる。誰もが互いに対して寛容にもなる。彼らの「角の取れた」態度は、飛行機を降りたあとも続く。

今日からできる礼節の魔法

ルイジアナ州の大病院、オクスナー・ヘルス・システムでは、礼儀正しい態度の影響力を重要視し、それを最大限に生かすために病院公式の「ガイドライン」を策定した。

「10/5ウェイ」と名づけられたこのガイドラインでは、誰かと10フィート(約3メートル)以内に近づいたら目を合わせ、微笑みかけること、5フィート(約1.5メートル)以内に近づいたら「こんにちは」と声をかけることが定められた。

このガイドラインが実際に運用され始めると、病院内にはすぐに礼儀正しい態度が広まった。患者の満足度も向上し、「この病院がいい」という推薦を受けて来る患者も増えた。

すでに何度も書いているとおり、無礼な態度は決して、そのときだけのものではない。その後も広い範囲の人たちに悪影響をおよぼすものだ。ウイルスのように静かに、あっという間に数多くの人たちが感染してしまう。

無礼な態度を取った人の属するチームだけでなく、部署全体、さらには会社全体、顧客など外部の関係者にも影響を与える。自分がどれほど無礼な態度の影響を受けやすいか、ほとんどの人は気づいていないし、実際に影響を受けて行動が大きく変わっていても、気づかないことが多い。幸い、礼儀正しい態度の伝染力も同じくらいに強い。

私たちの努力次第で、無礼な態度にはかなりの程度、対抗できるのだ。礼儀正しく思いやりのある態度に接すると、そのあとには優しさ、喜びが周囲の多くの人に広がっていく。

私たちの一人ひとりがささいな行動に注意すれば、温かく、互いのことを認め合える雰囲気、皆に元気を与える空気を作り出すことができる。これは今日から、今からでもできることだ。すぐに始めない理由はどこにもない。