11月23日、日韓外相会談を前に、握手し席に向かう茂木敏充外相(右)と韓国の康京和外相(写真:時事通信)

協定失効のわずか6時間前に韓国政府が「破棄通告の効力を停止する」と発表して事なきを得たかに見えた「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)騒動」だが、日韓の間では早くも、日本側の説明に韓国政府が抗議し、「謝罪した」「謝罪していない」というレベルでもめている。

安倍晋三首相が「日本は一切、譲歩していない」と発言したなどという報道に、韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長が予定外の記者会見で「良心の呵責を感じずに言える発言なのか」と批判したのだ。輸出管理問題で局長級の協議が始まり、日韓の関係悪化が一息つくのではと期待されたが、内実はそんな生易しいものではなさそうだ。

撤回求め、アメリカ韓国に強い圧力

日韓の政府関係者に聞いてみると、今回はアメリカ韓国に対する圧力がそうとう強烈だったようだ。しかも、ホワイトハウスと国務省、国防省、議会が珍しく足並みをそろえ、次々と韓国に撤回を求めてきた。ここぞというときは腕力を振りかざし、有無を言わせず相手を従わせるアメリカらしい手法だ。これでは韓国はひとたまりもなかっただろう。

エスパー国防長官をはじめ、国務、国防両省の幹部が相次いで訪韓し、文在寅(ムン・ジェイン)大統領はじめ韓国政府要人に激しい言葉で撤回を求めた。表には出ていないが、日本批判の急先鋒で今回のGSOMIA破棄の旗振り役だった金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長に対しては、ホワイトハウスのポッティンジャー大統領副補佐官らが繰り返し撤回を要求したという。

国防省は同時に、在韓米軍経費の韓国の負担を一気に5倍の50億ドルに増やせと要求した。韓国が硬い姿勢を見せると、3回目の協議で開始わずか80分で席を立つというパフォーマンスも見せた。

また、軍人出身のハリス駐韓米大使は韓国議会幹部とのお茶の席で「5billion」という言葉を20回以上も繰り返し、韓国側を「こんな無礼な大使は初めてだ」とあきれさせた。11月21日にはアメリカ議会上院が「域内の安全保障協力を阻害しかねない」と、韓国を一方的に批判する決議を採択した。

普段はトランプ大統領の暴走への反発から足並みのそろわないアメリカ政府や議会だが、今回は珍しく歩調を合わせて韓国に対応した。大統領選を控え、対中貿易摩擦や米朝協議などで成果を上げたいトランプ大統領は、中国や北朝鮮を利するような韓国の行動を受け入れられなかった。

一方、国務省や国防省は、安全保障政策の観点から中国やロシア、北朝鮮を勢いづけ、アメリカ軍の負担が増えるような韓国の対応を容認できなかった。つまり主要プレーヤーの利害が一致したということだ。

行き詰まる韓国の外交

一方の韓国だが、外交面ではこのところ、やることなすことすべてがうまくいかず、完全に行き詰まっている。文在寅政権は「起承転北」と揶揄されるほど北朝鮮との関係改善を最優先し、さまざまなアプローチを続けているが、まったく相手にされていない。

日韓がGSOMIAでもめている最中の10月下旬には、金正恩委員長が金剛山観光地区を視察し、韓国側が建設し、南北協力の象徴的存在でもある観光施設の撤去を命じた。文在寅大統領の母親の葬儀の日には、ミサイル発射実験をぶつけてきた。

そして、GSOMIA撤回期限ギリギリの11月21日には、文大統領が金委員長に呼びかけていた釜山で開催される予定の「韓国ーASEAN特別首脳会談」への招待に対し、金委員長は「釜山に行くしかるべき理由を見つけられなかった」と拒否してきた。

韓国に対する嫌がらせの連続だが、金委員長にしてみれば、トランプ大統領との交渉を最重視しているときに、韓国にあれこれ余計なことをされたくないということなのだろう。

中国との間もTHAADミサイル配備以後、関係は悪化したままだ。7月には中国とロシアの戦闘機などが韓国の防空識別圏(KADIZ)に無断侵入する軍事演習を行い、韓国政府関係者を驚かせた。

日本は、韓国が自由や民主主義を共有する仲間であり、経済のみならず安全保障の分野でも日米韓3カ国が緊密な連携を取るのは当たり前だと考えている。しかし、韓国の外交的立ち位置は複雑だ。

韓国の置かれた特殊な外交環境

アメリカ、中国、ロシア、そして日本という大国に囲まれた韓国は、どこか1つの国とだけ緊密な関係を構築する外交路線を選びにくい。アメリカ韓国に対し、GSOMIA継続以外にも、ファーウェイ製品の使用禁止やホルムズ海峡への軍隊の派遣、さらに中国を意識したインド太平洋戦略への参加や中距離ミサイル配備などを公式、非公式に求めている。しかし、文在寅政権はいずれの要求に対しても躊躇している。

もし韓国が日本と同じようにアメリカとの同盟関係に完全に依拠する政策を打ち出せば、中国との関係は決定的に悪化する。中国が最大の貿易相手国でもある韓国にとって韓中関係の悪化は、軍事的緊張が高まるだけでなく、経済的に深刻なダメージを被ることになる。それとは逆に中国依存度を高めれば、さらに大変なことになるだろう。

文在寅政権は米中いずれか一方に偏った対外政策は、結果的に韓国の国益を害すると考えているのだ。それだけに今回、アメリカの圧力に屈するような形でGSOMIA撤回を延期することは、文政権にとっては屈辱的なことであろう。

日本政府の中には「今回は韓国の自作自演に終わった」「日本政府は完全に筋を通しており、何も譲歩していない」と、まるで交渉に勝ったような声が出ている。しかし、事はそれほど単純ではない。そもそもGSOMIA破棄を当面、回避したからと言って、日韓両国間に横たわる深刻な問題の解決の糸口が見いだせたわけではない。

最大の問題である大法院の徴用工判決と日韓合意に基づく「和解・癒し財団」の一方的解散などの問題について、安倍政権は韓国の対応を見守るだけで日本からは動かないというのが基本姿勢だ。12月の日中韓首脳会談の機会を捉え、日韓首脳会談も検討されているが、あくまでもボールは韓国側にあるとして静観の構えだ。

今回はアメリカが積極的に動いたことで最悪の事態は免れた。しかし、すでに紹介したようにアメリカは日韓両国のために動いたわけではなく、あくまでも自国の利益のためであり、それがたまたま日本の要求と合致しただけのことだ。

展望の見えない日韓関係

過去にもアメリカは、日韓関係が悪くなると調整役を果たしている。1965年の日韓国交正常化もアメリカの働きかけが背後にあった。アメリカが動いたのは、冷戦を背景にソ連に対峙するために日韓両国との連携を重視するという国益追求が理由だった。

安倍首相とトランプ大統領が緊密な関係にあるから、アメリカはいつでも日本の求めに応じて動いてくれると考えるのは間違いである。とくに徴用工や慰安婦問題などの歴史問題について、アメリカが積極的に関与することはないだろう。むしろ安倍首相が靖国神社参拝をしたとき、アメリカの国務省が「失望した」という厳しいコメントを出すなど、日本に対して批判的だったことを忘れてはならない。

日韓間の懸案がこのまま何の進展もなければ、2020年に入ると徴用工判決に基づいて差し押さえられた日本企業の資産の現金化が現実のものになる。そうなると日韓対立はさらに激しくなるだろう。直後の4月に韓国の総選挙が予定されていることから、文大統領はこのタイミングで妥協することはできまい。そうなると、いよいよ展望の描けない深刻な状況に陥ってしまう。

今、韓国内では文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が中心になって、「韓日両国企業と国民の自発的な寄付で作った基金を通した賠償案」が検討されている。また日本企業側もいつまでもこの問題を抱えていたくないと、早期決着を望んでいるとも聞く。お互いに疑心暗鬼の中で合意を形成することは困難極まりないことであろうが、そろそろ両国関係者が知恵を絞って、包括的に慰安婦や徴用工問題を決着させる方策を見出すべき時に来ている。

日韓両国間の局長級協議や首脳会談は、そうした道を描くための生産的なものにするべきであろう。