(写真提供/池田佳乃子さん)

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ぐつぐつと煮立つお湯に例えた「地獄めぐり」で有名な温泉地・大分県別府市。この街を盛り上げようと奮闘する池田佳乃子さんは、別府に住みながら夫のいる高円寺にも家を持ち、二拠点生活を送っている。大学入学とともに上京し、企業で働いていた池田さんが別府に戻った理由や、高円寺と別府の意外な共通点などについて伺った。

高円寺での新しいコミュニティを通して得た価値観

JR中央線の高円寺駅と阿佐ヶ谷駅のちょうど真ん中。高円寺駅から高架下をずっと歩いて行った先に開ける芝生広場が印象的な高円寺アパートメントは、JR東日本の社宅をリノベーションした住宅で、50世帯がA棟とB棟に住んでいる。A棟の1階には2つの飲食店と4つの住居兼店舗が並び、目の前の芝生広場では月に数度、住人たちが企画・運営するマルシェなどのイベントが行われている。

池田佳乃子さんの東京での拠点、「高円寺アパートメント101(いちまるいち)」は、店舗と夫である石井航さんの設計事務所を兼ねている住居兼店舗だ。開放的な雰囲気から今では近所の子どもたちの居場所にもなっている。

高円寺アパートメントの芝生広場で住人たちとお花見(写真提供/池田佳乃子さん)

池田さんは大分県別府市生まれの31歳。大学入学とともに上京し、卒業後は映画会社と広告代理店に勤め、29歳のときに結婚。夫の石井さんが設計事務所を開設するタイミングでここに引越してきた。

30歳になったとき、池田さんは「なにかチャレンジングなことをしよう」と思い立った。
池田さんの周りには、建築家や写真家、役者などアーティストとして自分を表現している友人が多く、彼らと日々過ごす中で、自分には何もオリジナリティがないとコンプレックスを感じていた。そんな中、ふと故郷のプロモーションを目にして、別府の人たちが自由に自分を表現していることに気づき、別府であればもっと自分のオリジナリティが出せるのではないかと思い立った。

今までのキャリアの中で映画や広告に携わり、コンテンツを企画することには自信があった。別府の面白い人たちと一緒に、自分のキャリアを生かした新しいコンテンツを生み出すことで、自分らしい表現ができるかもしれない、そうした思いが日に日に募っていった。

お湯のように湧き立つ思いとともに別府へ

池田さんに迷いはなかった。夫と住む東京を離れ、別府市と連携してビジネスを支援している「一般社団法人別府市産業連携・協働プラットフォームB-biz LINK」に転職した。B-biz LINKは、2017年別府市の出資により立ち上げられた組織で、池田さんは主に別府でビジネスをする人たちのネットワークを広げ、別府の産業を盛り上げる仕事をしている。こうして念願の別府での仕事が始まり、池田さんは二拠点生活者となった。

別府市の鉄輪温泉。たくさんの旅と引越しのあとでたどりついた(写真提供/池田佳乃子さん)

結婚してから何年も経っていない夫妻に不安はなかったのだろうか。池田さんは別府に移ってから、月に10日ほど東京に出張している。東京2割、別府8割ほどの生活だ。
「周りにはよく寂しくないのか?と聞かれるのですが、高円寺アパートメントに暮らしていることが大きな安心材料になっているのかもしれません。ご近所づきあいが自然とできているので、夫が晩ごはんを一人寂しく食べることもないし、夜な夜な飲み歩く必要もない。むしろ、芝生で遊ぶ子どもたちと触れ合ったり、夕食を持ち寄って住人たちと一緒に食べたり、自宅で営む雑貨屋のお客さんと楽しく会話したりしているので、一人で東京に暮らしているという感覚はあまりないのかもしれません。夫は東京で、私以外に家族の輪を広げているのだと思います。その感覚が心地よくて、安心しています」

(写真提供/池田佳乃子さん)

別府では実家で両親と暮らしている。「二拠点生活になったことで幅広い人たちとコミュニケーションをとるようになったので、自分の中の引き出しが増え、バランス感覚がよくなった気がします」と池田さん。別府と高円寺でコミュニティづくりに携わる中で、共通点があることにも気づいた。「別府と高円寺は似ています。カレー屋さんが多いこと、自由な人が多いこと、あまり周りを気にしていない人が多いこと、銭湯文化が根づいていることとか」と池田さんは分析する。お風呂を通じて人々と交流でき、湯けむりが漂う中で自分を表現できる街、高円寺と別府の両方を心から好きだと思っている。「そういえば、最近高円寺から別府に移住した人がいるんです。やっぱり似ていて住みやすいのかもしれませんね」(池田さん)

鉄輪妄想会議の様子(写真提供/池田佳乃子さん)

湯けむりに囲まれた鉄輪のコワーキングスペース『a side-満寿屋-』

別府の中でも無数の湯けむりが立ちのぼる光景で知られ、古くから湯治場として栄えてきた鉄輪(かんなわ)エリアに、2019年4月コワーキングスペース『a side -満寿屋-』がオープンした。鉄輪エリアは別府を代表する温泉地の一つだが、そこに暮らす女将さんたちは鉄輪の未来に危機感を感じていた。それは、後継者不足によって廃業する旅館やお店が多く、空き家が増加していること。女将さんたちはその課題をどのようにしたら解決できるか、自主的に会議を開いて考えていた。池田さんは、そんな熱意のある女将さんたちと出会い、2018年6月に地域の人たちや学生、地元の起業家や不動産などの専門家を交えて、ワークショップ形式の話し合いの場“鉄輪妄想会議”を開いた。その中で、古くから続く湯治文化を現代のライフスタイルに合わせるには、働きながら湯治ができるスタイルを実現することが近道なのではないかという発想が生まれ、このアイデアから“湯治のアップデート”をコンセプトに、元湯治宿だった空き家をコワーキングスペースにリノベーションすることが決まった。

a side -満寿屋-の内部(写真提供/池田佳乃子さん)

築80年の温泉旅館をリノベーションしたコワーキングスペース「a side-満寿屋-」はこうしてできあがった。「来るたび、鉄輪の蒸気によって少しずつ変化を感じることができる空間」をコンセプトにしているというこの場所。利用料金は1日1000円からという都内では破格の価格で、設備は充実している。ソファ席や心を落ち着かせる「ZEN」の部屋があり、プロジェクターやスクリーンは無料で貸し出している。鉄輪には昔と同じように湯治場があり、長期滞在することができる。

2019年9月に行ったワーケーション企画での1コマ(写真提供/池田佳乃子さん)

湯治場とコワーキングスペースの組み合わせの背景には、ワーケーションという働き方を池田さんや仲間たちが知ったことがあった。これが普及すればきっと鉄輪のにぎわいは戻ってくるはずだとみんなで思いついた。実際に、コワーキングスペースができてから、ほかにもななめ向かいの宿が復活したり、飲食店が増えたり活気ができてきている。今後も空き家会議をして、さらに盛り上げていきたいと池田さんはもちろん、地域のみんなで思っている。4月にオープンしてから、利用者は別府市内から4割、それ以外は別府市外からで、ライターやエンジニアなどの方々が温泉を楽しみながら仕事をしている。2019年9月には、実験的に鉄輪で8社の都市部の企業のメンバーと一緒にコワーキングスペースを活用したワーケーションを実施した。別府にある大学生を巻き込んだ「イノベーション創出型」という形で、あらたな可能性を見つけることができたという。

二拠点生活だからこそ分かったことがある

「東京と別府では情報の粒度とか鮮度が違いますし、東京のさまざまな情報と、別府の実験場としての土壌が上手くブレンドされたら面白いのではないかと感じています。そうした今までに無い網を張るのが、自分の役割だと思っています。将来的には、海外や都心の人たちや地域の方々が交流できる機会をつくることで、別府の中学生や高校生がさまざまな価値観に触れ、キャリアの選択肢を広げられるようになったらいいなと考えています」

池田さんの高円寺の家は、「東京でのつながりをつくる実験の場」でもあり、自宅のリビングをお店にすることで、パブリックとプライベートの境界線を曖昧にしている。「暮らしの境目をなくすとどういう変化が生まれるのかを実験しています。分かったのは、子どもたちが自由に自宅に遊びに来てくれることですね。ここで設計の仕事をしている夫は、子どもたちの保育園に必要な『お迎えカード』を預かって、お母さんが迎えにいけないときのピンチヒッターになっているんですよ」と池田さんは笑う。誰に対しても分け隔てのない夫妻の性格がよく表れているエピソードだ。

池田佳乃子さんご夫妻(写真提供/池田佳乃子さん)

「二拠点生活を始めて、いろんな角度から物事を見られるようになりました。ひとつしか拠点を持たない生活では、価値観が画一的だった気がするんです」と池田さんは二拠点生活のよさを語る。「でも、私には二拠点までですね。その土地で暮らして「おかえり」と言ってもらえることが自分の居心地の良さにつながっているので、2拠点以上の多拠点暮らしは自分には向いていないかもしれません」(池田さん)

それぞれの土地でコミュニティを築いているからこそ分かる“拠点”の大切さ、そして人とのつながりの尊さ。池田さんは別府と高円寺というまるで違うようで実はよく似ている二つの街を、いいお湯の加減のようにバランスよく、しかし精力的に生きていくのだろう。

●取材協力
a side -満寿屋-
(近藤智子)