日本有数の時価総額を誇るキーエンス。9年ぶりの社長交代にも「ある法則」が存在した(編集部撮影)

トヨタ自動車、NTT、NTTドコモ、キーエンス、ソフトバンクグループ、ソニー、三菱UFJ――。

日本の株式市場の時価総額トップ企業を並べたとき、1社だけ消費者にあまりなじみのない企業がある。平均年収2100万円の高給で知られるキーエンスだ。

11月5日に株価は7万7470円をつけて年初来高値を更新。11月22日現在、時価総額は9兆円を超え、トヨタ自動車やNTT、NTTドコモに次いで日本で4位だ。

株式分割で流動性を高める

キーエンスはFA(ファクトリーオートメーション)に関わるセンサーや画像処理システムを手がける企業だ。FAとは工場の生産工程を自動化するために導入するシステムのことだ。2020年3月期上半期(4〜9月期)こそ、米中摩擦などで世界的に設備投資需要が減退し、営業利益が前年同期比14%減少した。ただ、工場の自動化需要が旺盛なこともあり、同社の業績は今後も堅調に推移するとみられる。

経済産業省の企業活動基本調査によると、製造業の売上高営業利益率は5.5%(2017年度実績)。それに対し、キーエンスの2020年3月期上期の決算は売上高2769億円、営業利益1388億円で、営業利益率は実に50%にのぼる。

高い収益力が評価され、これまでも高い水準で株価が推移していたが、11月に入ってからは一段高となっている。市場が大きく反応したのが10月31日に第2四半期決算とともに発表した1株を2株にする株式分割だ。

キーエンスは機関投資家などの大口投資家の保有比率が高く、1単元以上50単元未満の株主の保有割合を示す「浮動株比率」は2.3%に過ぎない(2019年3月)。今回の株式分割により、流動性が高まることが期待される。

キーエンス株の最低売買単位は100株なので、投資するには最低でも700万円近くの資金が必要だったが、株式分割によってその半額で済む。

さらに市場が評価しているのが実質増配だ。株式分割を行うと普通は配当も分割した割合に合わせて減少するが、今回の株式分割では1株あたり年200円の配当を継続し、実質的に400円の増配となる。

キーエンスは2017年1月に1株を2株にする分割を実施した際には実質的な配当額を据え置いたが、今回は実質増配に踏み切った。

キーエンスの経営情報室長である木村圭一取締役は「これまでも決して株主を軽視していたわけではなく、引き続き株主の利益を重視していく」と話す。

最近は株主還元を強化

多くの投資家はこれまで、「キーエンスは株主還元に積極的ではない」と捉えてきた。株主総会では毎回、社長や創業者である滝崎武光名誉会長の取締役選任議案に約3割程度の反対があり、株主総会での賛成率9割強が一般的な日本企業にあって、株主の不満が高い会社だといえる。

ただ、配当額は2018年3月期に年間100円、2019年3月期は年間200円、今回の株式分割で2020年3月期は実質400円と最近は株主還元を強化していた。

さらに、今年10月にアナリストや機関投資家向けの電話会議を初めて開いた。これまでアナリストや機関投資家からの問い合わせは個別に回答していた。10月発表の決算補足説明資料では、決算短信に記載されていない地域別売上高や状況、国内の業種別売上を記載している。

「開示内容の範囲はこれまでの個別の問い合わせでの回答と大きな差はない」(電話会議に出席したアナリスト)。地域別の状況についても決算後にアナリストがレポート等で投資家らに示していたため、市場で出回る情報量に大きな変化はないが、「会社側が自ら資料を作成し、説明会を行う態度に意義がある」(都内の機関投資家)と印象は悪くないようだ。

木村氏は「個別での対応だと回答するまで待ってもらうことでタイムラグが発生していた」と話し、個別対応にもこれまでどおり応じていくと説明している。

決算発表と同じ日にキーエンスはもう1つ重大な発表を行った。9年ぶりの社長交代だ。山本晃則・現社長が12月21日付で代表権のない取締役特別顧問に就き、事業推進部長で6月に取締役となった中田有氏が社長となる。中田氏は45歳で、現在9人いる取締役(監査役を除く)の中で2番目に若い。

社長業における「キーエンスウェイ」

現社長の山本氏は2009年に取締役事業推進部長となり、翌2010年に45歳で社長に就任した。前社長の佐々木道夫氏は1999年に取締役事業推進部長となり、翌年に43歳で社長に就任した。その前任は創業者の滝崎武光氏だが、55歳で社長を佐々木氏に譲っている。

滝崎氏を除く歴代社長は、事業推進部長を経て40代半ばで社長となり、社長として約10年間職務を担っている。キーエンスは「事業の発展のために最適な人事を行っている」とするのみだが、「何かしらのキーエンスウェイなるものがあるのだろう」(外資系証券会社のアナリスト)との見方もある。


1989年に撮影されたキーエンスの滝崎武光氏(編集部撮影)

1988年2月13日号の「週刊東洋経済」で取材に応じた滝崎氏(当時は社長)は「私個人はそんなに好かれる人間ではないし、泥臭く個性で引っ張る経営は中小企業止まり。大企業はどこでも理念主導、オーソドックスでしょう」と語っており、個性的なトップに依拠する経営には否定的な考えを示していた。

もちろん、キーエンスが社長は誰でもいいと思って選んでいるわけではないだろうが、1人のカリスマに依存しない経営を築き上げているのなら、それは強みといえる。創業者の滝崎氏を含め、上司でも「さん」付けで呼び合い、論理的であれば新人の意見にも耳を傾けるフラットな組織文化がある。「技術開発力と自社の商品をしっかり説明できる直販営業体制という2つの強みがある以上、社長交代で経営に問題が起きることはない」(前出外資系アナリスト)。

ただ、現在のキーエンスを生み出した滝崎氏は、自身の資産管理会社を含めてキーエンスの株式の2割以上を握るとされる事実上の筆頭株主で、取締役名誉会長として経営にも携わっている。

キーエンスが本当にカリスマに依存していないのか。それは滝崎氏が経営を退いた時に真価が問われることになりそうだ。