ニュースサイトのコメント欄には、批判や悪口がたくさん投稿されている。なぜそんなことになるのか。精神科医で禅僧の川野泰周氏は「他者を攻撃している間は自分の嫌な部分に目を向けなくてすむ。実生活でストレスを溜め込んでいるのでしょう。スマホを見る時間を意識的に短くしたほうがいい」という――。

※本稿は、川野泰周『会社では教えてもらえない 集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Misha Kaminsky
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Misha Kaminsky

■「悪口」「批判」の原因は、あなたが溜め込んだストレス

ネット記事やテレビでニュースを見ていて、つい批判的な気持ちになることはありませんか?

「あの政治家、また口ばっかりで何にも行動してない!」
「あんな事故を起こしたのに、どうして逮捕されないの?」
「この人は正論を言っているけど、現実はもっと厳しいのが分かっていない!」

もちろん、人によって同じ物事に対して様々な見解を持つのは自然なことです。ところが、中には実際にコメント欄に感情をむき出しにしたような言葉を書き込んだり、SNSで痛烈に批判したりする人も。

こうした、ネット上で批判的なメッセージを発信する人に多く見られるのが、実生活ではストレスを自分の中に溜め込んでしまうという傾向です。

「どうして家事を手伝ってくれないの?」
「上司だって、あんな言い方しなくてもいいのに」
「後輩がこんな大きなミスをしているのに、全然反省していない!」

怒りや批判、悲しい気持ちが湧き上がっても、黙って仕事をこなしている。元気なときは楽しいことを考えたり、テンションを高めに保ったりして、愚痴や批判的な気持ちから目をそらすことができますが、疲れが蓄積してくると心の中が愚痴や批判的感情に支配されてしまうのです。

■ネガティブ感情を抑えられない脳の仕組み

疲れてくると批判的な気持ちになる。それって実はとても当たり前のことなんです。

なぜなら、元気なときは負の感情を抑え、ものごとの良い側面に目を向けるだけのエネルギーがあるから。

言い換えれば、元気なときは、他人に対しても、自分に対してもネガティブな感情をなかったことにして、グッと抑えることができます。

しかし、心が疲れてくると、前頭葉の機能が低下してきます。理性的に思考することによって感情が露呈するのを抑えているのは、脳の「前頭葉」の中の一番前にある「前頭前皮質」。「思考の最高中枢」とも呼ばれる場所です。

心が元気なときは、前頭前皮質の機能である、理性的に考えることにエネルギーを割くことができるので、本能的、感情的な反応を抑制し、コントロールすることができます。

前頭葉は人間の脳の中でもっとも進化した、新しくて高性能な脳機能部位であると考えられていますが、そのぶん稼働するために多くのエネルギーを消費することが分かっています。

疲れてくると、脳で使えるエネルギーの量が限られてくるため、一番ロスが大きい進化の進んだ脳を極力使わないようにして、「本能的」な脳をメインとして働かせる状態になります。本能的な脳、というのはつまり、大脳の奥のほうにある「扁桃体(へんとうたい)」などの、感情を司る部位です。

扁桃体はいわば「ネガティブ感情の発生部位」です。ここが主体的に活動する状態になると、嫌だ、という気持ちを止められなくなって、怒りがそのまま感情表現として出てくるようになります。うつになりかけているときにイライラしやすくなるのは、前頭葉の動きが低下しているから、と言えます。

■自分に自信がない人ほど他人を批判するもの

つい人を批判したくなる、というのは「自己肯定感の低さ」の表れでもあります。

自己肯定感とは、自分で自分を認めてあげられる、このままの自分でいいと思える心のあり方です。

自分のやっていること、生き方に自信がない。何か漠然と不安を抱えている。

このような状態では、たとえそれが意識に上らなかったとしても、常にストレスを抱えていることになります。

こうした自責の念から目を背けるため、他者を攻撃してしまうのです。

他者を攻撃している間は自分の嫌な部分に目を向けなくてすみますし、自分を優位に立たせることで、自分の身を守ろうとしている。

いわば「先手必勝」のスタンスです。攻撃し続けなければ不安に負けてしまうという幻想にとりつかれた状態といえるでしょう。

一方で、自己肯定感の高い人は他人を必要以上に批判しないし、誰かから同意されることを強く求めたりしません。

なぜなら、自分で自分のことを「今の私はこういうあり方なんだよね」と認めているからです。相手のことも「相手には相手の事情があるのだろう」とすんなり受け入れることができ、ひいては「相手も大変だなあ」と労をねぎらう気持ちすら生まれるのです。

日本の有名なマンガ、「ドラえもん」に例えてみましょう。自己肯定感が健全に育っていないと、ドラえもんに登場する「スネ夫」的な態度になりがちです。

スネ夫はガキ大将のジャイアンにいじめられると、ジャイアンにやり返すのではなく、一番ひ弱なのび太に当たる。

こういうスネ夫的なタイプだと、周りから人が離れていってしまいます。

本人は「自分ばかりいつも人に恵まれない、環境に恵まれない」と感じているのです。

■「マインドフルネス」で自己肯定感を上げよう

では、こういったスネ夫タイプの人が自己肯定感を上げるにはどうしたらいいのでしょうか? それは、自分の感情を丁寧に観察したり、目の前のことに集中する、つまり「マインドフルネス」を生活習慣に取り入れることです。

自分の心の動きを観察するのを習慣にすると、怒りの感情に取り込まれにくくなり、自らの感情と距離を置くことができるようなります。

「あいつはいつもひどい」といった批判的な心、怒りや「自分はどうせダメなんだ」という自責の念といった、ネガティブな感情に取り込まれなくなるので、心を穏やかで冷静な状態に保つことができるようになり、「自分をコントロールできる」という自信がつくのです。

そして、「自分が今イライラしているのは、あの人が関係しているかもしれない」「自分だけではなくて、あの人と関わる人の多くがこういう感情になっているんじゃないかな」と、状況を俯瞰して見られるようになります。こうした客観的に観察することのできる能力を「メタ認知」と呼びます。メタ認知が心の中に涵養されれば、何かを体験した時、心の中に生ずる反応の選択肢が増えていきます。

選択肢は「ムカつく」という、ただひとつしかないと思っていたのに、メタ認知ができてくると、例えば「ユーモアで返す」、「相手の心理を分析してみる」、「話題を変えてやり過ごす」といった具合に、その反応の選択肢がどんどんと増えていき、その中で一番建設的な思考を抽出することが可能になるのです。

■『とさ』が有効なストレス対処法になる

また、突然理不尽なことを言われたりすることもあるでしょう。

そんなときは、「私はあの人からこんな嫌なことを言われて、気分が悪くなった『とさ』」と心の中で起こった状況と自分の感情を文章化したうえで、最後に「とさ」をつけてみてください。

なんだかおふざけみたいに思えるかもしれません。しかしこれは大変有効なストレス対処法として、心療内科の診療でもしばしば用いられる技法です。こうすることにより、自分が置かれているネガティブな状況から少しだけ距離を置き、冷静で客観的に状況を見られるようになります。

苦手な人を「ケース・スタディ」として記録するのもいいでしょう。ケース・スタディとは、臨床医が患者さんの治療経過から学び、それをより良い医療に活かしてゆくために学会などで共有する「症例報告」のことです。

「またあの上司にこう言われた。上司が怒り出すのは大体月末の金曜日。きっと疲れがたまっているのだろう。周りから結果を出せと責められて、わたしに八つ当たりしている可能性がある、と考察した」

このように、分析的に心の中で記録することで、心理的余裕が生まれ、感情が疲弊しなくなります。

■心のケアの始まりは自分のイライラに気づくこと

自分は今、イライラしている、疲れている、怒っている、そういうネガティブな気持ちに気づくことが、自分に対するケアの始まりです。ここで大切になってくるのが、「セルフ・コンパッション」です。

セルフ・コンパッションとは、自分を労る心、自分を大切にする心の在りようのことを指します。肌のケアをすると、ささくれが治るのと同じように、自分の心や体のケアに時間を使うと、自分だけでなく他者に対しても思いやりの念がわいてきて、他の人の存在を受容できるようになっていきます。

そして、ネガティブな気持ちに気づいたら、あえて関係ない行動をとると、気持ちの切り替えができます。私がよくお勧めしているのが「インターベンション・ブレスレット」という手法で、私自身もその効果を実感しています。

どちらかの手につけた腕時計(髪留めやリストバンドなどでもOK)をもう片方の手に移動するだけ。「今、自分を責めているな」と感じたら左から右に移す。そのあとは普通に生活する。その問題が解決してもいいし、解決できなくてもいい。また嫌な気持ちがわきあがってきたら反対側に移す。これを繰り返します。

これは自責の念にかられたときに、とくに効果的です。私はダメだな、と思ったときにブレスレットを反対側につけてみると、ダメだな、と思っているという事実に気づき、その感情に100%浸かりきっていた状態から徐々に離れることができるようになり、ストレスが低減してゆくのです。

気持ちに気づくだけで、その気持ちは軽くなるという私たち人間の心の性質を知っておくことが大切です。

■視野が広がり、周りが見えてくるようになる

先程のやり方以外にも、時計をはずす、指でゆっくり5つ数えるなども有効です。自分なりのルーティンを考えてみるのもいいですね。怒り、悲しみ、つらさ……自分の気持ちに気づくだけで、その気持ちが軽減していくのです。

思考の選択肢を増やすと、行動の選択肢が増えていきます。

高圧的な上司に一方的に責められる、という場合、はじめは「黙って耐える」という選択肢しかなかったのに、「意見を主張する」「静観する」「謝る」「相手の主張を心で文章化してみる」などの対応法を選べるようになります。視野が広がって、もっとも建設的な反応を選べる、一瞬の「間」が生まれるのです。

ストレスでいっぱいになると、どんな人でも視野が狭くなるものです。このことを「視野狭窄」と言います。眼科の分野でも使われる言葉ですが、ここでは心の視野が狭くなることを指しています。

メタ認知を育むマインドフルネスを実践していくと、視野が広がって、周りが見えてくるようになります。

「同僚はAさんにもきついことを言っている。Bさんにもきついことを言っている。よく見たら、関わる人全員にきつい物言いをしている。なんだ、私の問題じゃなくて、同僚のコミュニケーションのパターンなんだ」と思えるようになる。

マインドフルネスを実践していると、視野が広くなり、当事者同士だけでなく、周りの人との関わりが見えてくるようになるのです。

■五感が鈍ったら要注意。「心のケア習慣」を

最近、濃い味じゃないと食べた気がしない、という患者さんが増えているように感じます。

川野泰周『会社では教えてもらえない 集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)

これは、常に膨大な量の情報にさらされているため、「注意資源」(脳が一度に向けられる注意力の総量)をほとんど全て外部から入ってくる情報を処理することに使い果たしてしまい、味覚などの感覚に注意を向けられなくなっている可能性を示唆しています。感覚、知覚が感じられにくくなっているのです。

そして、ありありとした知覚を楽しむことのできる感性が鈍ることは、「幸せを感じにくくなる」ことを意味します。

誰かを批判したくなる。怒りやイライラ、疲れを感じやすい。

そういったときは、まずは意識的にスマホを見る時間を短くして、気持ちの落ち着く場所に座って目を閉じてみましょう。

そして、自分の感情をゆっくり見つめましょう。

お茶を飲む、歩く。こうした、ひとつひとつの行動に集中することで、感性が開かれ、ちょっとしたことに喜びが感じられるようになり、自己肯定感が上がっていきます。すぐには効果が感じられないかもしれませんが、そういった意識をもって日々を生きることによって、必ずや心は健やかで、幸せな在りように向かって変化してゆくはずです。

今日この瞬間から始められる、自分自身のための「心のケア習慣」、ぜひ試してみてください。

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川野 泰周(かわの・たいしゅう)
臨済宗建長寺派林香寺住職
RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業。慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。禅修行の後、2014年臨済宗建長寺派林香寺(横浜市)住職。寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたる。『人生がうまくいく人の自己肯定感』(三笠書房)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
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(臨済宗建長寺派林香寺住職 川野 泰周)