「販売ノルマ」は本当に必要なのだろうか。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏は、「予算達成を焦ることで、顧客離れを招くこともある。たとえば予約サイト一休の経営者は『毎月の予算達成なんてどうでもいい』と話している」と指摘する――。

※本稿は、永井孝尚『売ってはいけない 売らなくても儲かる仕組みを科学する』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

画像=「一休.com」公式サイト

■「ノルマ未達成なのに、定時退社か?」

私が新入社員時代の話である。大学時代の同級生から連絡が来た。

「頼みがある。ノルマが達成できないんだ……」

入社先でセールスになった彼は、販売ノルマをこなすのに苦労しているという。翌日、喫茶店で商品説明を聞き、買うことにした。困った時はお互い様だ。

「助かったよ。実は親戚には一通り売ってしまったんだ」と友人は安堵の表情。

しかし来期も新しいノルマがあるという。彼の健闘を祈るばかりだった。

永井孝尚『売ってはいけない 売らなくても儲かる仕組みを科学する』(PHP新書)

セールスが販売ノルマを持つのは、当たり前に思える。顧客に「契約していただけないと、社に戻れません」と土下座するセールスもいる。「お互いに切磋琢磨(せっさたくま)して成長しろ」と、セールス同士で営業成績を競わせる職場もある。ノルマ未達成のセールスは、人間扱いされない会社もある。

中には、ノルマを達成せずに会社に戻ると、上司から、

「がむしゃらさが足りない」
「言い訳ばかりするな」
「ノルマ未達成なのに、定時退社か?」
「この10階の窓から飛び降りて、歩いている人に売ってこい」

と罵倒されることもある。ここまでくるとパワハラである。

一方でノルマを大幅に上回ると、青天井のボーナスを出す会社もある。

■予算達成は「ユーザーのため」にならない

これは「セールスに高いノルマと報奨金を与えて競争させれば、目の色を変えて一生懸命頑張る」という考え方に基づいている。要は、アメとムチである。昔はモノが足りず、作れば売れたので、この方法はそれなりに有効だった。しかしこの考え方は、完全に時代遅れ。売り込みをされる顧客の立場になるとわかる。ノルマを抱え目の色を変えた人から売り込みを受けて、買いたいと思うだろうか?

ホテル旅館予約サイト「一休」の榊淳社長は、ある雑誌のインタビューでこう言っている。

「毎月の予算達成なんてどうでもいい。予算が達成できないのは僕らの力量が足りないからであって、その力量不足は今月中に改善できるはずはない。だったら予算達成は諦めて、来月頑張ろう」

予算達成のために一休がメルマガを次々とユーザーに送っても、それで急に会社がよくなることはない。むしろ大量のメールは、利用者にとって迷惑でしかない。そして皮肉なことに、顧客は徐々に離れてしまう。一休は「ユーザーファースト」を徹底しているのだ。

「予算達成ありき」は「ユーザーファースト」ではない。「会社ファースト」の発想だ。

しかし現実には、多くの会社がセールスに販売ノルマを与えている。ノルマがあると人や組織を管理しやすいからだ。トップがノルマを決めて部門やセールス個人に割り振り、ノルマを達成した社員には売上の一部からトップの裁量で配分する仕組みなのだ。

■「ご褒美」で頑張らせるのは、オットセイと同じ

しかし、ともするとノルマは、人のやる気を失わせてしまう。

「内発的動機付け」と「外発的動機付け」という考え方がある。「やりたいからこの仕事をする」という動機付けが「内発的動機付け」だ。一方で曲芸をするオットセイのようにご褒美目当ての動機付けが「外発的動機付け」だ。

「高いノルマと報奨金を与えれば、目の色を変えて頑張る」という発想は、「餌をあげればオットセイは曲芸をする」という考えと同じである。しかし、オットセイは餌がなくなると曲芸をしようとはしなくなる。同様にノルマと報奨金がなくなると、セールスは働かなくなってしまう。

逆に、内発的動機付けで仕事をする人は、ノルマや報奨金に関係なく仕事をする。

外発的動機付けがあることで、内発的動機付けが弱まるという実験がある。心理学者のエドワード・デシは、学生を相手にパズル解きのゲームをさせる実験をした。学生たちはゲームを解くと報奨金をあげるグループと、何も報奨金がないグループに分けられた。

両方ともゲームを解いたが、問題はその後の休憩時間である。無報酬グループは休憩中も熱心にパズルを解いていた。報奨グループは、休憩中はパズル解きをやめてしまった。報奨金という外発的動機付けで、内発的動機付けが弱まってしまったのだ。

■「罰」を与えると成果は出るが、やる気が消える

デシはさらに「パズルを解けないと罰する」「相手と競争させる」という二つの実験もした。ともにパズル解きは順調に進んだが、パズル解きの楽しみは失われてしまった。高いノルマを課してセールス同士を競わせるのは、この「罰」「競争」と同じだ。罰で脅したり競争させたりしてパズルが解けたように、短期的には成果が出る。しかし、やる気は消え失せてしまうことも多い。

ノルマなどの目標を設定し、互いに競争させて売り込む方法はもはや限界なのである。では、どうすればいいのか? 参考になるのは、サービス業界の取り組みだ。サービス業界の成功企業は、ノルマ設定や従業員同士の競争に頼っていない。従業員の内発的動機付けを引き出して、顧客満足を生み出し、好業績を実現している。

■「従業員第一主義」でサービスの質が上がる

サウスウエスト航空は米国航空会社で顧客満足度トップの常連であり高収益企業だが、実は「顧客第二主義」である。では何が「第一」なのかというと、「従業員第一主義」なのだ。創業者のハーバート・ケレハーはこう言っている。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/rypson)

「社員が職場で楽しく働けて、会社を愛しているという文化さえあれば、最高の顧客サービスを自然に提供できるようになる」

またスターバックスコーヒーで笑顔満点のスタッフからサービスを受けて気分がいい、という経験はないだろうか? スターバックスコーヒーはスタッフが自分の仕事を愛せるように努力をしている。顧客と接する従業員がどれだけ仕事を楽しんでいるかが重要だからだ。

サウスウエスト航空やスターバックスコーヒーのように、顧客と現場で直に接するサービス業界では「顧客満足の前に、従業員満足」と考え、高い業績を生み出す企業が増えている。

サービス業で従業員満足が顧客満足を生み出す仕組みは、「サービス・プロフィット・チェーン」という考え方を理解すればわかる。

図表=『売ってはいけない 売らなくても儲かる仕組みを科学する』

■給与は業界最高水準、墜落事故0件、ずっと黒字経営……

サウスウエスト航空は、人件費を削減しない。給与は業界最高水準で、従業員満足度も高い。9.11で航空業界が一斉に人員削減した時でも、解雇しない方針を貫いた。だから、従業員は安心して働ける。さらに社員は自社の株も持っている。これにより高い従業員ロイヤルティを生み出している。

その結果、創業して40年以上経過しても墜落事故は0件。顧客への判断・行動はすべて現場従業員に任され、定時出発のために操縦士やCAも掃除や荷物運びなどを行う。

会社に対して高いロイヤルティを持ったサウスウエスト航空の従業員は、乗客に楽しんでもらおうと常に考えている。サプライズで乗客の誕生日を盛大に祝うことも多い。これが高い顧客満足度を生み出している。従業員と顧客の絆で、顧客の共感と愛着を生み出しているのだ。

こうして競争が激しい航空業界で、サウスウエスト航空は40年以上連続して黒字経営を続けている。その収益も従業員に分配する。よい循環が回っているのだ。

■従業員を幸せにすることが、会社を発展させる

そもそも顧客は、会社が思うとおりにコントロールできない。しかし従業員に対しては、会社は幸せに働ける環境を作ることで、働きかけることができる。

従業員を幸せにすることが、会社を発展させる原動力なのだ。従業員が幸せに働けるようにすることで、高い顧客満足を生み出し、高い収益を実現できるのである。

さらに現代では、多くの業界が「サブスク型」に移行するなどしてサービス化している。だからこそ、高い従業員満足を生み出し、高い顧客満足に繫(つな)げることが、多くの業界でますます重要になっているのである。

そもそもノルマとは何のためなのか、いま一度考えてみるのは決してムダではない。すべてのノルマが悪いのではない。会社として、目標を設定することは大切だ。しかし、目標達成のために高すぎるノルマを個人に与え、手段を選ばずに達成させようとするのが問題なのだ。

ノルマは顧客のためではなく、社内の仕組みを回すためだ。冒頭の友人のように、身内に販売しなければ達成できないノルマは、一休の榊社長が言うとおりその目標自体が間違っている。

目標達成のための努力はもちろん大切だ。しかし、その努力は顧客のために向けられるべきだ。ムリなノルマ達成のために向けられるべきではない。

誰のためのノルマか、いま一度考え直してほしい。もしかしたらそのノルマは、存在自体が間違っているかもしれないのだ。

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永井 孝尚(ながい・たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント
1984年に慶應義塾大学工学部(現・理工学部)を卒業後、日本IBMに入社。マーケティングマネージャー、人材育成責任者として同社ソフトウェア事業の成長を支える。2013年に日本IBMを退社後、ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体に新規事業開発支援を行う一方、毎年2000人以上に講演や研修を提供しマーケティング戦略の面白さを伝え続けている。さらに仕事で役立つ経営戦略を学ぶための「永井塾」を毎月主宰。主な著書にシリーズ60万部『100円のコーラを1000円で売る方法』、7万部『世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた』(以上、KADOKAWA)、10万部『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)。最新著書は『売ってはいけない』(PHP新書)。永井孝尚オフィシャルサイト
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(マーケティング戦略コンサルタント 永井 孝尚)