東海大相模、高知とのメモリアルゲームで全力プレー!先発6回106球6安打4失点の高知・森木 大智(1年)

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 1899年、江陽学舎として創設以来、近年では「学園」の名で親しまれ今年で創立120周年を迎えた高知。その120周年招待野球には全国屈指の強豪が招待された。

 高知市営球場に足を踏み入れたのは過去、甲子園春夏2度ずつの制覇。先の秋季関東大会でもベスト4入りを果たし、2季連続となる来春センバツ出場を確実にしている東海大相模(神奈川)。高知にとっては1975年・第47回センバツ決勝戦で当時2年生だった原 辰徳(現:読売ジャイアンツ監督)が中心打者だった東海大相模を延長13回10対5で破り、センバツ初優勝を成し遂げた、歴史を語るに忘れてはいけない学校である。

 そんな東海大相模は「過去の先輩方に導かれて、この場所に来させていただいたことに感謝している」(門馬 敬治監督)想いを公式戦さながらの全力プレーで表現する。

 まずは初回、7月の選手権高知大会準々決勝戦以来となる背番号を付けた試合での先発登板「負けたくない。攻めていこうと思った」森木 大智(1年・右投右打・184センチ81キロ・高知中出身)に対し、一死一塁から「森木くんのことは意識しつつ、チームが勝つために何をするかを考えていた」3番・加藤 響(2年・二塁手・右投右打・180センチ70キロ・海老名リトルシニア出身)が内角高めのストレートを巻き込むように打ってレフトスタンドに運ぶ高校通算30本目となる2ラン。

 6回表には2回以降踏ん張っていた森木を神里 和穀(横浜DeNAベイスターズ)の弟である8番・神里 陸(2年・捕手・右投左打・170センチ74キロ・南風原町立南星中<沖縄>出身)のエンドランで揺さぶってからバウンドの高い内野ゴロで追加点。さらに7回表には6回106球6安打5四死球3奪三振の森木をリリーフした安岡 拳児(2年・右投右打・181センチ78キロ・室戸市立室戸中出身)から2番・小島 大河(1年・一塁手・右投左打・177センチ70キロ・相模ボーイズ出身)がレフトスタンドへソロ。

 最後は9回表一死二塁から「大田 泰示さん(北海道日本ハムファイターズ)が65本で持っている東海大相模本塁打記録を超えたい」高校通算51本塁打の5番・西川 僚祐(2年・左翼手・右投右打・186センチ92キロ・佐倉リトルシニア<千葉>出身)が火の出るような当たりで三遊間を破る適時打で締めた。

44年前センバツ決勝カードの再戦を終え、健闘を称えあう東海大相模と高知の選手たち

 対する高知も打撃面では見るべきものがあった。初回は二死一塁から「神里とは侍ジャパンU-15代表のチームメイトだったので、対戦が嬉しかった」4番・霤 世(2年主将・右翼手・右投右打・181センチ79キロ・高知中出身)の左越二塁打、8回裏にもこの試合で唯一マルチ安打の2番・岡林 龍太(2年・遊撃手・右投右打・171センチ66キロ・高知中出身)が四球で拡大させた二死一・二塁から安岡が中前適時打を放ち追いすがる。

 が、この日の東海大相模先発・背番号「3」・山村 崇嘉(2年・右投左打・180センチ85キロ・武蔵府中リトルシニア<東京>出身)には、健大高崎(群馬)に敗れた関東大会準決勝での反省を克服せんとする意思が明らかに見て取れた。高校通算44本塁打の4番としては匠を感じる2安打を放ちつつ、マウンドでも本人が目指ししている「勝てる投手」へのキーとなるシュートを効果的に配し、116球5安打3四死球7奪三振完投。それでも試合後には「センバツへ向けては走塁面をテーマにしているが、今日はミスもあったし、僕自身も甘いボールを打たれている」と主将・エース格として反省の言葉が並んだ。

 こうして令和の高校野球全国レベルを高知市営球場いっぱいに展開した東海大相模。高知・雜 佳久監督も「東海大相模は1番から9番まで崩されても対応できる。高知中央に準々決勝に負けて(6回0対10コールド)気持ちが落ちてしまいがちなところに、挑戦する目標ができてありがたい試合になった。この冬は足下から固めて、対相手にもっていくようにしたい」と、はっきりと指針を示すなど、両校にとって春・夏を見据える上で収穫の大きいメモリアルゲームとなった。

 なお、東海大相模は続く招待試合第2試合でも高知に13対2で勝利。18日は高知商との練習試合を2試合行い、南国高知を後にすることになっている。

(取材・写真=寺下 友徳)