G20国会議長会議に臨む韓国の文喜相国会議長=11月4日、参院議員会館(佐藤徳昭撮影)

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 慰安婦問題で上皇さまに謝罪を求めた韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長の来日は肩すかしに終わった。

 目的は東京で開かれた20カ国・地域(G20)国会議長会議への出席で、来日中に発言を謝罪や撤回するかが注目されたが、撤回はおろか、会議を途中欠席するなど不可解な行動が目立った。いわゆる徴用工訴訟に関しても日本側の受け入れが難しい案に言及するなど、首をかしげざるをえないような3泊4日の来日劇となった。

 4日に東京・永田町の参院議員会館で開かれたG20国会議長会議。主催者の山東昭子参院議長は、予定より約20分前倒しして始まった開会式に姿を見せたが、すでに着席していた文氏を一瞥(いちべつ)することもなく、自身の席についた。

 文氏は2月、米メディアのインタビューで、譲位前の上皇さまを「戦争犯罪の主犯の息子」と呼び「慰安婦問題の解決には天皇の謝罪が必要」などと語った。日本国内では「極めて遺憾」(安倍首相)などと激しい反発が起こったが、文氏は6月にソウル市内で鳩山由紀夫元首相に謝罪の意を示しただけで、日本側への正式な謝罪はない。

 この対応を受け、山東氏は9月、文氏への会議の招待状を駐日韓国大使に渡す際、「(発言は)甚だしく無礼で受け入れられない」と抗議。さらに、文氏に書簡で謝罪と撤回を求め、回答がない限り、個別の会談には応じない姿勢を示していた。

 それでも納得のいく回答はないまま、文氏は来日した。関係者によると、文氏は4日の会議で発言する際「山東議長、会議の開催ありがとうございます」と謝意を述べたが、山東氏が求めた謝罪と撤回については言及しなかったという。

 同日午後には共同声明の採択やレセプションなどが行われたが、文氏は午後の日程をすべて欠席した。参院関係者は「(文氏は)一体、何をしに来日したのだろうか」と首をかしげた。結局、山東氏は文氏が求めた個別会談には応じなかった。

 その一方、文氏は4日の会議前、韓国メディアなどに対し、徴用工判決に絡んで日韓企業の拠出金と個人の寄付を募り、元徴用工らに支給する内容の法案を作ったことを明らかにした。5日に東京都新宿区の早稲田大で講演した際にはこの法案について「日本側の積極的な賛同も期待する」と述べた。

 日韓の企業が資金を出し合う案は韓国政府が6月に提案した。しかし、日本側は1965年の日韓請求権協定で賠償問題を完全かつ解決済みであり、日本側の負担が入る案は受け入れられないとして一蹴した。

 文氏は今回、6月の韓国政府案を「ワンプラスワン」と呼び、これに個人の寄付を加える「プラスアルファ」と説明したが、支給金の一部に日本側の拠出が入る構図は変わらない。与党幹部は「案になっていない。話にならない」とあきれた様子で語る。

 文氏は日本での滞在中、目立った公の場での発言は早大での講演のみだったが、与党議員らとの面会は重ねた。3日夜には日韓議員連盟幹事長の河村建夫元官房長官と面会し、5日には自民党本部に二階俊博幹事長を訪ねた。

 河村氏は6日夜のBSフジ番組で、文氏が上皇さま宛てに「おわびの手紙を送った」と語った。

 ただし、文氏の広報担当者は、河村氏の説明を「全く事実ではない」と否定するコメントを発表。韓国の聯合ニュース(日本語版)は文氏の関係者の話として、手紙は上皇さまの譲位をねぎらうなどの内容で、おわびの文言は含まれていなかったと報じた。

 河村氏は日韓議員連盟の幹事長を務め、韓国の議員らとの面会を重ねているが、ジャーナリストの門田隆将氏はツイッターで「(河村氏は)文議長にハシゴを外された」と指摘した。

 今回の文氏の来日が、凍りついた日韓関係の改善に貢献したとはいえないだろう。文氏は早大での講演で、「私の発言により日本の方々の心を傷つけてしまったことに改めておわびを申し上げる」と述べたが、上皇さまへの謝罪や、発言を撤回する姿勢は最後まで示さなかった。

 文氏は知日派として知られ、一部には関係改善に建設的な役割を期待する向きもあったが、今回の来日は、韓国国内向けの“パフォーマンス”のような発言や態度にしか見えなかった。無礼極まりない発言をきちんと謝罪・撤回し、請求権協定の原則に立ち戻らなければ、真の友好関係など築けない。

(政治部 今仲信博)