未来の選択肢を増やすことにつながる(写真:Graphs/PIXTA)

ゲームの新しいイベントを知らせるプッシュ通知をスワイプして、友だちにLINEを返す。ついでにTwitterを覗くと、少し前に投稿した写真に「いいね」がついている。

タイムラインには、ネコの写真や香港のデモの様子、映画のリバイバル上映のお知らせ、台風の被害を報じるニュースやトランプ大統領のコメントに交ざって、どこかの誰かがラーメン屋で注文したのと違うものが出てきたと憤るツイートとそれに同情を寄せたり、あなたにも落ち度があったのではと意見したりするリプライがリアルタイムで目に入る。スマートフォンを使う人にはすっかりおなじみの光景かもしれない。

情報の大渦にのまれて

あなたがそんなふうに実感することがあるかどうかとは別に、人類の歴史上、かつてこんなことはなかった。本を書いたり新聞を発行したりするのでもなければラジオ番組やテレビ局を持っているわけでもない個人が、テキストや画像や音声や動画をネットに投稿して、それを地球上のどこかにいる誰かが好きなときに見聞きする。

Twitterのタイムラインは、私たちが生きる情報環境を象徴するような場所だ。互いに関係のない、あるいは時に関係しあう世界中の人々のツイートが、無秩序に並んでは流れ去ってゆく。私たちは嘘も真もフィクションもごちゃ混ぜで飛び交う中で、無数の情報の断片にまみれて暮らしている。

有益な情報交換もある一方で、言い争いや炎上も絶えない。かつてはそうはいってもパソコンを使う比較的少ない人が参加していた場も、今ではスマートフォンを操作できるすべての人に開かれている。私たちはこれまで、顔も見ず名も知らない個人同士で、こんな規模と方法でやり取りしたことはなかった。そして何が起きつつあるのか、その全貌を知る者は誰もいない。

個々の人間の持ち時間と認知能力をはるかにしのぐ情報やデータがネット上を流れ、善しあしを別にして無数の接触が生じている。地球を挙げて社会実験をしている真っ最中である。

こうなってみて痛感されることがある。いま私たちに決定的に欠けているのは、そうした無数の断片を取捨選択し、裏付けをとりながら筋道をつけてまとめあげる構想力だ。

イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリの3部作『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』(すべて柴田裕之訳、河出書房新社)が世界中でベストセラーになったのもうなずける。これらはいずれも、バラバラの事実や知見を大きな絵として組み上げてみせる力業を見せてくれる本なのだ。

『サピエンス全史』ではホモ・サピエンスが地上の覇者となるまでの長い歴史を、『ホモ・デウス』ではバイオテクノロジーとアルゴリズムの進展によって人が神のような存在へとなる未来の可能性について、そしてこのたび日本語訳が刊行された『21 Lessons』では現在私たちが直面しつつある課題とそれへの対処を検討している。

いずれの本も、多様な領域におけるあまたの研究や知識を踏まえながら、人類の過去と未来と現在を、大きな歴史の物語としてまとめあげている。これは誰にでも簡単にできる芸当ではない。

ハラリが専門とする歴史学は、過去に関する限られた断片的な証拠から、歴史の出来事を仮説として再構成してみせる仕事である。

具体的な史料をおろそかにせず、時代や社会という大きな対象を描き出す。例えば、鎌倉時代の武士とはどのような存在だったか、ローマ帝国はどのように盛衰したか、第2次世界大戦はどのような経過で生じたか。隙間だらけの史料からそうした過去を浮かび上がらせる。勝手な思い込みや願望ではなく、他の研究者の検討と批判を受けながら歴史の像を磨くわけである。

先の3部作は、そうした歴史学の技法をベースとして、読者の興味を引いてやまない物語の力を存分に活用して仕立てられている。そのつもりで読めば、物事をまとめあげ、魅力的に物語る技法を学ぶこともできる。

人類の未来を見渡す

さて、ここでは、現代を生きる私たちがとりわけ身につまされる論点が満載の第2作『ホモ・デウス』に注目して、ハラリとはどんなことを考えている人なのだろうと気になっている人にご案内してみたい。

先ほど触れたように、これは人類の未来に関する本だ。といっても、未来がどうなるかをぴたりと当ててみせようというものではない。それは誰にもできないことだ。そうではなく、人類の過去から現在までの歴史を手がかりとして、もしこのまま進んでゆけばどうなりそうかという可能性を描き出している。そしてこのままでよいだろうかという警鐘を鳴らすのがハラリの狙いだ。どういうことか。

『ホモ・デウス』に示される未来予測をごく短くまとめればこうなる。ホモ・サピエンスはやがて神(デウス)のような存在を目指し、実際にそうなるかもしれない。なぜそんなことがありうるのか。カギを握るのはバイオテクノロジーと情報テクノロジーだ。

個別にはまださまざまな問題が山積みとはいえ、数万年、数千年という長い目で見れば、これまで人類は飢餓や病気や戦争を克服してきた。他方、現在ではゲノム編集をはじめとするバイオテクノロジーによって、生命に手を加える段階に至っている。

今のところ病気の治療が主目的だが、やがて健康な人の能力拡張に使われる可能性もある。現在の美容整形が、第1次世界大戦の負傷者の治療から発達して今日に至るのと似て、能力拡張のためのバイオテクノロジーも、経済的なゆとりがある人たちが恩恵にあずかるのだろう。

また、人工知能を典型とするコンピューターのアルゴリズムは、現在すでに至る所で動いている。アルゴリズムは本書を貫く重要なキーワードだ。もともと数学の用語で、問題を解決する手順を意味する。コンピューターのプログラムも、何らかの課題を実現するための手順を書いたもので、アルゴリズムである。

課題解決の手順を確定できる仕事であれば、コンピューターで自動的に処理できる可能性が高い。検索エンジン、機械翻訳、画像認識、商品や映像のレコメンドシステムなどは目に入りやすい例だ。

加えて今日のコンピューターを使ったアルゴリズムにはもう1つ重要な特徴がある。ネットを通じて、利用者に関するデータを集めることができる。すると何が起きるか。

例えば、私たちが日々交わすメールやチャット、検索の記録やスマートフォンの使用履歴、クラウドに保存しているファイルの中身、スマートウォッチで計測している歩数や脈拍をはじめとする各種生体情報、過去の医療情報などを、まとめて管理するアルゴリズムがあるとしたらどうか。

ホモ・デウスの出現

このとき、そのアルゴリズムは私のことを私以上に知ることになるだろう。しかも、同じようにアルゴリズムに自分のデータを委ねる人が数十万、数百万人といれば、統計的な比較検討も可能になり、そこからさまざまな事実が判明するかもしれない。その膨大なデータは人間ではとても扱いきれず、コンピューターで動くアルゴリズムでこそ処理できるものだ。これは絵空事ではなく、技術的にはすでに実現可能である。

ハラリは、21世紀の世界においては、この2つのテクノロジーを理解することが決定的に重要だと指摘している。なぜか。20世紀を通じて、理念としてはすべての人間を尊重する人間至上主義が台頭し、自由民主主義という形で世界に広まった。そうした国家では、軍事に関わる兵士や経済に関わる労働者を必要とする。そのために保健や教育を国民に施してきた。

だが、これまで人間が担ってきた仕事が、より効率的で疲れを知らないアルゴリズムで実現できるようになったらどうか。一方では、こうしたテクノロジーの恩恵を受けていっそう大きな力を得るホモ・デウスが現れ、他方には疎外され、無用の人となったホモ・サピエンスが取り残される。新たなカースト制が生まれ、ホモ・サピエンスは、かつての奴隷のような立場、自分たちが使役してきた動物のような立場に置かれるのではないか。

上下巻でたっぷり500ページ以上にわたって説かれる詳しい検討の詳細や事例を脇に置けば、これが『ホモ・デウス』の描く未来像である。これは最新作『21 Lessons』でも基底に流れているイメージだ。ホモ・サピエンスにしてみれば紛れもないディストピアである。

同じような状況を描いたSF映画――私がすぐ連想するのはニール・ブロムカンプ監督の『エリジウム』――なら「荒唐無稽だけどまあまあ面白かったな」と笑い飛ばせる。だが、人類の来た道をよく知る歴史学者にそう言われると、そうもいかない気がしてこないだろうか。

自由になるための歴史のレッスン

ひょっとしたら疑問が浮かんでいるかもしれない。過去の研究を専門とする歴史学者が、なぜその範囲を超えて未来について語っているのだろうと。ハラリの歴史学の見方に、その答えが示されている。『ホモ・デウス』でハラリはこう述べている。

歴史を学ぶ目的は、私たちを押さえつける過去の手から逃れることにある。歴史を学べば、私たちはあちらへ、こちらへと顔を向け、祖先には想像できなかった可能性や祖先が私たちに想像してほしくなかった可能性に気づき始めることができる。私たちをここまで導いてきた偶然の出来事の連鎖を目にすれば、自分が抱いている考えや夢がどのように形を取ったかに気づき、違う考えや夢を抱けるようになる。歴史を学んでも、何を選ぶべきかはわからないだろうが、少なくとも、選択肢は増える。(上巻、80ページ)

もし現在が形作られた経緯を知らず、自分が置かれた状況を逃れようのないもの、受け入れざるをえない条件だと思えば、そこから身をふりほどくのは容易ではない。そもそも別の未来を思い描こうとさえ思えないかもしれない。ハラリは、他なる可能性に目覚めるために、行動の選択肢を増やすために歴史を学ぶ価値があるという。


未来を描く『ホモ・デウス』も、実は半分ほどを費やして21世紀の世界がどのように作られてきたかという歴史を検討している。社会、政治、経済、宗教、科学、技術、芸術、価値観といった多様な観点から歴史を眺め、さらには近年の認知心理学や神経科学の知見、あるいは心と脳の関係をめぐる深い謎(心脳問題)を踏まえた新しい人間の見方を検討し、遺伝子工学や人工知能を代表とするバイオテクノロジーと情報テクノロジーの動向から未来をうかがおうという構えである。

何百もの本や論文を読まなければ目にできないこうした知を、まとめて浴びることができるのも本書の醍醐味である。現代を生きる私たちにとって、新たな必修科目といえそうな各分野の知識へのリンク集としても大いに役に立つ。

自由、平等、コミュニティー、文明、ナショナリズム、移民、テロ、ポスト・トゥルース、SF、教育といったトピックごとに読める『21 Lessons』からでもいいし、人類の歴史を大きなパノラマとして見せてくれる『サピエンス全史』から読むのもいい。この3部作は、あなたの歴史と現代の見方をさまざまにアップデートしてくれるはずである。