キーエンスの有価証券報告書には従業員の平均年間給与が2110万円と記載されている。だが全体のページ数は62ページと極端に少なく、超優良企業ながらIRには消極さが目立つ(撮影:今井康一)

企業の業績を表す“通信簿”ともいえる「決算短信」。その決算短信から1カ月半〜2カ月後に公表される「有価証券報告書」(有報)には、決算短信には掲載されない、実に多くの情報が掲載されている。

有報には明確にその会社の個性が表れる。経営者が自らの言葉で投資家に語りかけるような説明文になっている会社もあれば、「わが国の経済は〜」で始まるお題目が大半を占め、会社に関する具体的な説明はほんのわずかという会社もある。

不思議なことに、縁もゆかりもない会社同士なのに、“ほとんど同じ文章”に出くわすことがある。宝印刷やプロネクサスなど、かつて有報の印刷業務を手がけていた会社は、入力すれば有報が出来上がるソフトを提供している。そのソフトによって、サンプルとして入れている例文をそのまま修正せずに使う、横着な会社が一定程度存在するからだ。

『週刊東洋経済』の11月16日号(11月11日発売)では、「株式投資・ビジネスで勝つ 決算書&ファイナンス」を特集。有報の読み解き方をはじめ、株式投資に不可欠な30のノウハウを紹介している。

優良企業でもIRに後ろ向きな「3兄弟」

最近何かと話題のキーエンス。日本が世界に誇る特殊センサーメーカーである。2019年3月期の有報を見ると、従業員の年間平均給与は2110万円超(平均年齢35.8歳)。前期の営業利益率は54.1%で、時価総額ではソフトバンクグループやソニーを抜き、4位に浮上しているほどだ(2019年11月12日終値時点)。


が、黙っていても世界中から機関投資家が群がってくるほどの好業績ながら、IR(投資家向け広報)には後ろ向きなことで知られる。近年ではだいぶ姿勢が軟化しているが、かつてはホームページ(HP)上に有報はもちろん、決算短信や適時開示も直近のものしか掲載しない会社だった。

あまりのかたくなさゆえに、ファナック、SMCとともに、“頑固3兄弟”なるあだ名を付けられていたほどだ。

そのキーエンス、柔らかくなってきたとはいえ、いまもIRに積極的ではないことを、同社の有報は物語っている。まずはページ数。9兆円もの時価総額の会社でありながら、総ページはわずか62ページ。海外投資家と積極的に対話をしようという気はさらさらないのか、グローバルカンパニーでありながら会計基準は未だに日本基準だ。

ちなみにほかの時価総額上位10位以内の企業のうち、会計基準が日本基準のままなのは、7位の三菱UFJフィナンシャルグループのみ。トップのトヨタ自動車以下、百数十ページ〜二百数十ページがスタンダードである。国際会計基準(IFRS)や米国会計基準(SEC)の場合、日本基準に比べてページ数が多くなりがちであることを割り引いても、キーエンスの62ページというのは極端に少ない。

しかも内容を見ると、説明意欲の低さを実感する。象徴的なのは「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」だ。割いている行数は見出しを含めてわずか12行。海外事業の拡大などにサラッと触れただけで具体的な中味は乏しく、キーエンスの有報が現在のスタイルになった2001年当時から、ほぼ変わっていない。

一方、それと対象的なのは、丸一鋼管だ。大阪の鉄鋼メーカーで、溶接鋼管では国内首位と地味で堅実な会社だ。時価総額は3000億円弱。全上場会社中の順位は400番目あたりに位置する。

何より注目すべきは、日本証券アナリスト協会が毎年公表している、優良ディスクロージャー企業ランキング上位の常連であること。2019年3月期の有報は、総ページ数こそ97ページと、さほど多くはない。しかし、業績の説明は中期計画と絡めて投資家が知りたいことを過不足なくきちんと説明しており、対処すべき課題も個別かつ具体的である。

熱量が高い、熱すぎるオーケーの記述

実務的に有報は金融庁のEDINETで検索できるのだが、実は上場していなくても有報を提出している企業はある。


首都圏地盤の食品スーパーを運営するオーケーは非上場ながら、かつて顧客を対象に公募増資を実施、50人以上を対象に有価証券の募集・売り出しをしたため、有報の提出義務を負っている。

2019年3月期の有報で記載されている、対処すべき課題は秀逸だ。「『競合他社よりは良い』と心の隅で自らを慰めているようでは、国際競争には勝ち残れません。」「市場を熟知して商品を見直し、お客様に損をさせない。肝に銘じて勝つ道を求めて参ります。」などなど、一文一文に血が通っており、実に熱量が高い。

既存店実績など必要な数字をしっかり折り込んだうえで、終わった決算期の振り返りに加えて、次期業績予想も明示。認識している課題と対策が、平易な言葉で説明されている。個人投資家はもちろん、プロの機関投資家でも歓迎するであろう、お手本となりうる有報なのだ。

1936年開場の名門ゴルフ場「小金井カントリー倶楽部」の運営会社である小金井ゴルフも、預託金制度でなく株主会員制ゆえに50人以上の株主がいるため、非上場ながら有報の提出会社。ほかにもサントリーホールディングス森ビルをはじめ、有報を提出、公表している非上場企業はある。

有報には決算短信の貸借対照表ではわからない項目も載っているのがメリットだ。例えば「主要な設備の状況」は、その会社が持つ資産の含み益を知る手がかりにもなる。

今年1月から4月にかけて、ベインキャピタルが買収を試みたものの、創業一族の反対や村上ファンドの参戦で頓挫したのが、廣済堂だ。

廣済堂の稼ぎ頭が本業の印刷事業や出版事業でなく、子会社で手がける火葬場事業であることは決算短信でもわかるだろう。が、火葬場の資産価値を知る端緒となる情報は、2019年3月期の有報をめくると出ている。

主要な設備の状況にある国内子会社、東京博善(本社・千代田区)が持っている斎場に注目してほしい。期末で土地や建物、機械装置など合計の帳簿価格は296億6700万円。このうち土地の簿価は92億7400万円で、面積は5万6000屐別1万6900坪)という情報が載っている。

土地の簿価が92億円ということは、平均の坪単価は54万円程度にすぎない。東京博善のHPを見れば、斎場7カ所の住所が載っており、都内にあるというだけで、どれだけ安い簿価で所有しているかが判明する。

より正確な含み益をはじくには、各斎場の土地面積を住宅地図や登記簿謄本で調べたうえで、そこの路線価などと照らし合わせ、時価と簿価の差額を計算する必要がある。ただ少なくとも有報で多額の含み益をある程度類推することはできるのだ。

まるで“不平等条約”なスタバのFC契約

ほかにも有報では興味深い欄もある。「経営上の重要な契約等」には、その会社の存続に関わりかねない、重要情報が記載されている場合もある。


スタバジャパンはアメリカ本社の意向で2015年に上場廃止となった(撮影:梅谷秀司)

スターバックス コーヒージャパン(スタバジャパン)は好例だ。スタバジャパンは、サザビー(現・サザビーリーグ)とスタバのアメリカ本社の合弁で1995年に設立され、2001年にナスダックジャパンに上場、2015年3月に上場廃止になっている。

スタバジャパンの有報の「経営上の重要な契約等」には、上場当初から、本社とのフランチャイズ契約の条項がビッシリ記載されていた。

本社との間では年度ごとの出店ノルマも決められており、達成できなければ本社はスタバジャパンとのFC契約を解除できる条項が入っていた。また、本社やサザビー以外の第三者が発行済み株式総数の2割以上を本社の同意なく取得したらFC契約を解除できる条項もあった。

とくに重要だったのは、本社との間のFC契約の期間が上場から20年間の契約になっており、契約期間終了時に“自動更新の定めがない”、とする部分だ。更新してもらえなければ、スタバジャパンは事業を継続できず、廃業を余儀なくされる。どんなに業績が好調でも、20年後には突然廃業を余儀なくされるかもしれない、そんな企業が上場審査を通ったのである。

案の定、本社は「アメリカ本社の完全子会社にならなければ更新契約に応じない」と言い出し、スタバジャパンを完全子会社化してしまった。好調な業績と裏腹に、事業の根幹たるFC契約は脆弱そのものだったといえる。

そんなことにも気づくことができるのも有報の面白いところ。一見、退屈そうに見えるが、その会社の素顔が見える有効なツールなのだ。