幼い頃の愛着が不安定な状態だとどのようになるのでしょうか。写真はイメージ(写真:bee / PIXTA)

ベストセラー『愛着障害』の著者で精神科医・作家である岡田尊司氏の最新刊『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』をもとに配信した記事『現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病』には大きな反響が寄せられた。本記事では親の教育と愛着障害の関係について取り上げる。

数学不安――数学の得意、不得意にも愛着が関与

「数学不安」という専門用語がある。数学ができるかどうかには、数量処理や作動記憶といった認知的能力のほかに、問題を解く際の不安が関わっているという(*参考文献を参照)。この不安が「数学不安」だ。

数学の問題を解くときは、単純な作業をするのとは違って、メンタルな要素が強まる。解けるかどうかわからない問題を、解けると信じて解き続け、ついに正解にたどり着くためには、解けないかもしれないという「数学不安」に負けない精神的な強さや、自信が必要になるのだ。

数学不安が強いと、解けないのではという不安や恐怖に圧倒され、肝心の問題に集中することができず、実力以下の成績しかとれない。それで自信をなくすと、数学の教科書を見るのも嫌になってしまう。

この数学不安は、単に数学が得意か苦手かということだけでなく、就職や職業における成功を左右するという。結果が不確定の、暗中模索の状況において、成功を信じてやり抜く自信に関わるのである。数学不安が強い人は、解けないのではないかと悪い結果ばかりを考えてしまい、自分の足を引っ張ってしまう。

最近の研究で、この数学不安が、愛着安定性と関係していることが明らかとなった。幼い頃の安着が不安定だと、数学不安が強まる傾向がみられたのだ。この傾向は、性別や年齢、IQに関係なく認められた。

安定した愛着は、その子の能力の発揮を大きく助ける一方、不安定な愛着しか育めないと、実力以下の成績に甘んじなければならない。

もちろん、数学が得意かどうかには、数的処理や推論、空間認知、ワーキングメモリーなどの能力も関係してくる。愛着の安定性が数学の成績に関与する割合は、およそ2割だという。しかし、2割違えば、試験の合否も、その後の人生も大きく変わることになる。

親が子どもに勉強を教えるときには、この事実を肝に銘じるべきだろう。問題を間違えたからといって、叱ったり、けなしたりした場合、愛着が受けるダメージによるマイナスは、教えることで得られる学力のプラスを帳消しにしかねないのだ。

叱ったばかりに子どもとの関係が悪化し、しかも自信をなくさせるくらいなら、何も教えないほうがずっと子どものためになる。

医学部入学が至上命題の家庭で

だが、わが子のこととなると、誰もが必死になり、目の色が変わってしまうものだ。学力や学歴を偏重する風潮は、少子化や終身雇用制の崩壊ということもあり、一時に比べると多少和らいだ感があるとはいえ、一部では、ますます激しさを増している。

ことに医学部受験を目指す家庭では、行きすぎたことも起きやすい。開業医の子弟では、医師になることが既定路線とされ、小学生になるかならないうちから、医学部に進むことが至上命題で、勉強漬けの日々を過ごさせられることも珍しくない。

F美さんも、開業医の家に生まれた。両親とも医師で、夜間まで忙しく働いていたので、夕食は、家政婦さんか家庭教師の先生と一緒に食べるのが普通だった。たまに一緒になっても、交わす会話といえば、勉強のことか、将来進む学校の話だけ。小学生の頃から、毎日何時間も勉強を強いられ、少しでも成績が下がると、人間としての価値がないといわんばかりに罵られた。

そんな境遇の中、F美さんは両親の期待に応えようと頑張った。試験の前になると、腹痛や下痢といった症状がみられるようになったが、親が医者なので、薬を渡されて終わりだった。髪の毛がごっそり抜けたこともあるが、また生えてくると、見て見ぬ振りをされた。

高校に進学するときまでは、どうにか踏ん張ったが、そろそろ限界が来ていた。高校ではいくら勉強しても、成績は伸び悩み、試験のたびに親は怒ったり嘆いたりした。両親がお互いをなじり合い、夫婦ゲンカを始めることも始終だった。その頃から、リストカットが始まった。やがて、過食嘔吐が加わった。

それでも、医学部に入るという目標が変更されることはなかった。1浪の末、私立の医学部に、寄付金を積んで入ることができた。だが、F美さんに、医者になるための勉強を続ける気力は残っていなかった。

大学に行こうとすると、頭痛や吐き気に襲われるようになった。方々の医者に診てもらったが、一向に改善しなかった。大学も休みがちになり、単位も危うくなると、OD(オーバードース:薬物の過剰摂取)を繰り返すようになった。

あるときは、昏睡状態で緊急搬送された。担当した医師から、医学部を辞めないと、この子は死んでしまうと言われたが、それでも親は医学部を諦めきれず、続けさせようとした。自宅に帰ってまもなく、F美さんは、手首からだらだら血を流しながら、路上を彷徨(さまよ)っているところを保護され、精神科に入院。親もようやく、これ以上は無理だと悟り、医学部を辞めることを許した。

教育という名の虐待――死に至る病からの脱走

もし、あくまで親が医学部を続けることにこだわっていたら、F美さんは死んでいただろう。初めて親に逆らって、自分の意思を示すことができたF美さんだったが、しかし両親は、F美さんの気持ちを本当に理解したわけではなかった。心のどこかで、自分たちの期待を裏切った愚かな娘という思いを消すことができなかったのだ。

自分に注がれる、両親の冷ややかな視線。それをひしひしと感じるだけに、F美さんも次第に、親に対して敵意をむき出しにするようになった。自分の人生を、自分たちの都合のためにめちゃくちゃにした親たちに逆らうことが、F美さんに残された生きる意味となっていたのである。


「死に至る病」を脱するためには、それは必要なプロセスだったのかもしれない。

F美さんの本当の自分探しが始まるまでには、親が敷いた路線をいったん拒否し、怒りをぶつける時期が、しばらく続くことになる。

本人の主体性を無視し、進路を押しつけ、勉強を強いることも、虐待である。

虐待の結果、愛着はダメージを受け、愛着障害が生じることになるが、F美さんの場合は、もともと安定した愛着が育まれていたのかも怪しい。医学部に進んで後継者になることを前提に話は進められ、両親がF美さんのことを、思いどおりになるのが当たり前の操り人形のように扱ってきたのは、そもそも温もりのある愛情に欠けていたからとしか思えない。

F美さんは、愛情不足の中で育ち、親の愛情や承認に飢えていたからこそ、進んで親の思いどおりになろうとしたのだ。愛着障害を抱えた人に起きやすい悲劇である。

親は、満足な愛情を与えないうえに、親に気に入られようとする子どもを思いどおりに支配するという、二重の虐待を行っているのである。

(注)F美さんの事例は実際のケースをヒントに再構成したものであり、特定のケースとは無関係です。
(*参考文献)Maloney & Beilock, “Math anxiety: Who has it, why it develops, and how to guard against it.” Trends Cogn Sci. 2012 Aug;16(8):404-6.