経営者トップから、文壇、芸能界、スポーツ界、一流の男たちを夜ごとにもてなす銀座の高級クラブのママたち。いかに心地よい時間を演出するか、日々磨いてきた気配りの技術を、3人のママに聞いた。

■片方の目だけ見れば疲れない

銀座には、長い年月の中で醸されてきた文化と歴史が息づいている。だからこそ「いつかは銀座のクラブに足を運びたい」とビジネスマンなら考える。単に「銀座で飲めるまでになった」という満足感だけでなく、自分自身のステータスにつながるからだろう。

クラブ 数寄屋橋 園田静香●熊本県生まれ。1967年、「クラブ 数寄屋橋」を開店。以来、大作家、漫画家、政財界人たちが通う老舗「文壇バー」のオーナー。

ただし、どのクラブでもいいわけではない。やはり、老舗あるいは名門と評価される店こそがふさわしいはずだ。そこには来店した客を自然に“紳士”に変えてしまう雰囲気が漂っている。そして、その空間を見事に演出しているのが“ママ”たちにほかならない。

老舗といえば、銀座通の人たちが必ずといっていいほど名前を挙げるのが文壇バー「クラブ 数寄屋橋」。開店は1967年。世の中は高度経済成長の真っ只中。以後、半世紀以上にわたって店を守り続けてきたのは熊本出身の園田静香ママ。故郷を旅立つに当たって父親が2つの言葉を贈ってくれた。

ひとつは「人間はどんな偉い人でも皆同じ。それを肝に銘じなさい」。そして、もうひとつは「人と向かい合って話すときは、片方の目だけを見なさい」だ。生き馬の目を抜く銀座でクラブ経営するのだから、何があってもおかしくはない。相手の片方の目だけを見ていれば、疲れない。心穏やかでやさしさも出せる。喧嘩になりそうになっても、相手が先に疲れて目をそらす。

歴史的な大人物とも楽しく自然に接することができたのは、その言葉のおかげだという。娘が見知らぬ大都会で周囲から愛される存在になってほしいとの親心から伝授した会話術だ。

「上京後、わずか3カ月での銀座デビューでした。しかも、ホステスとして働くのではなく、いきなりママという立場ですから、無鉄砲と指摘されてもしかたありません。でも、いま振り返ってみれば、何も知らないがゆえの強さがあった気がします」

クラブ 数寄屋橋は、最初から「文壇バー」と呼ばれていたわけではない。それは半世紀前の開店当日、壁のような威圧感を乗り越えた、あるできごとがきっかけだった。

有名作家や一流漫画家たちが居並ぶ文士劇が開催されることを偶然知り、開店の挨拶もかねて、お部屋見舞いに出向いた。楽屋内では独特の雰囲気に飲み込まれかけたが、俯いていると誰も自分に気づいてくれないと感じ、勇気を出して顔を上げた。すると、梶山季之氏をはじめとした文壇の重鎮たちが、声をかけてくれるようになった。

■おしぼりとお茶の“心づくし”

「心に刻み込まれたのは漫画家の赤塚不二夫先生の言葉です。『きっと来年も来るんだろう? しっかりこの場を見ておくんだよ。何があって何がないかをね』と」

静香ママは言葉通り、部屋の隅々まで観察した。だが楽屋内には何でも揃っていて、新たに必要なものなど発見できない。ふと舞台袖に目を向けると、先生方が汗だくで熱演していることに気づく。静香ママは「これだ!」と思った。翌年、舞台の両袖に冷たいおしぼりとお茶、温かいおしぼりとお茶をそれぞれ置き、大好評を博した。

「開店当時から今日までずっと、自分なりの“心づくし”を追求し、オリジナリティーが出せるように工夫してきました。赤塚先生の言う『ここにはないもの』を考えることこそ、私流の気配りの技術です」

店があまりにも盛況で有頂天になりかけたこともある。娘の様子を見かねた母から「こんな娘に育てた覚えはなか!」と雷を落とされた。母の一喝が当時身についてしまっていた驕りを取り払ってくれた。それ以来、楽しく自然な生き方ができるようになり、経営スタイルすら変わったという。母の教えは世阿弥が『風姿花伝』で説く「秘すれば花」にもつながると考えている。

「あるお客様に『人生の成功で大事なのは、場、出会い、タイミングだ』と教わりました。それは自分を押し上げてくれる“風”に乗ることだと思います。大切なのは、風をつかまえられるように常に背伸びして、動き続けること。それがより高い位置で風を受け止める帆を張ることになると思います」

静香ママが、サムエル・ウルマンの詩「青春」を愛読している理由もそこにつながる。「燃える情熱があれば、何歳になっても青春。この仕事が天職で、いまでもお客さまにもときめく」と微笑む。半世紀以上にわたる政財界やスポーツ選手も含めた錚々たる人物との一期一会、ふれあいの積み重ねが、静香ママを磨いてきたといっていい。

▼静香ママおすすめの本
青春とは(サムエル・ウルマン、新井満訳 講談社)
松下幸之助氏をはじめ、戦後日本の財界のトップを中心に日本中に広がり愛されたサムエル・ウルマンの「Youth(青春)」を、芥川賞作家・新井満が、若い読者にもわかりやすくイメージしてもらうために、「自由訳」として新たに翻訳。
風姿花伝(世阿弥著 岩波文庫)
世阿弥が、父観阿弥の遺訓に基いて著した「能」の芸論書。「初心忘るべからず」「秘すれば花なり」など、数々の名言とともに、能楽の聖典として読み継がれてきた。一般に「花伝書」としても知られている。
土井晩翠詩集(佐藤春夫編 角川文庫)
瀧廉太郎の作曲による「荒城の月」でも知られる土井晩翠の詩集。代表作である第1詩集「天地有情」、第2詩集「暁鐘」から、第5詩集「天馬の道に」までの中から詩人佐藤春夫が60篇を選んだもの。

■大作家から学んだ感謝の表し方

同じように半世紀近い歴史と伝統を誇っているのが「クラブ グレ」。現在は2代目の山口さゆりママが店を取り仕切っている。学生時代からアルバイトをし、30歳までに自分の店を持ちたいとがんばった。

クラブ グレ 山口さゆり●学生時代から銀座で働き始め、入店まもなく人気No.1に。名門「クラブ グレ」を2008年より先代から引き継ぐ2代目ママ。

「楽しくてしようがなくて(笑)。もし、OLになっていたら、なかなかお目にかかれない人たちと普通にお話ができるんですから……。作家の先生たちはもとより、経済界の重鎮方、歌舞伎役者さんなどがいらっしゃいます」

さゆりママは、そうした日々を過ごしていくうちに、この商売の奥深さ、そこで働く女性たちのプライドの高さを理解していく。いまは亡き作家の渡辺淳一氏のアドバイスのもとに創設されたのが文壇部で、いまでは多くの文学賞パーティーに店を挙げて参加する。いまやクラブ グレには芥川賞をめざす作家志望の女性や女優をめざすスタッフもいる。「彼女たちと一緒に自分自身を磨きたい」と、さゆりママは話す。

「渡辺先生もそうでしたが、親しくさせていただいている林真理子先生もとても編集者にやさしい。新作が売れても『自分の才能じゃなくて、彼らが一生懸命やってくれたからだよ』と。どんなに売れても編集者への感謝を忘れない。そうした気配りは、私たちこそ学ばなければいけません」

■常連客がくつろげる秘訣

学ぶということで、さゆりママの原点になっているのは、先代が彼女のお披露目を兼ねて同行してくれた地方の老舗クラブへの挨拶回り。とりわけ記憶に残っているのは、名古屋住吉町の名門クラブ「なつめ」の50周年の手伝いに出かけたことだ。

「周囲の誰からも『マダム』と慕われる加瀬文惠ママの店です。札幌や博多の中洲などからも老舗のオーナーママが集まってくるんです。ママたちの立ち居振る舞いに背筋が伸びました。皆さんと知り合うことで、うちのお客さまが地方出張の際にご紹介ができます」

老舗同士のネットワークに加われたという手応えもさることながら、胸を打ったのは、文惠ママの「高級店はいっぱいあるけれど、一流のお店はなかなかないんですよ」との言葉だった。豪華なシャンデリアを吊るし、高い日給でホステスを集めても一流にはならない。

文惠ママの著書『「なつめ」の流儀』に《どんな高級なクラブでも、一流クラブと銘打って開店することは不可能です。なぜなら、「一流」とは、お客さまに育てられ、お客さまが創ってくださるもの。それをきちんと維持し、継続できた時、初めて他人様から「あそこは一流だ」と評価されるものだからです》とある通りなのだ。

このことをさゆりママは、しっかりと心に刻んだ。それが店内のたたずまいに表れている。40年通い詰めた常連客がトップに上り詰めても、若い頃を思い出してくつろげるように、インテリアは歴史を感じさせ、昔のままの風景を残す。それこそが一流の証明だ。

▼さゆりママおすすめの本
置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子著 幻冬舎)
「人はどんな場所でも幸せを見つけることができる」。ノートルダム清心学園理事長だった著者が2012年に刊行した同書は、累計300万部の大ベストセラー。今も読み継がれ、多くの読者の心を救っている。
野心のすすめ(林 真理子著 講談社現代新書)
世間では「腹黒い」「あつかましい」といったイメージを持たれる「野心」。でも、よりよい人生のために、ちょっとでもいいから身の程よりも上を目指すべきだと、「低値安定」の日本人を元気づけるエッセイ。
なつめの流儀 一流の条件、おもてなしの極意(加麒誇著 講談社)
「クラブ なつめ」のマダムが、19歳で名古屋市に店を開いてから50年を機に著した自伝。俳優・宇津井健が亡くなる直前に結婚したことでも話題を呼んだ著者が、名門クラブの「おもてなし」を語る。

■毎日欠かさず読む日経新聞の人事欄

静香ママ、さゆりママは2人ともベテランだが、「クラブ モントレイ」の桐島とうかママは、まだ20代の才女。最年少の銀座ママデビューだった。学生時代に起業の経験がある。知り合った学生のなかには、イベントやIT関連で成功している人が何人かいた。ママも代行サービスなどを手がけたが、苦い経験に終わってしまい、心機一転、銀座で働くことにした。

クラブ モントレイ 桐島とうか●学習院大学経済学部卒業後、ホステスの道に進む。銀座の老舗クラブなどで働いた後、2016年より「クラブモントレイ」のママに。

「24歳という若さでママになれた理由はいくつかあると思います。一番大きかったのは、やはり『ママになる!』と、強い気持ちで決めて行動したから。とにかく、あきらめずに続けていたから成功できたのです」

そんな彼女も、銀座の一流クラブのサービスには不可欠の“目配り・気配り・思いやり”は、しっかりと身につけている。そのためには人一倍の精進を怠らなかった。この世界に入ってから日刊5紙に目を通し、とりわけ日本経済新聞の人事欄には気をつけた。

同席したことのある人の名前を見つけると、すぐに連絡した。昇進ならば「おめでとうございます」とお祝いのメール。地方支店への異動の場合は、お祝いの言葉は付けず「体にお気をつけて……」のみ、と書き分ける。20歳そこそこの女の子がしたから、なお効果があった。もちろん、ママになった今も続けている。

■お客の愛読書を購読して感想を送る

「銀座のママって、1度顔を見たら覚えているというけれど、私はそんなことなくて、お連れ様も忘れてしまうんです。最初はいただいた名刺に、その方の特徴や趣味、その日の話題をメモしていました。だから、名前と会社はすぐにわかります。いまはスマホのアプリ。しばらく来店されないようなら『ご無沙汰ですね』とメールします(笑)。接客は、突き詰めれば人と人のつながりでしょう」

けれども、通りいっぺんの内容では相手の心は動かない。そこで生きてくるのが、とうかママの年間200〜300冊という驚異的な読書量。店で話題に出た本は必ずチェックする。ある大企業の経営者が、愛読書のことを話していたので、すぐ購読して感想をメールで送った。すると、常連客になってくれただけでなく、部下も次々と店に送り込んでくれるようになった。

情報収集力が、人の心を動かしたケースだ。一方で、情報はどんどん開示することも大切だと強調する。

「とても参考になった本に『超一流の雑談力』があります。そこに《提案したことを感謝される》という一節がありました。持っている情報を開示したり提案をしたりすると、それに対して意見がもらえます。すると、自分の視野が広がって話題も増えるし、会話もはずむようになるんです」

夜の銀座のクラブに集う各界の名士たちとの会話。そして、縁に触れてひもとく本。その繰り返しがママたちの磨き抜かれた接客につながっている。だからこそ「また、そこで飲みたい」とファンが思う。それもまたママたちの気配りなのだ。

▼とうかママおすすめの本
世界中の億万長者がたどりつく「心」の授業(Nami Barden、河合克仁著 すばる舎)
インド東部の街「チェンナイ」に、世界中から超一流の人間が集まり「心の授業」を受けるというワンワールドアカデミー。人材教育コンサルタントの著者が、そこで出会った講師と共著で伝える授業の中身。
超一流の雑談力(安田 正著 文響社)
「雑談」こそは、ビジネスや人間関係の入り口で、信頼を築く大きな武器になる。ビジネスコミュニケーションのコンサルタントである著者が、雑談をスキルとして確立させ、読者に紹介したベストセラー。
メンタリストDaiGoの幸せをつかむ言葉(メンタリストDaiGo著 セブン&アイ出版)
40万人以上のフォロワーを持つ著者のツイッターから、「何気ない日常にかくれた本当に大切なものに気づくための言葉」を、200余りまとめた本。めくっていると言葉が心に留まりポジティブになれる。

(ジャーナリスト 岡村 繁雄 撮影=増田岳二)