■何でも話せる友人がいない

多くのビジネスパーソンが抱えている仕事に関する悩みの大半は、上司に起因しているでしょう。しかし、上司は選べず、自分の力で上司を追いやるのは至難の業です。

ダグ・ハマーショルド 著、鵜飼信成 訳●1953年から61年の飛行機事故による死まで、国連事務総長であったスウェーデン人の著者。その死後に発見された手記が本書。(みすず書房)

そうしたなか、身近な友人に深刻な悩みを相談できれば、心の負担が軽くなります。しかし、「自分の内心を打ち明けられる親しい友人がいない」という人が少なからずいるようです。そのような人たちに僕は、「本を友人にする」ことをおすすめしています。

本には、著者の生きざまや考え方が詰め込まれています。つまり本に親しむことは、著者を「心の友」にするのと同じことなのです。そして、愛読書を選ぶのなら、優れた人物の著書を選びましょう。とりわけ、僕がおすすめしたい本は、ダグ・ハマーショルドの『道しるべ』です。

ハマーショルドはスウェーデンの出身で、同国の財務事務次官や外務次官、欧州経済協力機構(OECD・経済協力開発機構の前身)スウェーデン代表などの要職を歴任した後、1953年から61年まで国際連合の事務総長を務めました。当時の世界は、東西冷戦が激化し、第2次中東戦争やコンゴ動乱が起こるなど、政情がとても不安定でした。国連も難しい運営を強いられましたが、巧みな外交手腕を発揮して国際紛争の解決に成果を上げ、ノーベル平和賞を受賞(没後)するなど「名事務総長」として知られています。

しかし、ハマーショルドは在任中ザンビアで搭乗機が墜落し、不慮の死を遂げます。本書はその死後、彼が書きためていた私的な手記をまとめたものです。63年に刊行されると、世界中で大きな反響を呼びました。当時、大学生だった僕もすぐに本書を手に入れ、夢中になって読みました。

■心が洗われる、高潔な精神世界

深い感銘を受けたのは、ハマーショルドが仕事の悩みを一切書き残していないことです。そして本書には、彼が自己の内面とひたすら向き合っている様子が、詩のような美しい文で綴られています。読んでいると、彼の高潔な精神世界に触れ、清流に手足を浸しているような心地になります。「かくありき」と題された文には、次のような言葉が記されています。

「さらに遠く、未知の土地へと
私は駆りたてられてゆく。
小道は嶮しくなりまさり、
大気はいよいよ冷え、凛冽の度を加える
知られざるわが目的の地から
吹きよせる風に触れて
期待にうずく
心の絃はふるえる
なおも、私は問いかける。
かしこに、私は行きつくであろうか、
いのちが、しじまのうちに
きよらに澄んだ音色を発して
絶え入る、かの地に。」

このような清々しい言葉が、どのページを開いても溢れ出てきます。悩み事が頭から離れないという人は、試しにどこでも構いませんので、本書を適当に開いて2、3ページ読んでみてください。大学生のときから僕は、本書をずっと「座右の書」の1つにしています。皆さんにとっても、本書が心の伴侶になること請け合いです。

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出口 治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学学長
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社。2006年、ネットライフ企画(現・ライフネット生命保険)を設立。18年から現職に。
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(立命館アジア太平洋大学学長 出口 治明 構成=野澤正毅)