「彼、ものすごい人数の女性と…」。交際7年目で女がようやく気がついた、男の罪深い行為
男も女も、誰だって恋愛しながら生きていく。
だから愛するカレには、必ず元カノがいる。
あなたの知らない誰かと過ごした濃密な時間が、かつて存在したかもしれないのだ。
愛するカレは、どんな相手とどんな人生を歩んでいたのか――?
幸せ未来のため、相手の過去を知ることは、善か悪か。
あなたは、愛する相手の過去が、気になりますか?
◆これまでのあらすじ
29才の南美は、6才年上の恋人・数也がプロポーズを考えていると知り、幸せの絶頂にいた。だが同時に、彼の2度の結婚歴が気になり、1番目の妻・竹中桜、2番目の妻・福原ほのかそれぞれと密会する。
さらなる追い打ちをかけるように、数也は3度の結婚歴があると判明。学生結婚した平木真穂とは交通事故で死別しており、遺族は数也への怒りを露わにした。
数也の過去を知った南美は、本当の意味で決別することに…。
引っ越し当日を迎えた。
無慈悲にして優秀な業者は、数也との思い出や哀愁といったものを吹き飛ばすスピードで家具とダンボールを運び出し、あっという間に南美の部屋には何もなくなった。
この部屋に引っ越したとき、今度こそ最高のパートナーを作ろう、と決意したことを思い出す。
恋人の行動が心配になれば、すぐに彼のSNSをチェックする。浮気を疑えば、ベッドで寝ている彼の枕元のスマホを手に取る。ダメだと分かっていてもやってしまい、それがバレて次々に逃げられてきた。
でも、そこに数也が現れた。南美にとって二人目の「ちゃんとしたカレ」。
そんな数也には三人の妻がいた。
しかも交通事故で死別した最初の妻・真穂を忘れられないまま、数也は2回も結婚した。いずれの結婚相手にも、真穂のことを打ち明けないままに…。
南美もそのまま四人目の妻になるところだった。
―これで良かったんだ。
何もない部屋で南美は大きく息を吐いた。
―でもあの時は、こんな結末を迎えるとは思ってもいなかったな。
南美は数也との初デートを思い出す。
素敵な店。素敵な料理。素敵な会話。語彙が乏しくなるほどに楽しかった。
心が弾み、酒が進んだ。すっかり酔っ払って、この家まで送ってもらうことになった。
家に上がった数也だが、当然のように南美に手を出さず、軽いハグをしただけで帰っていった。
ひとりになってシャワーを浴びようとしたとき、お茶かコーヒーぐらい出さなきゃいけなかったと、南美は激しく後悔し、「あーっ!」とシャワールームで声を上げたことを今でもはっきりと覚えている。
次に、数也がこの恵比寿の家に足を踏み入れたのは、付き合ってからしばらく経ってからのこと。交際当初は南美のほうが、広尾にある数也の家に行くことがほとんどだった。
―忘れよう。もう全部、忘れなきゃ。
南美は、何もなくなった部屋に向かって一礼した。
「ありがとうございました。お世話になりました」
主を失った部屋に、南美の声が静かに響く。
部屋を出て、ドアを閉め、鍵をかけた――その時だった。
数也との初デートで、もうひとつ「後悔」があることを思い出した。お茶を出さなかったこと以上の「後悔」だ。
そしてそれは南美がずっと蓋をしてきた記憶でもあった。
南美が心に秘めてきた過去とは…?
南美には高校2年生から7年間、付き合った恋人がいた。
名前は、拓郎。
小中高の同級生であり、初恋の相手でもあり、数也をのぞけば唯一の「ちゃんとしたカレ」だ。
高校時代は同級生との恋愛に勤しんでいた女子たちが、ハタチ前後になると次々に年上の恋人に乗り換えていく中、南美は拓郎と付き合い続けた。
時に「バカ」と形容したくなるような同世代の男子たちと違い、拓郎には年齢にそぐわない落ち着きがあった。小学校の教師になる、という明確な将来へのビジョンもあった。
他の男子を好きになったこともなかった南美にとって、拓郎は地球上で唯一無二の存在だ。心の底から「この人と私は結婚するんだろう」と信じて疑わなかった。
拓郎もそれと同じ内容の言葉を、南美にたくさん告げてくれた。
あの頃は、揺るぎない関係がこの世にあるのだと当然のように信じていた。事実、それは目の前にあったのだから。
でも交際7年目でやっと気づいたのだ。
拓郎は口だけの男だった、ということに。
南美に対して発した言葉も、すべて南美に合わせただけの虚像だった。南美を喜ばせ、一時的にその場を取り繕うためだけの空っぽな言葉だった。
拓郎は、7年間ずっと途切れることなく、浮気を繰り返していた。
それに気づいたきっかけは、拓郎が見知らぬ女性と手を繋いで歩いているところを南美が目撃したこと。
問い詰めても浮気を否定した。だからケータイを奪って見た。
そこにあったのは、想定をはるかに上回るたくさんの女性とのやり取りだ。その全員と浮気しているのだと確信した。
「さすがに全員ってことはないでしょ?」
周囲の友人や、大学が同じだった茉里奈や秀人は、まずは落ち着いた方がいいよと口を揃えて言う。南美は素直に頷いてみせたが、内心はまったく同意できなかった。
人数の問題ではない。実際にそのすべての女子たちと関係があったかどうかも大事なことではない。
南美に「全員が浮気相手だ」と思わせた拓郎が悪いのだ。
それに、友人たちには分からないだろう。唯一無二と呼んでいたはずの恋人と別れては、なかったことのように、また新たな唯一無二の恋人を作っていく友人たちには理解できるはずもない。
地球上この人だけだと本気で思える存在が、跡形もなく消失したという辛苦が。
だから「改心するから、やり直そう」と懇願してきた拓郎を、南美は拒絶して言い放った。
「私が好きだった拓郎は、私の中で、もう死んだの」
それから数也と付き合うまでの3年間、男性に対して疑い深くなり、その結果次々に逃げられてしまった。すべては、拓郎が根本的な原因だったのだ。
「そうだ。拓郎のことだ…」
新居へ向かうタクシーの車内にて、南美は思わず呟いてしまった。
「え?」
ドライバーが驚いたように聞き返す。
「すいません。何でもないです」
我に返っても胸の鼓動は収まらない。
―そうだ。拓郎だ。拓郎のことだ。
数也との初デートでの、最大の後悔。それは拓郎のことだった。
「初恋の相手はどんな人?」
出会ったばかりの男女が交わす、ありきたりな質問。楽しすぎて酒が回った南美は、数也の問いに口を滑らせ、ついこう答えた。
「死んだんです。初恋の相手は死にました」
その瞬間、数也の表情が一変し、それ以上、何も聞いてこなかった。南美のほうが驚いて困ってしまうほどの反応だ。
だから「本当は死んでません。死んだつもりでいるだけです」などと訂正することができなかった。
当時は、南美のことをかわいそうだと数也が同情してくれているだけだと思っていた。でも今なら、わかる。
最愛の真穂と死別した数也は、南美にシンパシーを感じたのだ。
もしかするとそれこそが、数也が南美と付き合うことになった大きな理由のひとつなのかもしれない。
当時は何も知らなかったとはいえ、南美は、酔った自分が発した軽率なウソに罪悪感を覚えた。
ウソをつこうと思ってついたわけではない。かつて愛した男はもういないのだから、それは死んだことと同じ意味だと、日頃から南美は考えるようにしていた。そうすることで過去と決別できる気がしたから。
そんな日頃の思いが、酔った勢いで出てしまった。
だが、愛する人を亡くした数也に対して言うべき言葉ではなかった。
謝りたい。けれど、もう数也と会うことはできない…。
すべてを失った南美の前に、再び“彼”が現れる…。
南美の引っ越し先は、代々木上原だ。
知るかぎり、周辺には友人知人がだれも住んでいない。心機一転にはもってこいの場所だ。
業者はやはり、無慈悲に速やかに、家具とダンボールを運び入れ、立ち去っていった。
しかし数也についた軽率なウソを思い出し、南美には荷ほどきする元気が残されていない。こういう時は仕事だ。
手持ちのバッグに忍ばせていたノートパソコンを取り出す。そして、南美が企画を担当する、ファッション誌とのコラボイベントに関するプレゼン資料作りを再開した。
けれども、全く集中できない。そもそもパソコンの充電が足りず、あと数十分もすれば落ちるであろうことに気がついた。引っ越しのバタバタで、充電することをすっかり忘れていたのだ。
「充電器、どこだっけ?」
南美は重い腰をあげ、やっとダンボールを開封し始める。
その最初の一箱目だった。開けた途端、大きな画用紙に描かれた文字が目に飛び込んできた。
『迷ったら走れ』
南美自身が毛筆と墨で記した、うまくもない6文字は、いつか冗談で書いて数か月ほど自宅に張りつけていたもので、捨てられずにダンボールに突っ込んでいた。
キャリアアップは、このモットーを支えに果たしたのだ。
洗練された年上男だった数也。そんな彼に見合う相手になりたくて、念願だったハイブランドの㏚の採用に挑戦し、転職した。
―迷ったら、か。
南美は考える。もう一度だけ、走ることを。
あの時ついた軽率なウソ。もう数也は覚えていないかもしれない。
だけど、どんな理由でもいい。もう一度だけ数也と話したかった。
南美はスマホを手に取る。
と、その時だった。示し合わせたかのように着信音が鳴った。
「…えっ…」
画面に表示された発信者の名前は予想外すぎて、声が漏れた。困惑を隠せないままに電話に出る。
「…もしもし?」
「あ、もしもし、南美?」
懐かしすぎる声がした。
「…拓郎?」
「うん、俺、拓郎。久しぶり」
かつて唯一無二だった男が、今また南美の人生に再登場する。頭は混乱しているのに、どういうわけか南美は、泣きたい気持ちになった。
▶Next:11月17日 日曜更新予定
拓郎のまさかの言葉が、すべてをひっくり返す…!