日々、新しいショップやレストランがオープンし、アップデートを繰り返す街・東京。

東京で、そのすべてを楽しみつくそうとする女を、時として人は「ミーハー女」と呼ぶ。

ミーハー女で何が悪い?

そう開き直れる女こそ、東京という街を楽しめるのだ。

◆これまでのあらすじ

広告代理店でプランナーとして働く匠。以前仕事で一緒になったミハルに恋人選びの基準を語っていた匠に、今週は迫ってみよう。




外の空気はひんやりと冷たいというのに、地下鉄のドアが開くと、もわっとした生暖かい空気が匠を覆った。

濡れた傘が人にぶつからないよう気を付けながら、匠は空いているスペースを求めて移動する。

−せっかくの3週間ぶりのデートっていうのに、気持ちが全く上がらないのは雨のせいか、それとも...。

地下鉄の車内では、大人しそうなカップルが肩を並べて楽しそうに会話をしている。この人たちは、きっと喧嘩なんてしないんだろうな、と勝手に思っていると、突然聞こえてきた車掌のアナウンスでふと我に返り、急いでジャケットのポケットから携帯を取り出してメッセージを打った。

−次、銀座。−



3週間前の金曜日、匠は梨沙と2年記念を迎えるはずだった。

その夜、匠は急遽アサインされた競合プレゼンの作業に追われていた。二つ返事で案件を引き受けた先週の自分を一瞬恨んだが、仲のいい営業だから断ることもできなかったな、と匠は半ば諦め気味にパソコンに向かっていた。

60ページを超えるスライドを眺めながら、ふと時計に目をやると22時を超えている。

−ごめん、まだ作業終わらなくて...また別の日にお祝いしよう−

−そっか。了解。−

画面の向こう側で頰を膨らませながら不機嫌そうにしている梨沙の姿が、匠の脳裏をよぎる。気を取り直して、また作業に取り掛かろうとすると、梨沙からLINEが届いた。

−本当に私のこと好き?−

また始まった。不安になるとすぐ、梨沙はこの一文を送ってくる。先月の匠の誕生日も、同期と合同で誕生日パーティーをするから会えなかっただけなのに、全く同じ内容が送られて来た。

−実は他に遊んでる女の子がいるとか?−

匠が携帯の通知画面を眺めていると、それに気がついたかのように、梨沙から次々とLINEが送られてくる。

深いため息をつきながら、匠は携帯を手に取り、返事をした。

−そういうのウザいって、この前言ったじゃん。−


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すぐに既読がつき、梨沙から返事が届いた。

−ごめん...でもなんか不安になっちゃって。匠、インフルエンサーの友達とか多いし。−

−プレゼンまで忙しいし、落ち着いたらまた連絡する。−

荒々しく梨沙への返事を送ると、匠は携帯の画面を伏せるようにデスクに置いた。

もう何度目のやりとりだろうか。ありもしないことに疑いをかけてくる梨沙の「急性メンヘラ」に、苛立ちと呆れを抑えられず、匠は深いため息をつく。

仕事を再開したものの、集中力も途切れてしまった。あきらめて今日は帰ろうとデスクを立ち上がり、エレベーターホールに向かうと、そこには同期の紗江が立っていた。




子供のようにサラサラとした長い髪の毛と、ぱっちりとした目元。毎日得意先や社内クリエイティブの板挟みになりながら苦労をしている営業職なのに、それを感じさせない紗江の笑顔に、匠はさすがだなと感心した。

「せっかくの華金なのに、この時間に帰り?」

「週明けにプレゼンが急に入っちゃってさ。紗江は?」

「私も週明けにイベントがあって、その準備でバタバタしてた。これから先輩たちに呼ばれて、六本木だよ」

残業で疲れ果てているだろうに、笑顔で答える紗江はやはりプロだなと思っていると、紗江が思い出したかのように言う。

「あれ?匠、記念日じゃないの?今日のランチで梨沙が楽しみにしてたよ」

−そっか、梨沙と紗江は同じ部署だった。

梨沙と付き合い始めた頃は、紗江伝いで梨沙の不満や悩みを聞くこともしばしばあったが、最近は、あんまり聞かなくなっていた。

到着したエレベーターに乗り込みながら、匠は紗江に聞いてみた。

「梨沙、なんか言ってた?」

「悩んでたよ。誕生日も会ってもらえないし、最近はLINEする度に喧嘩しちゃうって。匠は口が上手いから、平気で梨沙に嘘をついて、実は他の女の子と遊んでるんじゃないか不安で、その不安が原因で喧嘩して、の繰り返しなんでしょ?」

「あぁ...そうなんだよね」

ちょうど先ほどの梨沙とのやりとりを思い出しながら匠が苦笑すると、紗江が一言付け加えた。

「あとね、わからないんだって。これが執着なのか、好きっていう気持ちなのか」


ただの執着なのか、好きなのか。梨沙の迷いに、匠の出した結論は?


「どういうこと?」

意味がわからず聞き返す匠に、紗江は相変わらず淡々と説明を続ける。

「喧嘩する度にお互い傷つくし、匠のこと信じきれないし、別れた方がいいのかなって思うんだけど、それでも踏み出せないのは、匠のことが好きだからなのか、ただ手放したくないっていう執着心なのか、わからないんだって」

ー執着か、好きか。梨沙の本当の気持ちは…?

匠が紗江の言葉に思考を巡らせていると、紗江が口を開いた。

「ごめん、私もう行くね。一回ちゃんと、素直になって梨沙と話し合うのがいいかもね。あなたたちお互いにプライド高いからさ、素直にね!」

笑いながら、匠の肩をポンと叩いて走り去る紗江の後ろ姿を、匠はぼーっと眺めた。



いつもより纏まりのない髪の毛に、こわばった眉間。3週間ぶりに会う梨沙は、少し疲れたように見えた。最近仕事が忙しいとは聞いていたが、この浮かない表情はそれだけが理由ではない気がした。

「雨だね。何しようか」

険しそうな顔で空を見上げる梨沙に釣られ、思わず匠もぶっきらぼうに返事をした。

「買いたいものあるんだよね。銀座の無印良品に行きたい」




店内に入ると、ふわりとしたオレンジの明かりに、温かみのある木の床。どんよりとした外の空気を全く感じさせない穏やかな空間に、匠はほっとした気持ちになった。

−素直に、素直に...。

上に向かうエレベーターの中で、自分に言い聞かせながら深呼吸をする。

エレベーターが6Fに到着し、梨沙がライブラリーの方に向かって歩き始めると、匠は口を開いた。

「ねぇ、梨沙。俺たち一緒に住まない?」

「え?」

前を歩いていた梨沙は突然の匠からの提案に驚いて、匠の方を振り向いた。


曖昧な気持ちに区切りをつけるために、匠が同棲を提案したワケ


「俺ら、喧嘩ばっかりだけどさ、その原因って、俺のこと信用できないとか、不安って話じゃん?もう一緒に住んだ方が、早いと思って。俺本当に遊んでないし、そんなこと一緒に暮らしたらわかるよ」

「でも、同棲してもきっと喧嘩するよ」

不安そうに見つめてくる梨沙の頭に、匠はぽんっと手を置いた。

「そうだね。でも、ちゃんと信じて欲しくて。どうやったら本気なのが伝わるかなって考えたら一緒に住むしかないなって思ったんだ」

付き合う前は、匠も梨沙も、社内で浮名を流していたことがあった。梨沙が匠に対して不安を抱くのは、そういった過去があるからなのだろう。

ただ、何度も疑いをかけられるものだから匠も面倒に思うこともあり、それが態度に出ていたことで、梨沙の不安を煽ったのかもしれない。

ー梨沙が自分の気持ちに迷い始めたのなら、覚悟を決めよう。誰かを信じることは賭けかもしれないけど、信じないと信じてもらえない。

匠はそう考えながら、ライブラリーの一角にある本棚からデザインの本を手に取った。




匠の提案を聞いてから、ずっと黙っていた梨沙がゆっくりと、自信なさげに話しかける。

「一緒に住んで、また喧嘩したらどうする?匠のこと、それでも信じられなかったりして」

「うーん」

梨沙の質問の答えを考えながら、ふと、紗江の言葉が頭をよぎり、素直に、と呼吸を整えて、匠は梨沙を見つめた。

「その時は、正直に話し合おう。結局家に帰ったら顔合わせないといけないから、もう逃げたりしない。話が終わったら、そのあとは美味しいコーヒーでも飲もう」

梨沙は、匠を真っ直ぐに見つめたあと、彼の手元に開かれていた本にコーヒーの絵が描かれていることに気がつき、思わず笑みをこぼした。

「下降りて、いろいろ揃えよう」

そう言って匠が手を差し出すと、梨沙はじっと匠の手を見つめた。いつもなら、すぐに手を下ろしてスタスタ歩き出すであろう匠も、ぐっと堪えて梨沙が動くのを待つ。

梨沙は匠の手を取る前に、大きく深呼吸した。すると、それまで入っていた肩のチカラが抜けて、すっと軽くなったように思えた。

2人は無言のままふわりととし笑顔で向き合い、お互いの手を取る。そうしてエスカレーターに向かって歩き始めた時、匠はポケットの中で携帯が鳴っていることに気がついた。

−ミハル:匠さん、話したいことがあります。−

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