東京は、飽きない街である。

東京都の人口は、約1,400万。47都道府県ある中、1割以上の日本人は東京に住んでいるという計算だ。

その分、人との出会いが多く、刺激的な仕事も多い。だがもしそんなとき、“東京以外に住む”という選択肢を提示されたら…?

これはそうした経験をした(している)人の、リアルな体験談である。

東京以外での生活は、アリだった?ナシだった?

前回は、世田谷区で生まれ育った静岡県浜松町に移住した有紗さんを紹介した。

「東京発⇒地方行き」今回は、番外編。日本を越えて、シンガポールに引っ越した茜さんに話を聞いた。



シンガポールの駐妻


名前:茜さん(仮名)
年齢:34歳
住居:シンガポール

「シンガポールは、最高ですよ。人も良いし子育て環境も整っているし、本当に全てがキラキラしているんです!!」

シンガポールで”可愛い“と人気のカフェ『Merci Marchel』にて嬉しそうに話してくれる茜さん。

元々横浜で生まれ育ち、大学からシンガポールへ赴任が決まる2年前までの計14年間、ずっと東京に住んでいた。

「シンガポールに来たのは、夫の転勤が理由です。いわゆる“駐妻”ってやつです」

夫の慶太さんは総合商社勤務。最初は戸惑うことも多かった海外暮らし。しかし茜さんのInstagramや話を聞いている限り、非常に満喫している様子が伺える。

「東京では体験できないような、豪華絢爛な暮らしに煌びやかな交友関係。それが、ここにはあるんです」

そう興奮気味に話してくれる茜さん。一見全てが完璧で、最高の“駐妻ライフ”を送っているように見えた。

しかし話を聞くにつれ、“キラキラしている”だけでは片付けられない根深い闇が見えてきたのだ。


華やかな暮らしの陰に潜む、女のプライドがエグられる落とし穴とは


シンガポールに来るまで、至って普通の暮らしをしていたという茜さん。夫の慶太さんと二人で四ツ谷のマンションに暮らしており、そろそろ家でも購入しようかというタイミングで赴任が決まった。

「結婚して早5年。29歳で結婚した時、職業柄海外勤務があることは分かっていましたが、赴任先がシンガポールと聞いて大喜びしたのを覚えています」

慶太さんの担当は、東南アジア。ベトナムかマレーシアだと思っていたが、まさかのシンガポールだった。

「一口に東南アジアと言っても、シンガポールは格別。自力ではコストがかかりすぎて絶対に住めない国ですし、行く前からテンションは上がりっぱなしでした」

そして始まったシンガポール生活。現在、夫婦は会社が借りてくれているオーチャードの高層マンションの一室に居を構える。

「オーチャードは、東京でいうところの銀座でしょうか。高級ブランドが立ち並び、伊勢丹もあるので日本の食材も買うことができます。基本的に何でも買えますし、不便だと思ったことはないですね」

また年中暖かいシンガポール。冬が嫌いな茜さんにとって、ここはまるで天国のようだという。

「人も良いし街も綺麗。何よりも日本だと味わえないような、ドレスアップして参加するパーティーもあるし、豪華なランチ会やワイン会も日常茶飯事。もう本当に、夢のような世界です!」

しかし、夢とはいつか冷めるもの。

茜さんは駐在して1年くらい経った頃、とあることに気がついてしまった。

「私たちは、会社のお金で来ている“駐在”組。本当のシンガポールに住んでいる日系の大金持ちの方々とは、コミュニティーが全く違って、一切交わることがないんです」




最近でも元女子アナだけではなく、有名モデルや有名人の妻たちが続々と移住してきており、彼女たちのInstagramはもれなくフォローしている茜さん。

しかし彼女たちの投稿を見るたびに、どこか胸がチクリと痛む。

「彼女たちは、彼女たちのコミュニティーがある。本当に華やかだし、ホームパーティー1つをとっても大違い。昼から一本数十万円するようなシャンパンを開け、自宅にシェフを招くスタイルが主流。そこに駐妻たちは入れないんです」

そんな時は、日本の友人の投稿を見て気を紛らわすという。

「日本に住んでいる友達からすると、私の暮らしはかなり良いみたいで。シンガポールで悠々自適に暮らしている、というのが私の今のプライドです」

そして何よりも、同じ駐妻と言っても旦那の会社によって、その暮らしの明暗は大きく分かれる。

「私の場合、夫の慶太が総合商社勤務ということもあり、日系では破格の待遇を受けていると思います。家賃補助もかなりありますし、妻が働けないのを考慮して、配偶者手当もありますから」

しかも手当や補助だけで何とかなるので、夫の日本の口座に支払われているボーナスには1円も手をつけていないそうだ。しかし同じ駐妻と言っても、日系のメーカーなどでは妻に対する待遇も変わる。

「駐妻の中にも、格差があるんです」

しかし先述した通り、駐妻だけの世界なので、シンガポールに住んでいる他の日本人からすると、かなり小さな話なのだろう。

「そしてここだけの話ですが・・・。駐妻って、時間があるんですよね。そのせいか、夫のいぬ間に現地在住の日本人の若い独身男性や、出張で訪れた日本から来た知り合いと情事を重ねている人も、中にはいるんです・・・」


まさに昼ドラの世界!?駐妻が知ってしまった驚くべき世界とは


駐妻の中には、バケーション気分が抜けない人が多い、と茜さんは語る。

狭い日系コミュニティーの中ですぐにバレそうなものだが、そこは暗黙の了解もあるという。

「みんな裏では色々と言っていますが、ある意味“治外法権”がまかり通っている感じがします。日本での鬱憤を、ここで晴らしているのでしょうか」

茜さん自身はそうしたことに興味はないそうだが、楽しんでいる人もいるようだ。

「私の楽しみといえば、週末は夫とセントーサ島の方へ遊びに行ったり、あとは近隣諸国に旅行へ行ったり。チャンギ空港は本当に便が良いので、世界がグッと広がりました。空港から自宅までタクシーで20分くらいだし、安く行けるのも魅力の一つですね」

そして何よりも、この国で暮らせたことで茜さん自身がとても変わった。

「正直、会社が家賃も航空券代も全て負担してくれているので、お金は貯まっていく一方。日本にいる時よりもかなり豊かな暮らしをさせてもらっています」

日本にいた時はためらっていた少々高額な買い物も、“手当が出ているし”と考え、我慢せずに買うようになった。

野菜も地元のスーパーマーケットではなく、現地値段の1.6倍はする伊勢丹で買い物をし、誘われれば五つ星ホテルでのハイティーも断らない。

車はないものの、移動は基本的に全てタクシー。茜さんの暮らしは、シンガポールへ来て格段にレベルアップした。

「タクシーだけ、何故か安いんですよ。ヒールを履いて電車になんて、もう乗れません」




また、茜さんは子育てもシンガポールでしたいと考えている。

「こちらは教育環境も良いですし、シンガポールで育てられたならばインターナショナルな子供に育つでしょう?早めに子供を産んで、子育てをここでしたいんです。シンガポールは子供にも優しい国ですし、ナニーさんを雇ったところでかなり安いですから」

そんな茜さんだが、最初の頃はきちんと意識していたそうだ。

-こんな生活ができるのは、駐在期間だけだ、と。

しかし人の慣れとは怖いもので、茜さんのカード請求額は毎月どんどん上がっていく一方だ。

「ランチ会へ顔を出すときに、新しい洋服を着たいじゃないですか。それに旅行も行きたいし、シンガポールにいられる間に、女性ならば憧れるようなキラキラした体験を、全部しておきたいんです」

“期間限定”と決めて、思いっきり駐在ライフを楽しんでいる茜さん。しかしもちろん、自身でも分かっていないわけではない。

「この暮らしに慣れてしまった以上、日本に戻った時に現実の暮らしが待っていることを考えると暗くなりますよね・・・お家のレベルは確実にランクダウンだし、東京ではこんな暮らしできないですから」

昼ドラのような世界を現実世界で知ってしまった茜さん。そして一度上がってしまった生活レベルを元に戻すことなどできるのか。

それが、今の茜さんの不安事項だそうだ。

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