起業家を美化してしまっていないだろうか(写真:thawornnrurak/PIXTA)

『ニューヨーク大学人気講義 HAPPINESS(ハピネス): GAFA時代の人生戦略』(スコット・ギャロウェイ 著、渡会圭子 訳、東洋経済新報社)は、世界的なベストセラー記録を樹立した『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(以下『GAFA』)のギャロウェイ氏による最新作。

といっても、『GAFA』の続編のようなテイストを備えているわけではない。2002年にニューヨーク大学経営大学院の教員となったギャロウェイ氏が、5000人の学生に向けて行ったブランド戦略の講義を書籍化したものである。

ブランド戦略にとどまらない講義内容

しかし授業では、話がブランド戦略から「人生の戦略」に変わっていることがよくあるのだという。ポイントはそこにある。

「成功するためには何をすべきか」

「どうすれば、野心と人としての成長の折り合いをつけられるのか」

「40歳、50歳、80歳になったとき後悔しないように、いま何をすべきなのか」

例えばこうした問題について、ギャロウェイ氏は最後の3時間の講義で扱っているという。それが、本書の根幹にもなっているのである。

講義のタイトルは「アルジェブラ・オブ・ハピネス(幸福の計算式)」である。

その講義で、私たちは成功、愛、そしてよい人生の定義について話し合う。

2018年5月、私はその講義の短縮版をYouTubeに投稿した。その動画は公開10日で100万人以上が視聴した。私は編集担当者から『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』の続編を書くようせっつかれていた。しかし私は、2作目はこの講義について詳細に書くと編集者に伝え、彼女をパニックにおとしいれた。(「はじめに ニューヨーク大学人気講義[ハピネス]」より)

そのため、語られている内容は「幸福」「成功」「愛」「健康」と極めて広範囲だ。例えば第2講「成功の講義――格差が広がる世界で金を手にする」の中では、15項目におよぶ“Lecture of Success(成功の講義)”を展開している。

その中から今回は「起業家に必要な4条件」をクローズアップしてみたい。まず大切なのは、次の4つの質問にどう答えられるかだという。

1. お金を支払ってでも働きたいか
2. 人前で失敗することを恐れないか
3. 売り込むことは好きか
4. 進んでリスクを負えるか
(80ページより)

それぞれについて、考え方を確認してみよう。

1. お金を支払ってでも働きたいか

ギャロウェイ氏は当然のことながら、事業を起こすためのあらゆるスキルを備えた多くの人を知っているという。ところが彼らはそうでありながら、事業を始めようとしないのだそうだ。

理由は、彼らが週80時間働いた見返りに、会社に対してお金を「支払う」ことが絶対にできないから。念のために書き添えておくと、お金を「もらう」ではなく「支払う」である。どういうことなのだろうか?

すでに起こした会社からうまく資本を回収する、あるいは創業資金をつくれない限り(それは高くつくので、たいていできない)、自分で会社に金を払って資金を調達する必要がある。報酬は猛烈に働く権利だ。(81ページより)

とはいえ、ほとんどの人は、お金をもらわずに働くという考えを理解できない。そして99パーセント以上は、自分自身のお金を「働く」という喜びのために懸けようとはしないというのだ。

ビジネス上の失敗は隠すことができない

2. 人前で失敗することを恐れないか

ほとんどの失敗は表に出ないものである。例を挙げてみよう。「 」に書かれていることが目に見える部分で、( )は表に出にくい現実だ。

「自分はロースクールに向いていない(ロースクールに入試で撃沈)」

「子どもたちとより多くの時間を過ごす(解雇された)」

「“人生設計”に取り組む(仕事がない)」

このように、決断の真相が他人に知られることはないわけである。

ただし、ビジネス上の失敗を隠すことはできない。なぜなら、それは自分自身の責任だからだ。またそれ以前に、もしも優れた能力があるのだとしたら、ビジネスは成功するはずなのかもしれない(ギャロウェイ氏は、成功するとは限らないとも書いているが)。

そして、もしもうまくいかなかった場合、粗相をした小学生よりもはるかに大きな恥をかくことになる。だからこそ、それを恐れない勇気を持っているか否かはとても重要な問題だということだ。

3. 売り込むことは好きか

ギャロウェイ氏いわく、“起業家”という言葉は“セールスパーソン”と同義。

例えば、「自分の会社に入ってくれ」と、他人に売り込まなければならないこともあるだろう。投資家に売り込む必要も生じるだろうし、もちろん顧客に売り込むことは大切な仕事だ。

売り込みを「得意なこと」に

したがって、小さなスーパーであろうとピンタレストであろうと関係ないということになる。事業を始めるつもりなら、売り込みを「得意なこと」にするべきだということだ。

売り込みとは、あなたの声を聞きたくないと思っている人に、その人が好きなふりをして電話をかけ、冷たい対応をされても、また電話をかけることだ。私はもう新しい事業を立ち上げることはないと思うが、それは自尊心が大きくなりすぎて、売り込みができなくなっているからだ。

私はL2(筆者注:ギャロウェイ氏が立ち上げた企業の1つ)に優秀な人材が集まってくるのは、製品がよければ自然に売れるという証拠であると思っているし、実際に本当にそうなることもある。何度も泥水をすするような思いをしなくても、売れる商品はあるはずだと思いたい。

しかし答えはノー、そんなものはない。(82〜83ページより)

起業家というのは、資本金を集める、利益を出す、あるいは事業から手を引くまでは、手数料がマイナスの販売業務だというのである。

メリットは、売り込みが好きで得意なのであれば、ほかの同僚よりも(どのくらい熱心に働くかに比して)稼げるということ。しかしその場合、周りからねたまれることにもなるかもしれない。

4. 進んでリスクを負えるか

大手企業で成功するのは容易なことではなく、そこでは独特なスキルが求められもする。

他人と仲よくし、至る所で見られる不公正やでたらめに耐え、抜け目なく振る舞わなければならないだろう。そして関係者の目に留まるようにして、なおかつ業績を上げ、役員レベルの支援を取り付けることも必要だ。

何かと、面倒なことが少なくないわけである。しかしリスクを考えると、もしも大企業でうまくやっていけるのであれば、そのままそこにい続けたほうがいいとギャロウェイ氏は言う。あえて零細企業で苦労することはないというのだ。

ギャロウェイ氏にとって、起業は生き残りの手段だったそうだ。なぜなら、経済的な成功のための史上最大のプラットフォーム、アメリカの企業で成功するスキルを持っていなかったから。

巷では大学中退者が億万長者になるような物語が喧伝されているため、われわれは起業家を美化してしまっているとギャロウェイ氏は指摘する。確かにそのとおりで、“感覚的に”納得できる方も多いのではないだろうか。

だからこそ自分の性格やスキルについて、自分自身、そして信頼できる人々にこれら4つのことを聞いてみるべき。

『GAFA』とはタイプの異なる1冊

その結果、もしも最初の2つがイエスで、大企業で働くスキルがないのであれば、「無秩序なサルが動き回っている起業という檻」の中に入ってみるのもいいかもしれないという。


何しろ学生向けの講義を書籍化したものなので、つまり目的も訴えようとしていることも異なるため、『GAFA』が与えてくれたような納得感もしくは感動のようなものをここに求めることはできないだろう。

そんな気持ちのままでページをめくったとしたら、直接的かつ感情的な表現に戸惑うことになるかもしれない。また個人的には、手放しで共感できないような箇所もいくつかあった。

しかし、それは読者一人ひとりの問題だ。

それに、ここに収められた講義を聴いていた学生たちのように、これからの生き方について悩み、アドバイスを求めたいと思っているのであれば、本書はきっと有効だ。長きにわたり、手放したくない1冊となってくれるかもしれない。