販売が好調に推移するトヨタ自動車のコンパクトミニバン「シエンタ」(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

最近のトヨタ車の国内販売状況を見ると、人気車の浮き沈みが激しい。2019年度上半期(2019年4〜9月/日本自動車販売協会連合会のデータ)において、コンパクトミニバンのトヨタシエンタが売れ行きを伸ばし、対前年比は144%に達した。

一方でコンパクトSUVのC-HRは同69%だから、前年に比べて31%減。クラウンも64%なので、36%の減少となった。この販売格差は、どのような理由に基づくのか。

今夏からシエンタの販売台数が急増

シエンタは、2015年7月に発売された。2018年9月にはマイナーチェンジを実施して、2列シートのファンベースを加えるなどの改良を行った。この改良が販売増加に影響を与えたことは確かだが、それだけではないだろう。

改良後の対前年比を見ると、2018年10月には147%と大きく伸びたが、11月は135%、12月は124%と次第に伸び率が小さくなった。2019年1〜6月は、112%と落ち着いている。


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ところが2019年7月の対前年比は157%(登録台数は1万0739台)に急増して、8月も158%(8745台)、9月は185%(1万3558台)と、2倍近くに達した。消費増税前の駆け込み需要が生じたことも考えられるが、トヨタ車全体の対前年比は、2019年7月が108%、8月は104%、9月は123%だ。増えていることは確かだが、シエンタの伸び率は際立っている。

シエンタの売れ行きが増えた理由をメーカーに尋ねると「2018年9月のマイナーチェンジ以降、とくに改良を実施したことや、新しい販売促進を打ち出したことはない」という。また、過去にも1カ月の登録台数が1万台を超えたことがあり(直近では2018年3月、同年11月、2019年3月など)、通常の需要変動に基づくとしている。

販売店に尋ねると「シエンタの売れ行きは好調だ。ヴォクシーのようなミドルサイズミニバンからの乗り換えが目立つ。また最初にミニバンを買うお客様も、コンパクトなシエンタを選ぶことが多い。その代わりアクア、パッソ、ヴィッツのようなコンパクトカーは、横ばいか減少になっている」と説明する。

コンパクトカーとコンパクトミニバンのシエンタは、直接には競合しないが、ヴィッツの登場は2010年でアクアも2011年と古い。コンパクトなトヨタ車を選ぶユーザーが、比較的新しいシエンタに注目することはあるだろう。

そしてシエンタのような居住性と積載性が優れた実用重視の車種は、街中で頻繁に見かけるようになり、ユーザーに人気車として認められると、長期間にわたり好調な売れ行きを保つ。

例えば軽自動車のホンダN-BOXは、先代型も、フルモデルチェンジの直前まで国内販売の1位を守っていた。現行型もこれに引き続き好調だ。先代タントは現行型に一新されるまで好調に売れ続けた。日産ノートの発売は2012年、ハイブリッドのe-POWERを加えたのも2016年にさかのぼるが、今でも販売ランキングの上位に入る。

これらの人気車が好調に売れた結果、同じメーカーの他車が落ち込んだこともあるが、今は以前に比べて販売ランキングの上位車種があまり入れ替わらない。一度人気を得ればその後も安泰で、ある意味保守的な販売動向になっている。シエンタは“好調に売れる波”に乗った。

C-HRも発売当初は好調だったが…

一方、C-HRは2016年12月に発売された。当初の売れ行きは好調で、2017年(暦年)には1カ月平均で約1万台が登録され、SUVの国内販売1位になった。小型/普通車の販売ランキング順位も、プリウス、アクア、ノートに次ぐ4位に入った。5位はコンパクトミニバンのホンダフリードだから、いずれも販売ランキング上位の常連車種だ。C-HRもこの仲間入りをして、安定的に売れ続けると思われた。


販売不調のトヨタCーHR(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

ところが2018年になると売れ行きが急降下を開始する。2018年上半期(1〜6月)の時点で、対前年比は52%と半減。2018年(暦年)で見ても66%に落ち込み、1カ月平均の登録台数は6400台だ。2017年の1万台に比べて大幅に下がった。

さらに直近の2019年度上半期(2019年4〜9月)は、対前年比が前述の69%で、1カ月平均の登録台数は4200台なので、約2年間で売れ行きが60%近く下がったことになる。

ここまで落ち込んだのには複数の理由がある。まずC-HRは現行型が初代モデルだから、従来型からの安定した乗り換え需要を見込めない。後席や荷室が狭いので、ファミリーカーとして使う実用志向のユーザーも取り込みにくい。

そこで後席と荷室が広いコンパクトSUVのホンダヴェゼルと比べると、2017年の売れ行きはC-HRが圧倒的に上回ったが、2018年は僅差になり、2019年度上半期は順位が逆転した。ヴェゼルの発売は2013年と古いが、C-HRに比べると売れ行きが安定している。

C-HRの登録台数が発売直後に急増して、2年後から大きく落ち込んだのは、主に外観デザインの魅力によって売れる商品であるからだ。スポーツカーにも当てはまる話だが、デザインの個性で売れる趣味性の強い車種は、購買意欲を刺激されて発売直後に購入するユーザーが多い。実用重視の車種と違って、愛車の車検期間が残っていても急いで乗り換えるから、売れ行きが一気に伸びる。

その代わり実用性では選ばれないため、欲しい人がひと通り購入すると、売れ行きが伸び悩む。このような経過をたどるため、つねに販売ランキングの上位に入るのは実用志向の車種だ。ヴェゼルも後席と荷室が広く実用性が高いから、息の長い人気を得ている。C-HRは実用性を伴うSUVカテゴリーに入るから、人気が長続きするように思われたが、趣味性の強いスポーツカー的な売れ方になった。

販売が失速したクラウン

クラウンも心配な車種だろう。現行型は2018年6月に発売され、1カ月後の受注台数は3万台と発表された。月販目標は4500台だから、約7倍の受注であった。


2019年に入って売れ行きが落ち着いたクラウン(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

ところが2019年には、売れ行きが落ち着く。2019年1〜6月の1カ月平均は約3600台で、月販目標に届いていない。3万台を受注した後、売れ行きが急速に鈍った。

そして2019年7月の対前年比は35%(2490台)だから前年の3分の1に下がり、8月も41%(2326台)、9月は63%(3806台)であった。いずれも月販目標の4500台に遠く及ばない。

販売不調の原因は、現行クラウンのクルマ造りにある。従来型の平均年齢が65〜70歳に高まり、若返りをねらって外観をスポーティーな方向に発展させた。グレードも伝統的に人気の高かった豪華志向のロイヤルサルーンを廃止して、スポーティなRSを前面に押し出している。

プラットフォームはレクサスLSと共通化され、走行安定性を大幅に向上させたが、従来の柔軟な乗り心地は薄れた。結果的に運転感覚と車両全体の雰囲気が、メルセデス・ベンツEクラスの方向へ進化した。

運転するといいクルマになったと思うが、従来のクラウンらしさは弱まった。クラウンも高価格車だから「これなら予算を少し上乗せして、メルセデス・ベンツEクラスにしようか」と思わせてしまう。そこで販売回復を目指し、2019年7月にはエレガンススタイルという豪華志向の特別仕様車を加えた。

唐突感が生じる車は、安定的に売りにくい

C-HRやクラウンを安定的に売るには、従来型やほかのトヨタ車からの乗り換えをスムーズにする配慮が必要だ。今は新車需要が安定期に入り、乗り換えに基づく購入が80%前後に達する。そうなると唐突感が生じる新型車は、安定的に売りにくい。

とくにクラウンは、先代型と比べて変化の度合いが大きすぎた。せめて先代型からの懸け橋になるようなグレードが必要だ。

ちなみに昔のトヨタでは、カローラを最初に購入して次はコロナに乗り換え、さらにマークII、クラウンへと進むエスカレーター方式があった。カローラとコロナ、コロナとマークIIでは質感にわかりやすい違いを持たせ、ユーザーの上級移行を促す。

儲け主義のようにいわれたが、ユーザーは自分の出世や生活環境の変化に応じて、トヨタ車を乗り継ぎながら満足度を高めることができた。カーライフにストーリーがあった。今はこのような仕立てが求められている。

トヨタは2020年5月に、全国の販売店で全車種を扱う体制に移行する。姉妹車を含めて車種を半減させる狙いもあるが、全店が全車を売ると、売れ筋車種が低価格化しやすい。日産やホンダも、販売系列を廃止して、売れ筋車種の価格帯が下がった。とくにホンダは顕著で、国内販売の約半数が軽自動車だ。

クラウンの開発者は「クラウンは、トヨタとトヨタ店の皆様が力を合わせて開発と販売を行ってきたクルマだと考えている」と述べた。クラウンのような高価格車は、専門の販売系列が大切に扱わないと、売れ行きが下がりやすい。売る側の商品に対する愛情がほかの車種以上に問われる。

全店が全車を扱う販売体制で高価格車の需要を守るには、そして1つの店舗で全車を買える体制を生かした販売戦略を立てるなら、ユーザーがストーリーのあるカーライフを楽しめるようにする配慮が大切だ。

もちろんアクアを購入して、その後もアクアだけを乗り継ぐのもいいが、上級移行を望むユーザーの道筋も立てておきたい。アクアからカローラハイブリッドに乗り換えるのか、あるいはシエンタなのか。ユーザーの好みや生活環境の変化に対応して、ストーリーのある乗り換えができる商品ラインナップを整えたい。

試される国内市場への愛情と戦略

愛車を乗り換えるカーライフストーリーを確立させるには、商品内容だけでなく、各車種のフルモデルチェンジを行うタイミングとか、残価設定ローンの残価率といった販売支援も絡む。各車種がバラバラに存在するのではなく、連携を保つことで、トヨタ車の世界で満足度の高い乗り換えがスムーズに行える。

これはトヨタに限った話ではないが、日産のようにデイズ+デイズルークス+ノート+セレナの販売台数だけで、日産車全体の70%近くに達するようでは、ニーズに応じた乗り換えのカーライフも提案できない。

以上のような価値をトヨタが身に付けて国内の販売戦略を確立すると、C-HRやクラウンのような趣味性の強い車種も、安定的に売りやすくなる。今後全店が全車を扱うようになって、従来とは違う新しいカーライフが生まれるのか……。トヨタの国内市場に対する愛情と戦略が試されている。