血液クレンジング騒動で見えた広告規制の限界
炎上した血液クレンジング問題。医療サービスに関するSNSの取り締まりは、野放し状態となっていた(写真:toeytoey2530/iStock)
「施術中、指先がポカポカしたので効果があると信じ込んでしまった」
ブロガーの「はあちゅう」こと伊藤春香氏は2012年、当時運営していたサイトのクーポンを使って血液クレンジングの施術を受けたことを、ブログに投稿していた。
「血液クレンジング」とは、100ccほどの血を抜き、オゾンを混ぜて再度体内に戻すという仕組みで、オゾン療法とも呼ばれる。冷え性や美容に効果があるとして、はあちゅう氏だけでなく多数の芸能人や著名人(インフルエンサー)が、黒っぽい血が鮮やかな赤に変わる写真とともにSNSで拡散していた。
これについてネット上で疑問視する声が飛び交い、10月17日には美容外科医の高須克弥氏がツイッターで「意味ねぇよ。おまじないだよ」と効果を否定。はあちゅう氏も過去の投稿を削除するなどの炎上を巻き起こした。
血液クレンジングを行っている各クリニックのホームページには、冷え性、アレルギー、認知症、がん、HIV、ヘルペスなどのさまざまな症状への効果が謳われている。過去にも何度かブームがあったが、その効果ははっきりしない面がある。『「ニセ医学」に騙されないために』を執筆した医師の名取宏氏は、「信頼できる臨床試験での検証が少なく、エビデンスに基づいた医療(EBM)とはいえない」と、厳しい見方だ。
一方、日本酸化療法医学会の渡井健男会長は、「ドイツ発祥の治療法で、海外では保険が効く国もある。日本ではオゾンは毒というイメージが強く誤解を持たれているが、がんや線維筋痛病などで症状改善の実績がある。EBMに基づいた実証やデータ開示は、今後さらに進めていく」と主張している。
医療広告規制強化でも取り締まりは難航
血液クレンジングの効果の真偽について記事上で断定することは避けるが、血液クレンジングをはじめとして効果検証がされていない医療サービスをSNSに投稿する事態が横行している。それだけでなく、それらがしっかりと取り締まられていないという大きな問題がある。
医療機関が広告をする場合、医療法に基づいた「医療広告ガイドライン」に従う必要がある。このガイドラインは、一般的な商品やサービスの広告に対する規制と比較しても厳しい。近年は美容医療の被害が急増したことを受け、2017年には医療法が改正され、ホームページにも広告規制が及ぶことになった。
医療機関のホームページに掲載される血液クレンジングの説明。血の色の術前術後写真も(写真:ロイ点滴クリニックのホームページより)
厚生労働省の担当課によると、効果が検証されていない治療について「がんに効果がある」といった書き方をしている場合、指導の対象になる可能性があるという。ガイドラインでは虚偽広告や誇大広告、「著名人も〇〇医師を推薦しています」といった、他の医療機関よりも優良であると示す比較優良広告を禁止している。
だがガイドラインには、ホームページ上に問い合わせ先を明記し、自由診療の場合、治療の内容や費用、リスクや副作用に関する情報提供を明確に行っていれば、掲載してもよい項目が増える「限定解除」という仕組みがある。そのため、実際に禁止されている広告内容の線引きはあいまいだ。
また、実効的な罰則が実施されることはきわめてまれで、取り締まりの実権がない、いうなれば「お飾り」に近い状態だ。広告規制に詳しい丸の内ソレイユ法律事務所の成眞海氏によると、「2017年の医療法改正以来、美容医療などを中心に指導の件数は増えているが、行政処分や刑事処罰を受けた事例は、まだ聞いたことがない」という。
厚労省が民間業務委託も捜査権はなし
ネット上の違法医療広告の取り締まりは、2017年8月から厚生労働省が民間に業務委託している「医療機関ネットパトロール」が行っている。通報などにより違法な広告を発見し、医療機関に通達を行うが、それでも改善が見られない場合は、個別案件ごとに自治体の保健所が指導を行うという仕組みだ。
ところが、規定上は罰則に当たるものであっても、保健所に警察のような捜査権がないため、手詰まりになってしまう。
今回の炎上のきっかけとなったSNSの投稿に目を向けても、インフルエンサーによる投稿が一般の投稿か、それとも消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をする「ステマ(ステルスマーケティング)」なのかどうか判別することは非常に難しい。
前述の渡井会長も「美容系に多いが、規定の治療法を守らない医師が適切な説明をせず、内容をわかっていない芸能人が『ステマ』的な投稿をしていることを問題視している」と懸念を示す。
インフルエンサーマーケティングが広まるなか、ステマを防ぐための仕組みは広まっている。企業が広告投稿を依頼し、謝礼などを提供する場合は「#PR」といった表記をし、両者の関係性を明示しなくてはならないことが、WOMマーケティング協議会のガイドラインで定められている。
他方、医療サービスの広告投稿は「著名人との関係性を強調する」比較優良広告と見なされ、それ自体が法に触れる。そのため、本人の興味で行ったプライベートの投稿であることが前提となり、#PRの表記が載る投稿は存在しない。
#PRの有無で判断できないからこそ、両者が「金銭のやりとりや謝礼はない」と主張しても、表面から判断することは不可能に近い、という大きな落とし穴がある。
都内の保健所の担当者によると「通報があった場合に個別に聞き取りをすることはありうるが、どういうスタンスで投稿しているかまでは調べる権限がない」と話し、SNS上の投稿まではターゲットにしていないという。
かといって規制を強化することは、言論の自由を侵すことにもなりかねないジレンマもある。前述の担当者は「制度が立ち上がってまだ2年だが、マーケティング手法に、法令が追いついていないのが現状だ」と認める。
情報にふりまわされるインフルエンサー
インフルエンサーもステマとの誤解を避けるため、発信には細心の注意を払うが、あふれる情報にふりまわされているのも実情だ。
はあちゅう氏は、血液クレンジングに関する投稿はステマではないとしたうえで、「インフルエンサーには、いいと思ったことを発信する役割があるが、大きな責任も伴う。自分の興味から行った投稿であればなおさら、ひとりだけでなく周りにも相談して、その真偽を判断するべきだと、今回の件で改めて学んだ」と、炎上に対して反省を述べた。
美容医療クーポンサイト「キレナビ」編集長時代のはあちゅう氏と、赤坂AAクリニックの森吉臣院長。 金銭や謝礼の提供はなかったという(写真:本人ブログより、現在削除済み)
ただ、「専門家にもいろんな意見の人がいて、血液クレンジングをニセ医療だと断定する根拠も持っていない」と吐露する。
近年は「インスタ映え」の名目のもと、パフォーマンス性の高いものや、見栄えのするエステや治療などが大量にSNSにアップされている。それらの中には、危険な治療や、効果を誇大に強調するなど、医療広告上違法とみられるものも紛れている。
それらを取り締まることができない以上は、最終判断は消費者側に委ねられる。前述の名取氏は「基本的に保険適用の治療以外は、効果が公に検証されていないと考えていい。エセ医療で、本来よくなるべき症状が悪化することもあり、気をつけてほしい」と注意喚起する。
厚生労働省は、自治体による適切な指導を浸透させるため、今年から「医療広告協議会」を立ち上げた。現場の担当者や業界関係者を集めて、課題の論点整理や意見交換を行っていくという。
制度の甘さにつけこむ悪徳な医療機関を野放しにすれば、最悪の場合、国民の健康や命にかかわる問題も引き起こしかねない。取り締まり体制の整備は急務だ。