高給取りで知られるキーエンスの営業の秘密を解き明かした(撮影:尾形文繁)

従業員の平均給与が2000万円を超え、時価総額はソニーとほぼ同水準のキーエンス。営業利益率は実に5割という高収益を支えるのが最強の営業集団だ。

同社関係者によると、極端に高い社員が平均を引き上げているのではなく、ほとんどの社員の給与が概ね2000万円前後に集中しているのだという。この「どこへ出しても通用する」とされるキーエンス流の営業メソッドとは、いったいどんなものなのだろうか。

説得面接で「ストーリー組み立て力」をみる

キーエンスの新卒の選考方法は独特だ。以下は匿名を条件に同社OBが明かしてくれた採用プロセスだ。まず、説明会終了後の退出時に20秒間の自己PRを求められる。これが実質1次選考。この段階では第一印象を見ることが目的である。

その後の1次面接は「説得面接」と呼ばれている。例えば、「テレビが嫌いで見ない人にテレビを奨める」「クレジットカード派の人を現金派になるよう説得する」「読書嫌いな人に読書を奨める」といったお題が与えられる。

面接官はこのとき、説得する相手の現状をきちんとヒアリングしたうえで、説得のストーリーを組み立てられるかどうかをみている。

2次面接は論理的な思考ができるかどうかをみる。「顧客満足度を上げる方法を3つ挙げよ」「優秀な営業マンの条件を3つ挙げよ」といったお題が与えられる。その場で回答を組み立てることが求められ、ビデオ撮影も行ってストレス耐性もチェックする。

キーエンスは製品の販売を代理店に任せず、すべて自社の営業担当者が直販している。その営業手法は徹底的にマニュアル化され、高付加価値製品のプレゼン資料は、過去に成約に至った顧客の属性や課題、ニーズ、製品に関する豊富な事例をもとに専門部署が作成し、タブレットに落とし込んで営業担当者に渡される。

ありとあらゆるケースとパターンが用意されており、営業担当者が自力で自分独自のプレゼン資料を作る必要はほぼない。顧客の課題やニーズに応じて、必要なプレゼン資料をタブレットから取り出す。若手社員は、どんな状況でどういう製品をどのように紹介するのかを徹底的にトレーニングされる。

外出日と社内にいる日は1日おきで、社内にいる日はひたすら電話でアポイント取りをする。会話の内容は詳細に記録し、顧客に紹介する製品のデモ機を操作しながら、上司を相手に会話のリハーサルもやる。

営業担当者の行動を徹底的に数値化

外出先から戻ったら、今度は外出報告書、通称「外報」にその日の行動を詳細に描き込み、その日のうちに上司と反省会を開く。

誰とどんなやりとりをしたのか。訪問前日に練った戦略をもとに、どういった展開になったのかを報告する。その報告を元に、上司からどうすれば良かったか、アドバイスを受ける。

こうした動作を毎日繰り返す。成約に至るまでに何回プレゼンテーションをしたか。プレゼンまでに納入先の担当者に何回会い、電話は何回かけたかーー。営業担当者がなすべき行動は徹底的に数値化される。

過去の社員たちの実績がすべてデータベース化されているので、売れない人に何が足りないのかは数値でわかる。足りないことを実行すれば、かなりの確率で成果が現れる。「とにかく通う」「気合いと気持ちでどうにかする」という営業の世界とはおよそ無縁だ。

キーエンスOBで、現在私大専門の大学受験予備校「DIET STUDY」の塾長を務める名川祐人氏は、慶應義塾大学経済学部を2008年3月に卒業、同年4月にキーエンスに入社した。宇都宮営業所に配属になり、高付加価値の特殊センサーの営業を担当し、2014年秋に退職して現職に就くまで約6年半、キーエンスに在籍した。

3年ほどで基本が身に付き、自分の成長ペースの鈍化を自覚するようになっていた矢先、キーエンスOBを通じてDIET STUDYを知った。同校の創業者はキーエンスOB ではないが、名川氏含め経営幹部3人はいずれもキーエンスOB。自己の成長とやりがいを求め、高給を投げ打って飛び込んでいる。

学習法に「キーエンスメソッド」がふんだんに

同塾は、10カ月でMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)のいずれかの学部の合格を保証している。結果にコミットする、いわば「大学受験予備校版RIZAP」だ。

入塾は先着順で入塾時の学力は一切問わない。現役高校生の場合は―3日の授業への出席率85%以上、∨荵間ごと、10カ月間に累計500回実施されるレギュラーテスト(授業の復習テスト)の合格率85%、MARCHを2学部以上受験する、という3条件を満たしながら、MARCHのどの学部にも受からなかったら、翌年の授業料が全額免除になる。3条件を満たした生徒の直近での合格率は実に88.5%に達している。

いくらカリキュラムが完璧でも、生徒が実行してくれなければ結果は出ない。カリキュラムを実行させる仕組みに、キーエンスメソッドがふんだんに活かされている。

「外報」を手本に導入した「生産性ノート」は担任講師と生徒の連絡帳。やるべきなのにできていないことを数値化して自覚させるだけでなく、モチベーションの維持にも役立てている。

当たり前を徹底するための仕組みを作り、管理するキーエンス流は外部環境の変化にも強い。「入試改革などで外部環境が変化しても勝ち残れる自信は充分ある」(名川氏)という。

名川氏と同期入社の空田真之氏は、自分の市場価値を高める、それも30歳までに、という目的でキーエンスを選んだ。

キーエンスでは横浜中央営業所に配属され、汎用品の営業を担当した。キーエンスは2年9カ月で退職し、大企業トップに人脈を作れる可能性を求めてリクルートに転職。しかし、婚約者の実家の不動産会社が経営危機に瀕したことを機に2012年にリクルートを退職。結婚して再建に取り組んだ。

最小の資本と人で最大の付加価値をあげる

空田氏の会社は不動産賃貸業だ。保有不動産の付加価値を引き上げるべく、リノベーションを強化。中でも成功したのが子育て世代向けに特化した「コソダテ(子育て)リノベ」だ。どのような子どもに育ってほしいか。そのためにどんな教育が必要なのかを顧客から聞き出し、それに合わせてリノベーションを提案する手法が当たった。

まさに、顧客のニーズ=ゴールを聞き出し、ゴールに至るプロセスから必要な行動を導き出すキーエンスメソッドが生きている。

2013年入社で名川氏と同じ宇都宮営業所に配属された岡林輝明氏も、経営者志望だった。自らの市場価値を高めるべく、あえて激務で知られたキーエンスを選んだが、入社3年を経過したところで成長を実感できなくなった。

現在は外食産業のサポート事業を手掛けるベンチャー企業に所属するとともに、すし職人の弟とともに立ち上げた高級鮨の出張サービス事業「SUSHI+」の経営を手掛けている。

岡林氏は「(キーエンスから学んだのは)最小の資本と人で最大の付加価値(をあげること)」だという。

岡林氏が考え出したのは、無店舗型の出張サービスだった。オフィスやホームパーティーに若手すし職人が出張し、参加者を楽しませるパフォーマンスで正統派の江戸前ずしを提供する。

無口で気難しい職人がお店で、厳かかつ一方的にすしを提供する伝統的スタイルとは対極的なスタイルである。無店舗なので賃料などの固定費は発生せず、ホールスタッフも不要。完全受注型なので食材ロスも発生しない。コストを最小限に抑え、独自の提供スタイルで付加価値を付けた。

キーエンスが戒める「化石」の意味

今年4月に法人化し、累計の利用者はすでに2000人を超えた。現在は「世界に向け発信する方法を思案中」(岡林氏)だという。

キーエンスの本社内には、至る所に化石が置かれている。それは、「経営をとりまく環境の変化に対応できない者は確実に滅びる」ことを戒めるためだ。

やみくもな電話セールスや顧客訪問を否定し、気合いや気持ちとも無縁。世の「売れる営業」がやっていることは、実はキーエンスメソッドそのものなのかもしれないが、個性を必要とせず、営業担当者に自由度がほぼないことに耐えられる人は、決して多くはないだろう。

他社がキーエンスメソッドをまねようとしても、この方法に耐えられるタイプの従業員だけで構成されていなければ、おそらく難しいだろう。その意味で、キーエンスの営業は比類なき最強集団といえるだろう。