「ユヅルがユヅルであればよい」という不変の信頼のもと、普遍の美で世界のざわつきを鎮めた羽生結弦氏のスケートカナダSPの巻。

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ユヅルがユヅルであればよい!

フィギュアスケートGPシリーズ第2戦、スケートカナダ。日本の羽生結弦氏は今季のGPシリーズ初戦に臨みました。周辺はざわついていました。先だって出場したオータムクラシックにおいて羽生氏のスコアが低調だったこと、不満の残る回転不足の指摘や演技構成点の抑制が見られたことは、疑念や憶測、不安を掻き立てました。

もちろん気にするようなことではありません。五輪の金を二度獲り、数々の記録を打ち立て、この競技を一段高いステージに押し上げてきたのは羽生結弦その人です。この選手を傷つけることは誰にもできません。よしんば世界中が敵となって、何とか貶めようとしたとしても、残してきた記録と記憶はもう誰にも変えられないのですから。

ただ、まだやるべきことはあるし、まだやれる。自身の敬意を込めて作り上げた記念碑となるプログラムを、2つキッチリと演じて勝利を添えるという仕上げをできていませんし、いつかは自分が切り拓きたいと思っている4回転アクセルへの挑戦も道半ばです。ただやればいいのではなく、やって勝つこと。勝ちながらやることにこそ完成があり、それができるのは競技の世界、その大きな舞台だけ。

ひとつずつ勝っていく、勝ちながらやる。

そのために、一足飛びに未来を見るのではなく、足元の一歩を踏みしめる。

まさにスケートカナダへ臨む羽生氏はそんな地に足のついた落ち着きを備えていました。これまでよりもさらに引き締まった相貌と、静かな闘志。「とにかくノーミスしたい」という事前の意気込みは、一見すると控え目なようであり、かなり挑戦的…あるいは挑発的と言ってもいいような表現でした。



ファンが「不可解」にざわついていることも知っていたでしょう。自身もオータムクラシックでの得点には首を傾げる部分もあったでしょう。世界を見渡せば「トレンド」の変化というものを感じなくもありません。たとえばジャンプひとつとっても、美しく複雑なつなぎからプログラムの流れに溶け込んだジャンプよりも、むしろ「大技一発」として爽快感を示すようなスピードや力強さが求められているのではないか…そんな見立てもあったかもしれません。

トレンドは時代と観衆の生み出すものであり、一定ではありません。かつてのフィギュアスケートのジャンプは、柔らかく跳ねるような、妖精の軽やかさのようなものがよいのだと言われていました。それがジャッジに通底する基準であったかどうかは知る由もありませんが、ピョンと跳んでフワリと降りるのがよいように思われていたものです。

しかし、いつしかよりスピード感を持って、高さと速さを出して、ドーンと跳びズーンと流れることがトレンドとなっていきました。それは考えかた次第のもので、どちらがいいとは言えない違いです。「跳んだように感じさせない」ことが素晴らしいという考え方もあるし、「思いっ切り跳ぶ」ことがカッコいいという考え方もある。

ただ、トレンドがどうであっても、普遍のものはあります。軸が乱れずコマのように美しく回る回転、バランスを崩すことなく完全にコントロールされて降り立つ着氷、必要な数の回転を空中でしっかりと回り切る正当さ…時代や趣味趣向に左右されない根っこはあるのです。

それを羽生結弦は備えている。

「ノーミス」でやり切ったときに、普遍のものは必ず浮き上がる。

「ノーミスしたい」の言葉を聞いて、その普遍のものがどう評価されるのかを確認しにきたのかなと僕は感じました。変わらないもの、自分が備えたものが普遍的なものであることを改めて確かめようとしたのかなと思いました。ミスによって削られなかったとき、羽生氏の備えた普遍のものはどう評価されるのか。正しく評価せざるを得ないはずのものが、その通りに認められるのか。ジャンプに限らず、ひとつひとつにおいて、それをやりきる。それはきっと、今の「ざわつき」を鎮め、「不可解」を払拭することになるだろうと。

↓ジスラン・ブリアンコーチの「ユヅルがユヅルであればいい」の言葉、そこに宿る不変の信頼!

あぁ、平昌五輪のような心地よい緊張感!

「美しいフィギュア」を見せてくれ!




カナダはケロウナという街で行なわれるスケートカナダ。SNSで流れる現地の写真は雄大な自然と穏やかな街並みがとても美しく、まるで物語に出てくる「故郷」のよう。世界は広いな、色々な街があるなと改めて思います。競技会場にはたくさんのバナーと黄色いプーさんの群れ。この日もスタンドは熱気に満ちています。どの大会よりも。コレを見たくてここまで来た、そんな人たちがたくさんいる。

ショートプログラムの演技に臨む羽生氏。衣装は貴族風だった襟元から胸元にかけての豪華なフリルが少しカットされていたでしょうか。「模様も少し配置を変えた」とのことですが、伸びた髪を切った日のような軽やかさがあります。少しでも速くゴールするために髪の毛すら刈り込むスプリンターのように、より洗練された姿でリンクに立ちます。



滑り出した羽生氏。公式練習から如実に感じられたことですが、動きが軽く、エフォートレスです。8割のチカラで必要なスピードを得るかのような軽やかさ。調子がよいことがうかがえます。その「余裕」をもって、羽生氏はひとつひとつの要素を丁寧に実施していきます。これまで同様に、これまで以上に。

冒頭の4回転サルコウは、羽生氏史上でも屈指の出来栄え。高く、軽く、速く、乱れなく降りてきます。ハーネスで吊られて跳んでいるかのように、一本の真っ直ぐな軸が見えます。年若いほど有利と言われる「高速で回転する」競技の一端において、24歳という年長の域に入ってもなおトップにいられるのは、こうした確かな技術あればこそだなと思います。研ぎ澄まされた回転軸。演技後の採点評価では、GOEに「+5」が5つ、「+4」が4つ並びました。普遍の4S。

つなぎの部分では音楽との同調性がより明瞭です。ただタイミングが合っていればいいのではなく、ピシッとひとつひとつを明瞭に音に合わせています。たとえ初めてこの演目を見る人であっても、「この手の振り付けは、今の打鍵に合わせているのね」と理解できるかのような丁寧さです。音ゲーの判定で言えば「グッド」や「グレート」ではない、「パーフェクト」を狙っていくプレー。たとえフィギュアスケートではその違いは得点にならないとしても。

その明瞭さはほんの少しのものですが、まさにそこにこそ「美しいフィギュア」が宿ります。つづくツイズルから跳び、着氷後にツイズルで流れるツイズルサンドトリプルアクセルでは、ジャンプ自体の美しさもさることながら、降りたあとのツイズルへのつなぎまでも丁寧に演じられています。あげた足をしっかりと身体に引き寄せ、ツイズルの終わりまでそのポジションが明瞭です。ピッとあげて、ピッと下ろす。キレがある。このジャンプは「+4」のジャッジがひとりいたものの、採点としてはGOE満点の評価。やはり「満点」を得るのは羽生結弦のトリプルアクセルだったか…と、ジャンプでは世界初となる「満点評価」に改めて高まるような想い。普遍の3A。

そして4回転トゥループからのコンビネーションでは、やや詰まるような感じもありましたが、しっかりとセカンドジャンプもつけました。GOE評価ではややバラつきがありつつも、回転不足を指摘されるようなことはもちろんありません。むしろ、少し詰まったぶんだけ、着氷後のイーグルへのつなぎがキレが出た感じさえあります。

スピンとスピンの間のつなぎではピアノの速い打鍵に合わせて氷上を跳びはねるように音ハメを行ない、ステップも小気味よい動き。右足でのクラスター…組み合わせ技が抜けたでしょうか、レベル3の認定となりますが、ステップシークエンス自体は動きもよくいい出来だったと思います。ちなみに、ステップシークエンスでは難しいターン・ステップの3連続を片足ずつで異なるものをやるというレベル上げの項目があるのですが、テレビ朝日中継では解説の織田信成さんが「ここですね、インサイドのカウンターの部分で足が止まってしまった」「ここでレベルが下がる可能性があります」と明確に内容を指摘してくれていました。「何でレベル3なんだろー?」から「クラスターの最後のカウンターでつまづいたからなのか!」へと視聴者をステップアップさせてくれる素晴らしい解説でした。

演技後には衣装の破れを真っ先に気にする姿を見せたり、「投げ込まれるプーさんの数を数えようとした(が無理だった)」など、心理的にもとても余裕ある演技となった模様。スコアも自己ベストに迫る…ジャンプの詰まりとステップのレベル取りこぼしがなければ、世界新記録というような評価で、改めて羽生結弦の美は「普遍」だなと示す好演技でした。まさに「ユヅルがユヅルであればよい」という演技でした!

↓スコアは109.60点!もちろん今季世界最高点!キスアンドクライでの反省会は笑い声がいっぱいです!


体操で言う「Eスコア」を限界近くまで取れる強み、それはエターナル世界記録を作ったときと同じ!

「美しいフィギュア」ができる選手!




まずは手応えアリといったショートプログラム。時代とともに変化するものもあるけれど、普遍のものは確かにあり、そうでなければこんなにたくさんの人が集まりはしないということを、改めて実感するような気持ちです。「グッド」や「グレート」じゃなく「パーフェクト」でなければ、あんなにたくさんの人が惹きつけられたりはしないのです。心の壁を越えてくる何かがある。

さぁ、次はフリー。フリーについては、練習の時点から何度も4回転ループを確認し、必ずしも100%という状態ではありませんでした。純粋に片足で跳ばなければいけない、ある意味でもっとも跳びづらいだろう4回転。はたして普遍の4Loを見せられるのか。「ノーミス」のなかで浮き上がる美を改めて見せてほしいもの。「グッド」じゃなく「パーフェクト」ができる選手、ユヅルがユヅルであればそれができる。

永久不滅、普遍のフリー、期待です!

「これならいいんだね」をしっかり数字で確認できたのは大きな収穫!