新聞は「同じ風景を見ていても見え方が異なる」から面白い。

【写真】“賛否両論”の「旭日旗持ち込み」

 最近だと東京五輪への「旭日旗持ち込み」社説がきれいに分かれた。韓国政府が国際オリンピック委員会(IOC)に、会場での旭日旗の使用を禁止するよう要請する一方、日本政府は容認する考えを表明した件。

 盛り上がるラグビーW杯からの来年の五輪を考えるうえであらためて読み比べしたい。あなたはどの社説の考えに近いだろうか?

読売は「日本社会でもなじみが深い」

 まず「読売」。「韓国人客の減少 反日感情の広がりを懸念する」(9月22日)。

《旭日旗は、旧日本軍が使用し、現在は自衛隊旗や自衛艦旗として用いられている。大漁旗など、日本社会でもなじみが深い。

 韓国は「日本の侵略による苦痛を想起させる」と主張する。歴史問題の蒸し返しを図っているのではないか。文政権は、こうした姿勢が日韓両国民の相手国に対する感情を悪化させ、民間交流を萎縮させることを認識すべきだ。》


文在寅大統領 ©AP/AFLO

「大漁旗など、日本社会でもなじみが深い」は政府の説明と同じ。文在寅政権の姿勢が日韓双方の感情を悪化させている、と考えていることがわかる。

 さらに激しかったのは「産経」。

【主張】「韓国の難癖 旭日旗批判を突っぱねよ」(8月31日)

 社説のタイトルに「難癖」という言葉が! 冒頭を読んでみる。

《九州を襲った豪雨は猛威をふるい、佐賀県では孤立した病院へは自衛隊のボートが物資を運び、職員らを脱出させた。船尾には自衛艦旗が立てられていた。旭日旗である。救助を待つ人々には、さぞ心強く映ったはずだ。》

 ここまでかなりアツい。

うんざりである……感情豊かな「産経」

《その旭日旗が、またぞろ韓国の難癖にさらされている。うんざりである。厳然と突っぱねてもらいたい。》

「うんざりである」と社説にしては感情が豊か。産経は「社説」ではなく「主張」と言っているので当然か。

 実は新聞の社説に「主張」と名付けているのは「産経」と「赤旗」だけ。そう考えると産経の宿敵は朝日ではなく赤旗なのかもしれない。

旭日旗「持ち込み許容の再考を」と訴えるのは?

 この2紙と対照的な社説をあげるとこちら。

「五輪と旭日旗 持ち込み許容の再考を」(東京新聞・9月25日)

「読売」「産経」と明らかにちがう「東京」。では、再考の理由とは?

《民間に普及しているという日本政府の説明には、無理がある。過去、旧日本軍の軍旗などとして使われていたのは歴史の事実だ。さらに日本国内では、今も軍国主義やナショナリズムのシンボルとしてしばしば登場している。》

《〇八年の北京五輪では、現地の日本大使館が日本人観客に対し、競技場へ旭日旗を持ち込まないよう文書で呼びかけている。海外の試合はだめだが、自国開催の五輪なら問題はないのか。日本政府の姿勢は矛盾している。》

 北京五輪での対応をもとに矛盾を指摘する「東京」だが、もっとも警戒しているのは旭日旗が「今も軍国主義やナショナリズムのシンボルとしてしばしば登場している」という部分だろう。

「北海道新聞」の社説は、

「五輪に旭日旗 政治対立あおらないか」(9月25日)

《五輪憲章は会場などでの政治的活動を禁じている。日韓関係が悪化する中での掲揚は、政治的主張と受け止められるリスクがある。軍旗として使用された歴史は、平和を掲げる大会の理念にそぐわないのではないか。誰かが不快と感じるものを掲げることが「おもてなし」とも思えない。》

 出ました「おもてなし」! 滝川クリステルさんが6年前に世界に約束した言葉がここでよみがえる。

サッカーではダメなのに五輪はなぜOKなの?

「東京」「北海道」両紙は共通してあげる具体例がある。「17年のアジア・チャンピオンズリーグの試合に持ち込まれた旭日旗」について。

《二〇一七年に韓国京畿道の水原で行われた韓国チームとの試合で、川崎フロンターレの一部サポーターが、旭日旗を掲げた。

 アジア・サッカー連盟(AFC)は旭日旗を、「攻撃的、挑発的な内容を含んだ横断幕や旗」であると認定し、フロンターレに罰金などの制裁を科している。》(東京)

《政治的意見に関連する差別的な象徴と認定。政治的意図はないとの主張を退けた。》(北海道)

 サッカーではダメなのに五輪はなぜOKなの? という両紙の疑問がうかがえる。

 一方で旭日旗問題はこちらもセットになっている。

《障害者スポーツの団体である大韓障害人体育会はパラリンピックのメダルのデザインが「旭日旗に似ている」として国際パラリンピック委員会(IPC)と組織委に抗議する意向という。》(産経)

 あのメダルは旭日旗ではなく扇をモチーフにデザインしたものだ。この件があったから「言いがかりも甚だしく」と産経はカチンときたのだろう。でもその意趣返しで旭日旗を持ち込んだらやっぱり「挑発」になってしまう……。感情のぶつけ合いが生んだ悪循環。

日韓どちらも、政治家が引くに引けない様子がわかる

 政府は韓国からの持ち込み禁止要請に対して「持ち込み推奨」はしていない。禁止はできないという意味での容認だが、しかしそれをいいことに当てつけで持ち込む人が出たらどうするのか? これが「東京」「北海道」の懸念なのだと思う。確かにその旭日旗には「大漁旗」のような大らかなめでたさは発生しない。

「あなたはどの社説の考えに近い?」と最初に書いたが、旭日旗に関しては「東京」「北海道」の論考が私には参考になった。ポイントは、本来は融和にあたるべき政治家が引けない状態になっていること。

 たとえば8月に日韓政治家の「事情」が書かれている記事があった。

 日本は、

《強気の姿勢の背景には、安倍政権の支持層の存在もある。政府内には保守層を念頭に「ある一定の層にうける」「韓国に屈すれば、政権への支持が一気に落ち込む可能性がある」といった見方があった。》

 韓国は、

《保守系の政治学者からは「危機をあおり、日本を敵に見立てて政治的なプラスを得ようとの動きだ」との声も上がる。》

 これは「輸出優遇除外、対立激化」(朝日・8月3日)という記事に書かれていたものだ。どちらも政治家が引くに引けない様子がわかる。

 それなら思うのだ。せめて民間レベルでは「相手が嫌がるものは持ち込まない」「わざわざトラブルになりそうなことはしない」という大人の態度が必要ではないかと。

「共生社会を実現することを目指している」はずの東京五輪

 そもそも、国がつくった五輪の「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を読むと「共生社会を実現することを目指している」と書いてある。障害のある人もない人と同じように能力を生かすことができる社会というものだが、共生というなら国籍の違いがあっても認め合う社会だ。なら、挑発と思われてしまう行為は避けるのが賢明に思えてきた。

 最後にこちらの提案を紹介しておきたい。

《昨今の世界を眺めると、政治家からは「分断」をあおる言説が目立つ。だからこそ、来夏は人種、宗教、性別、性的指向、障害の有無などの多様性を受け入れ、他者と認め合う機会になればと思う。日本の観客が地元勢だけでなく、外国勢の好プレーにも喝采を送れば、「国別対抗」の色彩を帯びがちな祭典に新風を吹きこめる。》(7月24日・朝日「<視点>世界と未来 変えるには」)

 上記は今回のラグビーW杯日本大会で成功していることではないか。「おもてなし」という言葉が重みを帯びてきた。クリステルさんのパートナーの言葉もいつか重さが出てくるのだろうか(最後に余計なこと言いました)。

 というわけで二分した「旭日旗持ち込み」読み比べ。皆さんはどう考えますか。様々な考えが知れる「社説」は面白いです。

(プチ鹿島)