日本の法人税は大企業ほど税の負担率が軽くなっていますが、なぜそうした税制ギャップが起こっているのでしょうか(撮影:尾形文繁)

10月から消費税が増税された。世界に先行する高齢化社会を迎え、社会保障に関わる財源確保が狙いというのが建前だが、グローバル企業がきちんと納税すれば財源はある。

税の第一人者である富岡幸雄氏の著書『消費税が国を滅ぼす』から、日本の法人税制についての部分を一部抜粋する。

なぜ日本の法人税制では、法律に書いてある税制と、実際に行われている税制との間のギャップが大きいのでしょうか。そして企業規模が大きいほど、税の負担率が軽くなるのでしょうか。

日本では、課税所得の平均2割強が縮小されている

順を追って説明しますと、税制ギャップの生じる理由として、まず挙げられるのが「タックス・イロージョン」(課税ベースの浸蝕化)です。

課税ベースが浸蝕されているため、本来、課税対象となるべき所得が、課税の範囲から脱け落ちているからです。要するに、現実の「課税所得」が虫食いになり、削られ、本来の姿より小さくなってしまっているのです。

私のマクロ的な分析によると、平均して課税所得の2割強が縮小されています。なかでも巨大企業グループが多いと目される連結法人の縮小率は40%を超えています。

一方で中堅企業の縮小率は3.9%です。企業規模によって負担率の格差が生じるのは、タックス・イロージョンの度合いに差があるためです。

では、なぜこうしたタックス・イロージョンが起きてしまうのでしょうか。

まず、租税特別措置による政策減税があります。多額の研究開発費を投入できる大企業にとって有利な特別控除などの優遇税制があるのです。次に法人が法人へ払う配当金は無税になる、受取配当金の課税除外があります。さらに、日本企業の収益構造が変化し、日本の税収が減少傾向にあるほか、国境を越える課税逃れも起きています。

また、「企業の自主的経理尊重」という建前のもとで、税務会計の変則的な弾力化・自由化が行われている点も指摘できます。納税は自主申告が原則ですので、こうした弾力化・自由化を利用して、税務会計を熟知した大企業のエキスパートが、いかに課税ベースを縮小するか腐心しているのです。

加えて現行の法人税制では、税制の簡素化を理由にして、期間損益計算が変則的に弾力化されていたり、減価償却資産の資産計上基準が緩和されていたりしています。これらも課税ベース縮小化につながっているのです。

こうしたタックス・イロージョン現象は、複雑な税務会計システムのメカニズムの中に埋没してしまい、公表される財務報告書から、その企業が駆使している会計テクニックを把握することは、ほぼ不可能です。税務統計上でも明らかになることはありません。

課税ベースを縮小させる手法を利用できる大企業や特定業種の企業と、そうではない企業との間に不公平が生じており、極めて重大な問題だと申し上げていいでしょう。

ソフトバンクで発覚した4200億円の申告漏れ

ベールに包まれたタックス・イロージョンの一端が明らかになったのが、2019年6月に発覚したソフトバンクグループ株式会社の、過去最高額といわれる4200億円の申告漏れです。

報道によると、子会社の株を関連ファンドへ現物出資した際、取得価格と時価評価の差額、約1兆4000億円の損失を計上しましたが、国税局は70%しか計上を認めず、残りの約4200億円について申告漏れを指摘したとのことです。

この件について同社は、こうコメントしています。

「損金算入の時期で見解の相違があり修正申告した。約4000億円は2019年3月期の損金に算入される。所得隠しのような脱税に関わるものではない」(朝日新聞電子版2019年6月19日付)

とはいえ各メディアでも指摘されているように、こうした処理を繰り返して税法上の損金を生じさせてしまえば、継続して税負担を軽減できることになります。

ソフトバンクグループは非常にアグレッシブ(積極的)なタックス・プランニング(税務戦略)を構築している企業なのでしょう。同社の2013年3月期から2018年3月期までの有価証券報告書をみると、2017年3月期(税引前利益:2兆8181億7600万円、法人税等278億8200万円)を除けば、税引前利益は約7778億円から約63億円まで大きく幅がありますが、納付した法人税等は4期とも500万円と同じでした。

税制ギャップが生じるのは、企業による「タックス・シェルター」(課税ベースの隠れ家)の利用も一因です。

もともと「タックス・シェルター」とは、富裕層を対象とした課税逃れの金融商品のことを指していました。単体の商品で近年、話題になったタックス・シェルターといえば、国税庁ににらまれて販売中止へ追い込まれた「節税保険」でしょう。

法人向けの「課税逃れ」の手口

これは主に中小企業の経営者・役員を対象にした保険で、会社が契約者となります。その場合、支払う保険料の全額、または一部を損金として扱えるので、課税対象となる額を減らすことができます。

具体的に仕組みを説明しましょう。高額な保険料を支払う保険商品を契約して、その保険料を損金に計上し、事業から得た利益を相殺すれば、課税ベースを縮小することができます。

それに加えて、退職慰労金の支払いなど、大きな支出があるときに保険を解約すれば、返戻金(期間中に解約すると戻ってくる額)と、その大きな支出が相殺されるので、そのときも課税ベースを小さくできるのです。

これ以外にも不動産売買や設備リース、複雑な金融商品を利用するなど、タックス・シェルターにはさまざまな商品がありますが、基本メカニズムは同じで、課税制度のさまざまな差異を利用して、納税額の減少を図ろうとするものです。これは租税裁定取引(tax arbitrage)といわれます。

当初は個人向け商品だったタックス・シェルターですが、1990年代から法人向けへと移行し、現在では、個々の商品にとどまらず、利益の付け替えや人為的な損失の発生など、課税を逃れるためのスキーム一式をタックス・シェルターと呼ぶようになっています。

そのスキームは多様化しており、同じ企業グループ内で国境を越えた取引を行うことで所得を軽課税国へ移す「移転価格操作」や、税に関する国同士の取り決めである租税条約の隙間を狙う「トリーティ・ショッピング」(条約あさり)、増資の際に株式発行より借り入れを増やして損金を多く算入する「過少資本」など、さまざまな手口があります。

アメリカではタックス・シェルター・ビジネスが発達しており、投資銀行、会計事務所、弁護士事務所などが、オーダーメイドのスキームを考案していると聞きます。なかでも最もアグレッシブなタックス・シェルター(タックス・プランニング)のスキームを大々的に販売しているのは、会計事務所だと見られています。

1200億円を勝ち取った日本IBM

また、グローバル企業にも税務会計のエキスパートがいます。こうしたプロがひねり出すスキームだけに、不適正と認められるケースは、そうそうありません。日本では、東京国税局から約3995億円の申告漏れを指摘された日本IBMの持ち株会社が、約1200億円の追徴課税の取り消しを求めて訴訟を起こし、国が敗れたことがあります。

このスキームでは、日本IBMの持ち株会社が、アメリカのIBMから購入した、子会社である日本IBM(事業会社)の株を、2002年から2005年にかけて日本IBMへ売却(つまり日本IBMが自社株を購入)した際、約3995億円の損失を計上。この持ち株会社は、子会社の日本IBMと連結納税していたため、日本IBMの黒字が持ち株会社の赤字と相殺され、グループ全体の法人税負担を大きく減らしたのです。

これに対して東京国税局は、こうした取引には経済合理性がないとして約1200億円を追徴課税しましたが、1審、2審とも言い分が認められず、2016年に最高裁が上告を退けたため、IBM側が勝訴しました。なお、IBMの採用したスキームは2010年度税制改正で、禁止されました。

本来、納付されるべき税額と、実際に納付されている額との差である、税制ギャップが生じているのは、日本だけの問題ではありません。その背景には、デジタル化が進み、グローバルな規模で展開される新しいビジネスに対して、世界各国の税務当局が対応できていないという大きな問題が横たわっています。

例を挙げましょう。税の世界では、「恒久的施設(PE=Permanent Establishment)なければ課税なし」という国際的なルールがあります。

この「PE」とは、事業を継続的に営むため必要な支店や工場といった設備のことですが、外国法人などが日本で事業を行っても、日本国内にPE(恒久的施設)がない場合は、その外国法人の事業所得は、日本で課税されることはありません。

ところがデジタル経済の発展した現在、電子商取引(ネット通販)や、映像や音楽などのコンテンツ、個人情報などが価値の源泉となっているビジネスモデルが幅をきかせています。

インターネットによるオンライン取引では、支店や工場などがなくても、日本で利益を上げることは可能です。国境を越えて展開されるビジネスに対して、従来型の原則では十分に課税できていないのです。

2019年6月、福岡で開催されたG20の経済閣僚会議では、GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)といった巨大IT企業の租税回避行為への対応策が主要な議題となり、新たな国際ルールを取りまとめることで合意しました。

また、首脳陣が集まった大阪での2019年のG20でも主要テーマになっていたことでわかるように、グローバルに事業を展開するIT企業への「デジタル課税」は世界的にも大きな問題になっています。

税務調査の能力は低下、人員体制も不十分

税制ギャップが生じる要因には、いま述べたデジタル課税の問題に加えて、「タックス・ギャップ」(税務執行の不適正)があります。これは税務の執行が徹底されていない状況を意味します。


このタックス・ギャップが、巨額の税制ギャップ、すなわち法律に「書かれている税制」と、実際に「行われている税制」との乖離を生み出しているのです。

私は国税局OBではありますが、現在の日本の税務行政の質が低下していることを指摘せざるをえません。対象納税者数の増加や、複雑化した税務会計、続々と登場する新しいビジネスモデルなどへ十分に対応できる体制が整えられているのでしょうか。

OBとしては、はなはだ心もとない思いです。十分な職員数も確保できていないようですし、職員の税務調査能力も低下しているように思えてなりません。

とくに納税者に対する実地調査は極めて低調です。法人企業のすべてについて3年に1度は必ず実施してきた往時と比較すると、著しく低レベルだといえます。それゆえ多くの課税漏れが放置されており、適正な課税がなされていないのです。