中学校2年生の時のクラスにスゴい奴がいた。体育の幅跳びの授業で着地したとき手首を骨折し、3か月ほどで治した直後に盲腸になり、手術を余儀なくされた。退院した後しばらくして、授業中に自宅が火事になった。かと思ったら火事になったのは隣の家で、彼の家は水浸しになったが無事だった。

 

 

最後の最後で救われる人

ツイているとは言い難い。しかし彼は何が起きても特にヘコむでもなく、淡々と生きていた。実際はそんなことはなかったのだろうが、あまりにも短い時間の中であまりにもいろいろなことが起きるのを、むしろ楽しんでいるようにさえ見えた。特に明るいタイプではなかったが、いつも静かにニコニコしていた。中学生にしてはどこか超然としていて、打たれ強いというか反発力が高いというか、そういう資質を感じたことを覚えている。

 

危ないほうを選ぶ生き方

こういう人は、自分でも知らず知らずのうちにあえて危ない道を選んでしまうのではないだろうか。誰もが「危ないな」と感じる方をなんとなく選んでしまうのだ。危険な目に遭えば、もちろん人並みの恐怖を感じる。それなのに、まるでお約束のように、次はもっと危ない方向に進んでいってしまう。

 

この原稿で紹介したいのは、まさにそういう人が書いた本だ。危ない目に遭った話ばかりなのだが、しれっとした言葉遣いで淡々と書かれているので、ある程度読み進んだところで感覚が麻痺する。自分の身の上に起きたらすごく困るし、自ら選んでしようと思う体験では決してない。だからこそ、読み手の目にものすごく魅力的に映る。

 

 

ハンドキャリーという仕事

『食べた! 見た! 死にかけた! 「運び屋女子」一人旅』(片岡恭子・著/講談社・刊)は、“ハンドキャリー”というある種特殊な仕事を軸に繰り広げられるドキュメンタリーだ。この仕事について触れておいたほうがいいだろう。日本企業の海外工場で、特定の部品が足りなくなったら、生産ライン全体がストップしてしまう。そういう事態を避けるために、あらかじめ部品を運んでおくわけだが、こういう時に品物を受け取って飛行機に乗り、現地の工場まで手で運ぶという人をハンドキャリアーという。

 

この仕事をするにあたって有利だったのは、片岡さんが英語とスペイン語ができることだった。そもそも南米に行きたいと思って、スペイン語を学びにスペイン向かったことが、“ふつうではない側”の人生が始まりとなった。

 

 

壮絶体験 A GO GO

片岡さんが訪れた国々を紹介しておく。スペイン、グアテマラ、アルゼンチン、ボリビア、ペルー、ベネズエラ、メキシコ、フィリピン、インド。何らかのバイアスがかかったものの見方はしたくない。そうはしたくないけれども、スペイン以外は危険な香りがする国ばかりだ。ただ、筆者が比較的マイルドな印象を抱いていたスペインで“首絞め強盗”に遭ったことから、ふつうではない人生が予想以上のスピードで転がり始める。

 

工事用のフェンスでおおわれていたピソ(集合住宅)に入ったとたんに、後ろから首に腕が回り、羽交い絞めにされた。声にならない声を上げたことと、背後の犯人を蹴ろうとして宙に浮いた足をばたつかせたことはよく覚えている。気絶していたのはほんの数分だったと思う。腰のあたりの冷たさに目を覚ますと、泊まっていた民宿が入っているピソの入り口で伸びていた。

『食べた! 見た! 死にかけた! 「運び屋女子」一人旅』より引用

 

すごいなぁと思うのは、片岡さんの運の良さだ。ポケットが切り取られて―つまり犯人は刃物を持っていたわけだ――キャッシュカードとクレジットカードを入れていた財布を取られただけで済んだのだ。気絶するタイミングが遅れていたら反撃してしまい、犯人が逆上して刺されていたかもしれない。

 

 

耳が!!

危険は強盗に限ったものではない。ボリビアでは、耳がもげる(?)という強烈な体験が待っていた。

 

あるとき、宿で服を脱いだらなにかが落ちた。床に落ちているものを見て「わーっ!」と大きな声を上げた。それは自分の耳だった。あわてて手で確認すると耳はあった。手にはべったり血がついていた。恐る恐る耳を拾い上げると耳の形のとおりに日焼けで皮がむけていた。

『食べた! 見た! 死にかけた! 「運び屋女子」一人旅』より引用

 

ボリビアという国は、高地では日差しが強くて熱いのに、風は冷たいらしい。だからこういうことが起きるのだろう。首絞め強盗に遭ったり、耳がもげたり…。すでに十分大変なのに、片岡さんはさらに、あえて危険なほうの道を選び続けてしまう。

 

 

グルメ情報も盛りだくさん

この本の魅力は、読者がしたくてもできない危険な体験のエピソードだけではない。訪れる土地のおいしいものの紹介も見逃せない。筆者が特に惹かれたのが、アルゼンチンのアサード(焼肉)と、片岡さんの言葉を借りれば“レベルがものすごく高いホットドッグ”、チョリパンだ。

 

危険な話とおいしいものの話が交互に繰り出され、いやおうなしに読み続けてしまう。恐怖と美味に反応する脳中枢が刺激されっぱなしになる、ある意味とても贅沢な一冊。

 

 

【書籍紹介】

食べた! 見た! 死にかけた! 「運び屋女子」一人旅

著者:片岡恭子
発行:講談社

感電、強盗、遭難、誘拐、食中毒、拘束…あげくに耳がもげた?!たまったマイレージ100万マイル、運び屋女子の強烈一人旅!

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