前回に引き続き、漫画家・サシダユキヒロさんに「障害者になってしまったとき」にどういった心がけをすればいいのかお話を伺った(写真:Rich Legg/iStock)

2015年冬、漫画家・サシダユキヒロさんは、「ひき逃げ」に遭遇し、 左手足に障害を負った。障害等級(レベル)4。“社会での日常生活・活動が著しく制限される”ほどの後遺症が残り、左足には歩行を補助する装具が欠かせず、今も杖なしでは歩くこともままならない。

「障害を負ったことで、これまで当たり前にできていたことができない。日常生活が、これほどまでに変わってしまうとは夢にも思っていなかった」

自分は大丈夫だろう――。はたして、100%そう言い切れるだろうか? もしも自分の体に後遺症が残るような病気や事故に遭遇したとき、私たちはどう社会と向き合っていけばいいのか。健常者から障害者になった当事者だからこそ気づいた、「まだまだ障害への理解が不十分」という現状について、言葉を紡ぐ。

「例えば、歩きスマホ。向こうから視線を下にしたままスマホを操作している人が歩いてくると、本当に怖いんです。身体が不自由なので、気づいたときには避けることが間に合わないときもある。雨の日などは、スマホを持つ逆の手に傘などを持っているため、杖が弾き飛ばされることもある。僕自身、障害を負うまでは気がつかなかったことなので、自戒を込めて反省するとともに、日常のささいな不注意が、障害者にとっては大きな恐怖につながっていることを知ってほしい」

人が多い場所には怖くて近寄れない

2016年4月1日、障害者差別解消法が施行され、障害者への差別の禁止や、合理的配慮の提供が求められるようになった。しかし、今年NHKが実施したアンケートでは、「今の日本の社会に障害のある人への差別や偏見があると思うか」との問いに、「かなりある」が18%、「ある程度ある」が60%、実に約8割の人が「ある」と感じていることが明らかになった。

「障害を負ってから最初の1年ほどは、新宿や渋谷のような大きな街には恐ろしくて行くことができませんでした。不自由な身体である以上、人が多ければ多いほどリスクが高く、対人への恐怖心が募るんです」

つい先日も、青森市営バスの運転手が、バスに乗車しようとした車いすの40代女性に対し、「事前に電話しろ」と発言し、乗車を拒むような言動をしていたことが発覚した。公共の乗り物だからこそ理解が必要なはずなのに、いまだ社会の理解は深まっているとは言いがたい。

「タクシーの乗車拒否なども散見されます。ですが、中には障害者手帳を見せずに『俺は障害者だ』と言い張って割引を迫る乗客もいると聞きます。また、料金確定後に手帳の提示をすると、再度料金を打ち直す必要があるなど、オペレーションの部分で齟齬が生じてしまうケースもあります。そういった煩わしさを敬遠して、溝が大きくなってしまうことはあると感じています」

無関心、無自覚も「痛み」に変わる

輪をかけて、「関心のなさ」を痛感する機会も少なくないという。


サシダユキヒロ/漫画家。2008年「Flex Comix」にて「Face to Fake」でデビュー。2009年「Flex Comix」にて「スターティングオーバー(指田行弘/名義)」で初連載。連載終了後2010年7月に脳腫瘍で倒れ、2015年2月に今度はひき逃げに遭い、身体障害者に。それらの体験を『俺は2度死ぬ』というタイトルでエッセイ漫画にしTwitter等で発表。それがまとめサイトにてPV数が25万を超え(2019年6月時点)書籍化へ。現在も障害を抱えた身体で執筆を続けている。

「電車の優先席付近に立っていても、何も起こりません。いちべつしたのに、『大丈夫だろう』と思うのか動かない……。僕は、ヘルプマーク(周りに援助や配慮が必要であると知らせるマーク)を杖に付けているのですが、そもそもヘルプマークの存在を知らない人が多いので、『30代っぽいし、大丈夫か』と動いてくれない。大丈夫じゃないから付けているのに!(笑)。そういった人たちは、自分が差別したり偏見を持ったりしているとは思っていないでしょう。でも、障害者からすると、無関心、無自覚も痛みに変わってしまうんですよね」

先のNHKのアンケートでは、もう1つ、「自分自身に障害のある人への差別や偏見があると思うか」とも尋ねている。その結果、「かなりある」は3%、「ある程度ある」は22%にすぎなかった。対社会に関しては、約8割が差別や偏見があると回答しているにもかかわらず、自分の話となると「そうは思っていない」と4人に3人が答えている。

「自分もそう感じていたかもしれません。でも、当事者になると全然違うんだなって。差別や偏見をなくすだけが、障害者への理解にはつながりません。障害者に対する個人への理解をうたうなら、社会が率先してアップデートするような仕掛けを作らないと、なかなか難しいのではないかと思ってしまいます」

そういった現状を踏まえ、サシダさんは、何かに頼ること以上に、自立をしなければいけないと悟ったという。


「駅でもホームの端にエレベーターがあるなんてことはざらです。ですから、現在僕は、エレベーターなしのマンションの3階で一人暮らしをしています。近隣に両親が暮らしているため同居することも考えましたが、親が死んだときに、その甘えのツケが回ってきそうで不安でした。今のうちから極力、不自由ながらも自分の身体で動く習慣をつけておかないといけないだろうと。多少強引かもしれませんが、こういった判断ができたのは、いざとなったらサポートしてくれる友人や家族がいるおかげです。無援で社会に放り出されていたらと思うと……想像もしなくたいですね(苦笑)」

「2度目のパラリンピック」だからこそ

現在、サシダさんは、かねてから親交のある福本伸行先生(代表作に『賭博黙示録カイジ』『銀と金』など)のアシスタントとして漫画家活動を送る。2018年2月からは、Twitter上で生死をさまよった話や障害者として感じたことなどを漫画として発表している。

「おこがましいかもしれませんが、障害が残った自分だからこそ気がついた視点や、健常者との差異などを発信していきたい。障害に対する寛容さや理解が不十分と感じるからこそ、漫画という形でわかりやすく伝えていければ。不幸中の幸いだったのは左手ではなく、漫画を描いてきた右手には障害が残らなかったということ。勝手に使命を感じて(笑)、健常者と障害者の懸け橋となれるような作品を作れたらと思います」

来年は、東京でパラリンピックが開催される。実は、1964年東京オリンピックの際に、初めて「パラリンピック」という名称が採用されている。つまり、東京は第1回目の都市としてパラリンピックに臨み、2020年は同じ都市でパラリンピックが開催される“初のケース”となる。2度目のパラリンピック、その意味はとてつもなく大きい。ホスト国として、一人ひとりが障害に対して正しい理解を持つこと。無関心、無自覚を止め、われわれもきちんと向き合わなければいけない。