今年のノーベル化学賞がリチウムイオン電池を開発した旭化成の吉野彰名誉フェローに贈られることが決まった。リチウムイオン電池が高く評価されたという。地道な研究が栄誉につながったものと拍手喝采したい。

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リチウムイオン電池は従来の電池より小さく軽くて電圧も高い。充電しながら繰り返し使える。ソニーが91年に初めて製品化し、当初は安全性に課題もあったが、携帯機器で普及した。東芝や旧三洋電機なども製品化。日本のエレクトロニクス関連企業の結晶ともいえる商品に育ち、世界で高いシェアを占めた。この分野は、2010年ごろまでは日本メーカーがリードしたが、その後、韓国、中国メーカーが台頭し市場での立場が逆転した。

日本企業に所属する研究者の受賞は2002年に化学賞をとった田中耕一島津製作所シニアフェローに次ぐ2人目。吉野氏も田中氏も1980年代の業績で、大手メーカーが中央研究所を設け、将来の応用を見据えて基礎研究にも力を入れていた時代だった。2014年の物理学賞を受けた中村修二・米カリフォルニア大教授も日亜化学工業在籍時の成果が対象だった。この時代は、企業が研究者に裁量を与え、研究者がじっくり研究に取り組める雰囲気があったと思う。

科学研究の実力は国力の反映と言える。2000年以降、今回で19人を数える日本の科学者の受賞ラッシュは、80年代の日本の豊かさを象徴していると思うが、日本の研究力の勢いがこのところ失速気味なのは残念なことである。優れた論文の数からみる実力は各分野で低下。基礎研究の拠点となる大学のランキングもじり貧状態に陥っている。

日本企業の内部留保は2018年度で463兆円に達し、7年連続で過去最高を更新中だ。多くの資金を内部にため込み、研究開発や人材投資に消極的なようにみえる。日本企業は内部留保をもっと研究開発に投入する必要があろう。業績が回復し潤沢な手元資金がある日本企業にとって、基礎研究への投資を増やす余力はあるはずだ。

開発サイクルが短くなり、研究者が時間をかけてアイデアを温めている余裕がなくなり、イノベーションが生まれにくくなっているのも事実である。発明を報奨する制度などの対価も研究者にとって手厚いとはいえず、研究者の動機付けや意欲をそいでいる面も否定できない。

さらに重要なのは進取の気性に富んだ企業を増やすことだ。人工知能(AI)など先端分野の若い研究者は昔に比べると大企業志向が薄れ、スタートアップ企業などに活躍の舞台を求める人材が増えている。失敗を恐れずに挑戦する若い頭脳を後押しする社会の雰囲気づくりも大事になる。

従来のような企業防衛的な姿勢を取り続けるだけでは、世の中を変えるような大きなイノベーションは生み出せない。リチウムイオン電池に注目が集まる今回の受賞をきっかけに考えるべきことは、日本のメーカーが大切に育んできた技術開発の土壌をいかに保持・拡充していくかである。

政府や産業界は大学などの研究開発に短期間で目に見える成果を求めがちだが、ノーベル賞級の研究を育むには腰を据えてじっくり取り組む研究を促すことが重要だと思う。
その戦略のコアになるのが「人材」であり、人材をつくり、育てるのが教育である。国際競争力の基盤をつくる「教育」への情熱こそが、日本が競争力を回復する鍵である。日本も産官学連携の下、企業や大学の改革や人材育成を進めなければ、世界に後れを取ることは確実だ。国も企業も大学も「人づくり」を急がねばならない時期に来ている。
<直言篇101>

■筆者プロフィール:立石信雄
1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。SAM「The Taylor Key Award」受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。