イーグルスの故グレン・フライ

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2020年に『ホテル・カリフォルニア』のアルバム全曲を演奏するツアーを発表したイーグルス。1976年の発売直後に行ったライブ映像を振り返る。

9月下旬にラスベガスで試運転を行ったイーグルスは、彼らにとってランドマークとなる1976年のアルバム『ホテル・カリフォルニア』を全曲演奏するツアーを2020年に行う計画を発表した。このツアーは2月7日のアトランタで幕を開け、4月18日のカリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムで幕を下ろす予定だが、ツアー終了前に追加公演が発表される可能性は極めて高い。

ラスベガスで行った通りのステージを披露するのであれば、まず同アルバムの楽曲を収録順に 全曲演奏し、短い休憩を挟んだあとでヒット曲オンパレードの長いセットを行う。この後半のセットでは、「テイク・イット・イージー」、「言いだせなくて」、「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」などの他に、ジョー・ウォルシュの「この人生に賭けて」やドン・ヘンリーの「ボーイズ・オブ・サマー」などのメンバーのソロ曲も披露される。

イーグルスはレコード業界のどのアーティストよりもアルバム売り上げ枚数が多いが、『ホテル・カリフォルニア』は最も人気の高いアルバムのままで現在に至る(厳密にいえば、彼らのアルバムで最も売れたのは『イーグルス・グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』で、全世界で5100万枚以上だ)。タイトルトラックはギタリストのドン・フェルダーがカセットテープに録音したデモ音源で始まる。

「あれはシンプルなデモだった。アルペジオで弾くギターコードとホーンのようなサステインのあるフレーズで、リズムは4拍子のドラムマシンのシンプルなパターン」と、ドン・ヘンリーが2016年にローリングストーン誌に語った。「そこにラテン風のパーカッションが入っていたかも。俺は夜にベネディクト・キャニオン・ドライブか(ビバリーヒルズ・ホテルに隣接する)ノース・クレセント・ドライブを車で走っていたときに、あの曲を初めて聞いた。そのとき『これにはポテンシャルがある。これを使って興味深い楽曲を作らねば』と思ったのを覚えているよ」と。

同曲の歌詞のほとんどはヘンリーが書いた。2016年にヘンリーは「グレン(・フライ)がとても重要な歌詞を作ったことを知ってもらうのが重要だと思う。彼が作った歌詞は、グレンがよく言っていた『完璧な曖昧性』を歌に持たせているし、歌詞の解釈の幅が本当に広くなった。かなり風変わりな解釈も見たことがある。それに、なぜだか分からないけど、この曲は世界中の人々の心に響いた」とも述べている。

ここで紹介する動画は、アルバムをリリースして3ヵ月後の1977年3月21日に、ワシントンDCのキャピトル・センターでイーグルスが演奏した「ホテル・カリフォルニア」だ。ちなみに、彼らが来年ステージで披露する同曲はこれとはかなり趣が異なる。このコンサートのあとでベーシストのランディ・マイズナーが抜け、2001年にドン・フェルダーが解雇され、グレン・フライが2016年に他界したからだ。アルバム『ホテル・カリフォルニア』で演奏したメンバーで、残っているのがドン・ヘンリーとジョー・ウォルシュのみで、ベーシストのティモシー・B・シュミットは1977年後期にバンドに参加している。

ドン・ヘンリーはグレン・フライが死んだあとにイーグルスは引退すると言っていた。「続けるなんて強欲か何かに思えてしまう。やけくそな感じすらする」と言っていたが、グレンの息子ディーコンがイーグルスにすんなりと馴染んで練習する姿を見て、その考えを変えた。その後、彼らはディーコンと共にライブを行うようになり、2017年にグレンの声をヴィンス・ギルが歌って世界ツアーを行った。