ホアキン・フェニックス

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…前編「両親はヒッピー、カルト集団の中で育った少年」より続く

【この俳優に注目】ホアキン・フェニックス/後編
「お前は僕より有名になる」という兄の予言

そんな中で、突如俳優を引退&ラッパー転向を宣言して世間を騒がせたのは2008年のこと。そうは言っても彼が演技を捨てられるはずはない、数年後には撤回してカムバックするに違いないという見方が大半だったが、その後トーク番組などで見せた奇行の数々やライブ会場での乱闘騒ぎなども含めて、2010年公開の『容疑者、ホアキン・フェニックス』のための仕込みだと気づく人はいなかった。当時、義弟(妹サマーと結婚していた)だったケイシー・アフレックが監督を務めたフェイク・ドキュメンタリーは種明かしと同時に顰蹙を買い、のちにアフレックがセクハラで同作の撮影スタッフだった女性2人から訴えられる事態も起きた。

『容疑者〜』について賛否は分かれるが、誰もが認める実力がありながら、結局私生活ばかり面白がられてきたホアキンにとって、一種の厄払いになったのではないかと思える。それほどに、2010年代以降の彼のフィルモグラフィは充実しているのだ。

ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』(12)では2度目のオスカー主演男優賞ノミネート、同監督の『インヒアレント・ヴァイス』(14)、スパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』(13)、昨年のカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した『ビューティフル・デイ』(17)、ジョン・C・ライリーと兄弟を演じた西部劇『ゴールデン・リバー』(18)など、枚挙にいとまがない。ウディ・アレン監督の『教授のおかしな妄想殺人』(15)も本領を発揮した1作だ。この監督に起用される多くの俳優は “ウディ・アレン仕様”の演技になりがちだが、ホアキンはそうはならず、独特の空気感で存在し、いかにもウディ・アレンらしい物語に新鮮なトーンを吹き込んだ。

ホアキンは9月にトロント国際映画祭でTIFFトリビュート俳優賞を受賞した。スピーチで彼は「15歳か16歳の時、仕事から帰ってきた兄のリヴァーが『レイジング・ブル』のVHSを持ってきて、僕に見せました。翌朝もう一度見せて『また役者をやれ。これがお前の仕事だ』と言いました」と語った。「やってほしいというお願いではなく、やれという命令でした。恩を感じています。演じることは私に素晴らしい人生を与えてくれたからです」。ちょうど『バックマン家の人々』が公開され、リヴァーがキアヌ・リーヴスとガス・ヴァン・サント監督の『マイ・プライベート・アイダホ』(91)を撮影していた頃だ。他の兄姉妹に似せた芸名を本名に戻すように勧め、「お前は僕より有名になる」と予言したという。ホアキンが公の場で兄について語るのは滅多にないことだった。

インタビューなどで過去の発言を引用されると、彼はよくそれを否定する。何か発言して、しばらく経つと「あれは嘘だ」と言い、さらに「実は本当だった」と覆し、最終的に「やっぱり嘘なんだ」と言う。現実と虚構を混在させて煙に巻くのは彼なりの保身術でもあるだろう。

以前は演じる役柄を引きずりやすく、『ウォーク・ザ・ライン〜』撮影後は、アルコール依存症の更生施設に入所した。だが、今は役と自分を切り離し、撮影が終わればすんなり元に戻る。『ドント・ウォーリー』(18)で2度目の共演をしたのをきっかけに交際が始まったルーニー・マーラとは今年婚約した。

私生活が充実すると、それまでの魅力がまるで魔法が解けたように消えてしまう人もいる。だが、彼には関係のない話だ。誰よりも早く、それに気づいていたのはリヴァーだったのかもしれない。(文:冨永由紀/映画ライター)

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。