晴天時の日産スタジアム。今大会で決勝・準決勝を含む計7試合が開催される。大雨が降ると日産スタジアムや新横浜公園は浸水するおそれがある(写真:kazukiatuko / PIXTA)

日本列島に超大型の台風19号が接近している。12日から13日にかけて非常に強い勢力を保ったまま東海地方または関東地方に上陸する見込みだ。記録的な暴風雨も予想され、大雨特別警報を発表する可能性もある。気象庁は、早めの避難や安全確保に努めるよう呼びかけている。

これに伴い、日本各地で3連休に開催予定だったお祭り・コンサート・スポーツ大会など多くのイベントの中止が発表された。

ラグビーワールドカップは2試合中止が決定

「13日の日本戦は大丈夫だろうか」

中でも、ラグビーワールドカップで日本代表のベスト8進出がかかる、スコットランド戦開催を心配する人も多いだろう。

ラグビーワールドカップ2019組織委員会(組織委)は10日、12日に開催予定だったニュージーランド対イタリア戦(キックオフ13時45分/豊田スタジアム)、イングランド対フランス戦(同17時15分/横浜国際総合競技場<日産スタジアム>)の2試合について、台風による中止を決定した。過去8回大会では悪天候などを理由に中止となったことはなく、大会史上初の出来事だ。

「プール戦(予選)に予定されていた試合が開催できない場合、翌日に延期することはせず、試合中止とみなす」という大会規約にのっとった形で、試合の順延・代替地開催は実施しない。引き分けが宣言され、両チームに勝ち点2が付与される(得点記録はなし)。これにより決勝トーナメント進出の可能性があったイタリアは予選敗退となった。

中止された試合のチケットは全額払い戻しされるが、世界最強軍団「オールブラックス」(ニュージーランド)の試合は人気カードの1つであるだけに、大会を運営する組織委にとっても、試合の中止は大きな痛手だ。

日本対スコットランド戦など13日に予定されている4試合の開催について、組織委は台風の通過後に安全性を調査のうえ決定する。台風は13日未明には関東を通過すると予想されており、13日当日の判断ということになりそうだ。試合の中止判断がなされる場合、原則キックオフ6時間前までに告知される。


10月5日のサモア戦でトライを決める松島幸太朗選手(写真:アフロ)

日本対スコットランド戦は13日の19時45分に日産スタジアムでキックオフ予定。超大型の台風であるだけにどの程度の影響が残るのか、予断は許さない。

さらにもう1つ、会場となる日産スタジアム特有の懸念がある。同スタジアムのある新横浜公園が、鶴見川の洪水をためる遊水池であるという事実だ。

遊水池は、川が氾濫した際、川からの水を一時的に流し込み、洪水の被害を低減させる役割を担う。1998年に供用開始された日産スタジアムは、1000本以上の柱で支えられる人工地盤の上に建設されており、川からの水を人工地盤の下に流し込む構造になっている。

日産スタジアム周辺は水害が起こりやすい

鶴見川は東京都町田市から横浜市、川崎市を流れる全長42.5キロメートルの一級河川。管理する国土交通省京浜河川事務所は、鶴見川の特徴として「市街化が進んでいて水害が起こりやすい」ことを挙げる。

市街地を流れるがゆえに川の拡幅やダムの設置は難しい。その中で被害を最小限にするためには洪水を一時的にためる必要があり、遊水池を作ることになった。新横浜公園周辺はもともと低地で、川が蛇行していることもあり、水害が起きやすかった。そうしたことから、2003年に遊水池が設けられた。

運用開始からこれまで20回、新横浜公園には鶴見川からの流水が起きている。最近では今年9月上旬、千葉県を中心に甚大な被害を及ぼした台風15号が上陸した際に、川が氾らんし遊水池への流水があった。

ため込んだ水は洪水が去ってからどれぐらいで排水されるのか。鶴見川の水位次第だが、遊水池への流水量が過去最大だった2014年10月の台風の際には、水が抜かれる(川に排水される)まで2日程度かかった。

今回の台風は過去最強クラスといわれ、広範囲で記録的な大雨が予想されている。日産スタジアムの「水没」は、十分に考えられる。

ただ、遊水池への流水による試合開催への影響はなさそうだ。遊水池として使われるのはスタジアムの1階部分のみで、堤防が設けられている2階以上に影響を及ぼすことは「物理的にありえない」(日産スタジアムを管理する横浜市体育協会)。実際にこれまでスタジアムの運営に影響が出たことはないという。

スタジアム周辺の通路なども、2階以上に整備されているため、アクセス面での影響はない。ラグビーワールドカップで1階部分はテレビ中継車などの駐車場として使われる予定だったが、その代替地もすでに人工地盤上に確保した。1階部分にあった備品などはこれまでの台風対策同様、2階以上に避難させているという。

試合当日、日産スタジアムが「水没」していたとしても、そのこと自体が試合運営に影響を与えることはなさそうだ。ただ、そのスタジアムの様子が世界に配信されることになる。

新国立競技場の「誤算」

実は、この状況は開催前から想定されていた。ワールドカップが開催される9月中旬から11月上旬は、日本における台風シーズンにあたる。もともと、日本開催を大会招致段階で不安視する声はあった。

一方で、招致側には誤算もあった。新国立競技場の問題だ。決勝戦などの重要な試合は当初、東京に建設される新国立競技場で開催される計画だった。その新国立には開閉式の屋根がつけられ、直接の天候問題はクリアされるはずだった。

周知の通り、新国立競技場の当初の整備案は1500億円を超える高額費用に批判が集中し、撤回される。結局、新国立は全天候型ではなくなり、建設そのものもラグビーワールドカップの開催に間に合わなくなってしまった。

代替地となったのが日産スタジアムだ。首都圏で1度に7万人近い観客を収容できるスタジアムはほかにはない。日産スタジアムは当初からラグビーワールドカップが開催される予定だったが、新国立競技場に代わり、決勝戦が開催されることになった。

招致の経緯を知る経済人は「日産スタジアムが遊水池であることは当然ながらわかっていた。決勝戦などはもっと天候影響の受けない施設で開催したかったが、ほかに選択肢がなかった」と振り返る。

もちろん、競技場が天候問題をクリアしたとしても、台風が上陸すればそれだけの問題にとどまらない。市街地への被害や交通機関に障害が発生することで、観客・チーム・ボランティア・その他関係者の安全が十分に確保できなくなる可能性が高いからだ。

この時期の日本開催である以上、台風による影響は排除できないリスク。日本戦の開催も、安全性を最重視して判断すべきなのは言うまでもない。それでも、ファンの理解と大会への熱いサポートがあれば、アジアで初めて開催されたラグビーワールドカップは成功裏に終わるはずだ。