「当日配送」ベンチャーが都内で続々誕生の事情
実店舗で購入した商品を配送する配送会社の配達員(写真:ウィルポート)
消費者向けネット通販(EC)市場が約18兆円に膨らみ、宅配便の取扱数は前年比約1.3%増の43億個超に拡大している(いずれも2018年度)。
配送需要が急増する一方、人手不足や働き方改革を背景に、ヤマト運輸など大手配送会社が当日配送サービスを縮小している。そうした中、アマゾンのように、大手配送会社に頼らず、複数の中小配送会社を束ねることで、当日配送を支援・実現するベンチャー企業が登場している。
AIを使ってすべての物流管理業務を自動化
アスクルが手がける日用品EC「LOHACO」の「On Time便」で深夜・早朝の時間帯の配送を担うサービスが「Scatch!(スキャッチ)」だ。ソフトバンクの子会社であるSBイノベンチャーから2017年5月にスピンオフしたベンチャー企業「Magical Move」(マジカルムーブ)が運営している。
「宅配便はECの配送を前提としたビジネスモデルではない」と語るマジカルムーブの武藤社長(撮影:梅谷秀司)
深夜・早朝便のサービスは、同社の武藤雄太社長(39歳)の実体験から生まれた。「平日の昼間には忙しくて荷物を受け取れないことが何度もあった。再配達はストレスになるし、貴重な週末を荷物の受け取りに使うのももったいなかった」(武藤氏)。
荷物追跡機能にも特徴がある。スキャッチのスマートフォンアプリは、ドライバーの位置情報がリアルタイムで表示できる。「荷物がいつ届くのかを予測できるので再配達が起きにくい。利用者だけでなくドライバーからも好評だ」(武藤氏)という。
独自の強みは、AIを活用した自社開発のシステムにある。これにより配車だけでなく、物量予測からルート最適化まで、すべての物流業務がシステムにより自動化される。武藤氏は「これまでの配送サービスは、何人のドライバーが、どの荷物を、どんなルートで運ぶのかをすべて人力で決めていた。それをシステム化することで大幅に効率化できている」と強調する。
一方、ドラッグストアなどで購入した商品を自宅に届けるサービスを展開しているのが、2015年設立の物流スタートアップ「ウィルポート」だ。柱となる配送サービス「ブラウニー」は、東京や大阪、広島の店舗を中心に300店と提携しており、約20万人の会員が利用している。
ウィルポートの藤原社長は「2020年中に500店舗と契約するのが目標」と意気込む(撮影:ヒダキトモコ)
セールスポイントは、注文から3時間以内に荷物を届けるスピード配送だ。過去には最短2時間配送の「アマゾン・プライムナウ」の配送を受託していた実績もある。藤原康則社長(59歳)は「常時300人ほどのドライバーが稼働しており、店舗から半径2キロ圏内における荷物の配送をこなしている。迅速かつ効率的な配送のカギは、自社開発の配車システムにある」と語る。
配送費用を負担しても実店舗にはメリット
流れはこうだ。レジでスキャンされた商品は、ウィルポートの配車システムに自動的に登録される。各エリアを担当するドライバーは、スマートフォンのアプリ上に表示される配送依頼を受け、直接店舗まで荷物を取りに行き、会員の自宅に届ける。
ユーザーが負担する配送料金は100円。配送費用の多くは店舗負担だが、藤原氏は「配送サービス利用者は平均購買単価の4〜5倍ほどの商品を実店舗で購入する。(実店舗にとっては)コスト以上のメリットがある」と話す。
配送サービスを使えるのは会員のみ。消費者は提携する実店舗での決済時に、ウィルポートの会員カードを提示すれば、配送サービスを利用できる。会員カードに住所情報が登録されているため、消費者が配送伝票を記入する必要はない。「手軽に商品の配送依頼ができるので、月間の利用件数は2019年8月時点で3万9000件、前年同月比3割弱ほど伸びている。店舗にとっても荷物情報を登録したり、伝票を管理したりする必要がないのは大きい」(藤原氏)。
マジカルムーブやウィルポートなどの物流企業が当日配送サービスを展開する一方、荷主側も独自に配送網を構築し始めている。2018年9月から生鮮品ECモール「クックパッドマート」を開始したクックパッドだ。2019年9月末時点で地域の生産者ら47店舗が生鮮品を出品しており、店舗によって異なるが、朝8時までに注文を完了すれば当日中に配送してくれる。
同事業を統括するクックパッド買物事業部の福粼康平本部長(28歳)は「注文が入ったその日のうちに食材の鮮度を落とさずに届けるには、自社で配送を管理する必要があった」と話す。
都内など30カ所に設置されているマートステーション(写真:クックパッド)
配送作業は中小の配送会社に属するドライバー十数人に委託し、毎日商品を配送している。IoTデバイスで車両内の温度管理を徹底するなど、鮮度保持への意識は高い。
クックパッドマートでは1商品しか注文しなくても配送料は無料。「気軽に毎日使ってもらえる生鮮食品ECを目指すうえで送料ゼロは不可欠」(福粼氏)だからだ。
過去に「やさい便」という宅配サービスを手がけていたが、配送コストが重く、2016年8月に終了した。そこで配送コストを抑えるために、事前に決定した道順に沿って商品を届ける「ルート配送」を配送方法として採用した。
都内など30カ所の「冷蔵庫」に配送
消費者が注文した商品は、自宅ではなく、指定した「マートステーション」と呼ばれる冷蔵庫に配送される。マートステーションは現在、東京23区と神奈川県川崎市・横浜市内のカラオケ店やドラッグストアなどに計30カ所設置されている。
店舗からの商品配送はクックパッドが代行しているが、それぞれのマートステーションを巡回して配送すればよいので、宅配と比べて配送効率がいいという。「そもそもターゲットである共働き世帯は、荷物を対面でなかなか受け取れない。配送コストを抑えるためにも、生活圏内に設置したマートステーションへ配送するモデルを形にした」(福粼氏)。
自社で配送を管理するのはコスト抑制のためだけではない。ユーザー満足度の向上や出品者の営業支援のため、マーケティングデータの活用を進めている。「クックパッドマートに出店する出品者の売り上げを伸ばすためには、商品の売れ行きなどのデータを踏まえながら、どのステーションにどんな商品を配送するか、考える必要がある。そのためには配送を自社で管理して、商品をトレース(追跡)しなければならない」(福粼氏)という。
人口密度の高い都市部では新興の配送サービスが勃興してきている。いかに効率的に、ニーズに合った配送サービスを提供するか。そうした動きは大手宅配事業者にとっても無視できないものとなりつつある。