NHK朝ドラで「肉親の死」が目立たなくなってきたことの意味

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最後まで元気だった『なつぞら』のじいちゃん

新しい朝ドラ『スカーレット』のヒロインは昭和12年生まれである。

前作の『なつぞら』の主人公と同い年だ。

『なつぞら』のなつ(広瀬すず/子役は粟野咲莉)が9歳で北海道へ移り住んだのと同じく、『スカーレット』の川原喜美子(戸田恵梨香/子役は川島夕空)も9歳で滋賀の信楽へ移り住んでいる。タヌキと出会い、信楽焼と出会う。

『スカーレット』ではいろいろと屈託のありそうな父を北村一輝が演じ、やさしくあったかい母を富田靖子が演じている。

祖父母はいなさそうだ。

『スカーレット』でヒロインと対立するのなら、おそらく父だろう。彼は幼い喜美子が絵がうまいことにあまり関心を抱いてなかった。

朝ドラでは、家族内の誰かと軽く対立して、お話が進んでいくことが多い。

前作の『なつぞら』(2019年4月開始)は実の父母がいない“孤児”という珍しい設定だった。死んでしまった父が内村光良(声で出演していた)、空襲で死んだ母は戸田菜穂。彼女は回想シーンで少し出てきただけだったが温かさに満ちていた。

その代わりの育ての母が松嶋菜々子、父が藤木直人で、おもいだすだけでほっこりするやさしい養父母だった。

主人公なつと軽く対立していたのは、養祖父(養母の父)の草刈正雄である(役名だと柴田泰樹だが、だいたいじいちゃんと呼ばれていた)。引き取られた9歳の女児に、他人だから働け、と言い放っていた。自分に厳しく、他人にも厳しい人だった。そういう人がそばにいてくれると人生が助かる。最初は厳しかったじいちゃんに認められることこそが、ヒロインなつの人生でもあった。そういう人生はいろんな意味で素晴らしい。

朝ドラでは、最初からいた祖父母は、だいたい途中で亡くなるものである。

でもじいちゃん草刈正雄は、最終話まで元気だった。最後は、草むらで横になって目を閉じていたが、べつだんあれは亡くなった暗示ではないだろう。あのあとすぐ眼を開いて、よっこいしょと立ち上がってまた牛舎に戻っていったとおもう。

死ななくなった高齢者

『なつぞら』は昭和22年から始まって、昭和50年までを描いていた。

ヒロインのすずが9歳から38歳くらいまで。

じいちゃんはだいたい60歳すぎで登場して、90歳まで元気だったことになる。

90歳。

むずかしいところである。放送されたいま2019年では90歳の老人というどこにも珍しさのない存在だけれど、昭和50年ころだと、少なくとも私の記憶だと、90歳はかなり珍しい長寿の人ととらえていたとおもう。ドラマを見ていて、最後のほうは、もう、じいちゃんが死んでしまうのではないか、とどきどきして見ていた。

NHKの朝の連続テレビ小説でも、老人が死ななくなった。

少女時代からの女性の半生を描きながら、ヒロインより50歳年長の老人が最後まで死ななかったというのが、いかにも令和のドラマらしいとおもう。

『なつぞら』の前作『まんぷく』(2018年9月開始)では、ヒロイン安藤サクラ(福子)の母・松坂慶子(鈴)が最後まで死ななかった。

ドラマの終盤では大病を得て、亡くなりそうな気配もあったのだが、そこで“生前葬”を執り行い、そのあと元気だった。

『まんぷく』の舞台は昭和13年から昭和46年あたりまで。主人公は、スカーレット&なつぞらより17歳ほど年上になる。松坂慶子の役はドラマの最後ではだいたい80歳あたりだったことになる。

前作から急に(令和に入る前後から急に)朝ドラの老人が死ななくなったような印象がある。

深刻じゃない死、伝聞の死

朝ドラヒロインの直系尊属について、少しさかのぼってみる。

その前作は『半分、青い』だった。(2018年4月開始)。

舞台は昭和46年から平成23年あたり、つまり1971年から2011年の物語である。

父(滝藤賢一)も母(松雪泰子)も死なない。まあ、主人公が40代で終わった劇だからね。ただ、祖父(中村雅俊)と祖母(風吹ジュン)は死んだ。 

風吹ジュンは最初のころだけ少し出演して、すぐに昇天、そのあと空から見守るおばあちゃんとして声(ナレーション)で出演した。

祖父はかなり元気で、でも118話、物語が2008年まで進んだところで死んだ。

ヒロインが開く「五平餅の店」の名前をおもいつき、それをひ孫(ヒロインの娘・かんちゃん6歳)にだけ明かして亡くなった。家族がその店名を幼い娘から聞き出すさまがコミカルに描かれ、祖父の死があまり深刻な展開にならなかった。あのあたりは見事だった。

もうひとつ遡ると、2017年秋『わろてんか』。舞台は明治35年から昭和21年まで。つまり1902年から1946年。けっこう古い時代設定である。

ここではヒロインの父(遠藤憲一)が途中で死ぬ。47話だからだいぶんと早い。ただ、ヒロインは駆け落ち同然に家を出たので勘当状態、店の者からそういう知らせを受けただけである。伝聞での父の死であった。

その前の2017年春『ひよっこ』は、これは昭和39年から昭和43年あたりのお話、1964年から1968年というかなり狭い時期を舞台にしていた。父(沢村一樹)も祖父(古谷一行)も死なない。まあ、7年ほどの話だからね。ただ、父は一時、失踪する。それをヒロインが探す。おもいだすたにせつなくなるドラマだったが、とりあえず、肉親は死ななかった。死なないからせつなかったんだな、とあらためておもう。

死が「説明」だけで終わる

2016年秋は『べっぴんさん』だった。舞台は昭和9年から昭和59年、1934年から1984年あたりである。ヒロインは最後すごい老け役になっていたが、いちおう50年しか経っていない設定である。朝ドラにしては珍しく、あまり両親に反発しないヒロインだった。

事業家でもあった父(生瀬勝久)は109話で亡くなった。ヒロインたちとは別の場所で暮らしていて、雪の日に静かに死んでいくシーンが描かれていた。そのあとヒロインは父のもとに駆けつける用意をするが、葬式は描かれない。

2016年の春『とと姉ちゃん』、昭和5年から昭和63年、1930年から1988年が舞台。
とと姉ちゃんというタイトルどおり、父の代わりをしたヒロインが主人公だった。父(西島秀俊)は第1話では元気だったが、3話から身体が悪くなり、5話で病死した。父の死から始まるドラマでもあった。

母方の祖母(大地真央)にいっとき世話になる。祖母は戦争中に療養地で死んだ(伝聞による死)。またヒロインの母(木村多江)はドラマの終盤(全156話中147話)で亡くなった。母は、ナレーションによる「亡くなったのは10日後」という説明死であった。

2015年秋『あさが来た』では幕末の安政3年から明治44年、1857年から1911年の話で、ほぼ時代劇である。朝ドラ史上もっとも古い時代から始まった物語。

父(升毅)は137話で病死した。父は東京、ヒロインは大阪にいたため死のシーンは描かれずに伝聞による死である(父の遺品が届けられた)。

ヒロインが子供のころにかわいがられていた祖父(林与一)の死は44話で丁寧に描かれていた。

2015年春『まれ』は1990年代から2015年までを描く現代劇だった。父(大泉洋)はきわめていい加減な山師な男として登場し、最後まで元気である。母方の祖母として、フランスでパティシエをしている草笛光子が颯爽と現れた。彼女も元気だった。

死が生々しくなった

朝ドラでは、とくに古い時代の設定の場合、父はけっこう死んでいる。祖父母もなくなっていることが多い。ないしは、時代が飛んだあとに、登場しなくなる、というのもある(いちいち亡くなったという説明がない)。

ただ、死ぬ姿はあまり描かれない。『半分、青い』の祖父・中村雅俊と『あさが来た』の祖父・林与一くらい(2015年までの振り返りで、ということだが)。

そもそも、父が死ぬところに、娘があまり居合わせていない。なんか死ぬときに傍に娘がいてくれないのは、お父さんとしてはとても寂しいんじゃないかとおもうが、そんなことを言ってもしかたがない。

肉親の死が、あまり生々しく描かれてない感じがする。

べつだん生々しく描いて欲しいわけではないが、でも、やはりこれは世相の反映だろう。

どうも近年、どんどん、人の死が隠されていく傾向にあるようにおもう。

少なくとも、あまり広く開かれていない。ひょっとして肉親の死を恥ずかしいことのようにおもってるんじゃないか、という気配すら感じる。もちろんそんな人はほとんどいないだろうが、でも「多くの人に知らせて、みんなにお別れに来てもらう」ということは避けられる傾向にある。

死は「閉じていてほしい」

20世紀と21世紀の決定的な違いだとおもう。

ここ何百年か続いていた文化が途切れ、21世紀からの新しい文化に入れ替わっているのだろう。それはまた「ここ30〜40年で、信じられないくらい平均寿命が延びた」という事実ともつながっている。人がなかなか死なない社会では、弔いの文化も変わっていかざるをえない。

2010年代に入って、朝ドラの舞台設定は昔のものが多くなった。

明治・大正・昭和が主舞台になった。ほんらい、この時代の葬式はもっと広く開かれていたはずである。その時代を描きつつ、現代の「肉親の死はなるべく閉じていたい」という感覚がドラマに入っているようで、私は個人的に気になるのである。あきらかに個人的な感覚で、おそらくかなり少数派なのだとおもうが、でも気になってしまう。

私は、どうやら「肉親の死は肉親のものである」という死の私有化に違和感を抱いているようだ。

死をそこまで私有化していいのだろうか。そういう疑問である。

「人の死を、内々の者だけで処理しようとしてはいけない、そういうことをするとよからぬものを招いてしまう」

かつての「弔い」はそういう意識に支えられていたようにおもう。それはそれで生きていくための知恵だった。まあ、貧しい時代の知恵ですけどね。

死が「私有」される時代

むかしの死は、もう少し開かれていた。

人が死んだら、なるべく多くみんなに知らせる、というものだった。それはそれでいろいろと面倒を巻き込むのであるが、それもしかたがないことだと黙って引き受けていた。そのおおもとにあるのは、自分もやがて死ぬのだから、という当然の覚悟である。

死をおりこみ済みで生きている、という意識を共有してないと、人の死の世話を焼くことができない。損得で考えたら、動かなくてもいいのだから。

広く知らせて、多くの人が駆けつける、という形式は、もはやあまり好まれていないのだろう。死は公有ではなく私有のものになってきた。なるべく知らせないで、なるべく狭く小さく済ませたい、というのがいまの弔いの意識のようにおもう。

昭和の中ごろまでは、違う意識だった。

おそらく朝ドラでは、そこのギャップが今後、どんどん広がっていくのではないだろうか。これからも祖父や父の死は描かれるだろうが、おそらく明治や昭和ころの「死に対する意識」は描かれなくなっていくとおもわれる。

「なつぞら」でじいちゃんが最後まで死なず、「まんぷく」のお母さんも死ななかったのは何でもないことのようで、何かの決定的な変化なのかもしれない。

何となくそうおもっている。