7人に1人が貧困に…貧しさを生きる、看過できない「子どもの現実」 児童書が「貧困ジャーナリズム賞」を獲ったワケ

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児童文学がジャーナリズムの賞を受賞!

先月の9月28日、「貧困ジャーナリズム大賞2019」の表彰式が行われました。この賞は、「反貧困ネットワーク」(世話人代表・宇都宮健児弁護士)の主催で、「貧困問題への理解と意識を持ち、正確に、かつ継続的に報道するなど、顕著な報道活動を行ったジャーナリスト個人を対象」に、受賞者を選んでいるものです。

12回目を数える今年の表彰式では、賞の事務局が冒頭の挨拶で、今年は受賞者の顔ぶれが多岐にわたっているという指摘をしました。過去の受賞者を見ますと、NHK、朝日新聞、毎日新聞などの大きなメディアに所属する取材者たちが受賞者に名前を連ねています。

しかし今年は、そうした大メディアと並んで、児童文学作家の安田夏菜(やすだ・かな)さんの小説『むこう岸』(講談社刊)に、貧困ジャーナリズム大賞特別賞が贈られたのです。事務局に確認しましたところ、児童文学作家の受賞は、これが初めてということでした。

ジャーナリズムに対して贈られる賞を、児童文学が受賞した背景には、言うまでもなく7人に1人が貧困状態にあるとされる「子どもの貧困」が社会の課題として無視できなくなっていることがあるでしょう。さらにもう一つ、世の中のリアルと対峙し、そこにある問題を若年層に的確に届けようとしている児童書が増えていることも理由として挙げられると思います。

授賞式で自らの体験談とメッセージを語ったタレントの中川祥子さん

ちなみに今年は、自らの体験を元に、「生きづらさ」を抱える子どもたちにエールを贈る活動を続けているタレントの中川翔子さんに対しても、特別賞が贈られています。

中川さんは表彰式で、「私はイジメを受けて死にたかったことがありますが、『死なないで、生き延びてよかった』と思えるには時間がかかりました。死にたかった夜の先に見つけた気持ちを、いま、大人になった自分が、子どもたちに伝えるために、どんな言葉を見つけられるのか。これからも発信していきたい」と挨拶をしました。

このたび受賞した『むこう岸』という作品は、今年5月、第59回日本児童文学者協会賞を受賞しています。こちらの賞は、幼年向けの童話からYA(ヤングアダルト)まで、まさに児童書に贈られる文学賞です。

つまり、フィクションとノンフィクション、両方の世界から評価を受けた作品といえます。物語の内容を簡単に説明します。

対岸の和真と樹希

小さなころから、勉強だけは得意だった山之内和真(やまのうち・かずま)は、必死の受験勉強の末に有名進学校に合格しましたが、トップレベルの生徒たちが集まる環境で埋めようもない能力の差を見せつけられ、中三になって公立中学への転校を余儀なくされました。もちろん中学では、転校の経緯を隠して生きています。

ちっちゃいころからタフな女の子だった佐野樹希(さの・いつき)は、小五のとき事故で父を亡くしました。父の飲酒運転が原因でした。残された母と娘でしたが、そのとき母のお腹には新しい命が宿っており、いまは母と妹と三人、生活保護を受けて暮らしています。

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ふとしたきっかけで顔を出すようになった『カフェ・居場所』で、少年と少女は互いの生活環境を知ることになります。和真は「生活レベルが低い人たち」と樹希に苦手意識を持ち、樹希は「恵まれた家で育ってきたくせに」と、和真が見せる甘さを許せません。

反目する二人でしたが、二人とも「貧しさ故に機会を奪われること」に不条理と怒りを覚えます。中学生の前に立ちはだかる「貧困」というリアル。しかし、「貧しいからといって、樹希は進学するという将来の夢をあきらめなくてはならないのか」という問題に対して、彼ら自身が手探りで一筋の光を探し当てます――。

以上が、物語のおおまかな内容です。

賞の主催である「反貧困ネットワーク」は、『むこう岸』の受賞理由として、「母子家庭の子どもや外国にルーツをもつ子ども、そしてその『対極』にあると一般に考えられている学歴競争の中で苦しむ子どもの双方にやさしいまなざしを向けている」「生活保護制度の利用と進学の関係など、最新の情報にもとづいて記述されており、生活保護制度への正確な理解を促しているという点でも特筆すべき小説」といったことを挙げています。

安田夏菜さんは以前から、「子どもの貧困問題」をテーマにした物語を書きたいと思いを温めていました。しかし、問題の大きさに書きあぐねていたとき、思い出したのが中学生時代の読書体験だったそうです。

「ヘルマン・ヘッセの、『車輪の下』という物語でした。あのお話、ご存じですか? 町でいちばん賢いハンスくんが、周囲の大人の期待を一身に背負って受験勉強を重ね、エリート神学校に合格するんです。けれどその後、ドロップアウトして故郷に返され、ある日お酒をたくさん飲んで、川に落ちて死んでしまう。そういう悲劇的な物語なんですね」

彼はなぜ、死ななければならなかったのか。彼の優秀な頭脳を生かす道は、どこかになかったのか。少女だった安田さんは、その気持ちを長いこと、心に持ち続けていたといいます。

「貧困問題を書きあぐねていたとき、ふと考えました。あのハンスくんが今の日本に生き返って、私と一緒にこの問題を考えてくれないだろうかと。貧困問題の解決は、当事者だけの力では到底不可能です。ハンスくんのように、優秀な頭脳を持つエリートの力。貧困と対岸にいる人たちの力が、どうしても必要なんです。そして彼ら自身も、対岸とつながっていくことで、自分自身が救われるのではないかと」

格差によって分断されつつある人々が、互いに互いを救いあう社会であってほしい。「むこう岸」には、安田さんのそういう願いもこめられています。

社会と切り結ぶ児童書たちが続出

ここ数年、『むこう岸』以外にも、貧困をテーマにした児童書が出版されています。

今年刊行された児童書をみますと、中島信子さんの『八月のひかり』(汐文社)が注目を集めています。母と弟と三人で暮らす小学五年生の少女が友だちと遊ぶことなく、働く母に代わって家事をしている夏休みが描かれていますが、「いつもおなかがすいているから」遊ばないという彼女のおかれた状況、貧困の描写は真に迫るものがあります。

また、上條さなえさんの『月(るな)と珊瑚』(講談社)は、沖縄で暮らす勉強ができない小六の少女の日記というスタイルで、上空から響いてくるオスプレイの爆音に震える小学校生活や、貧しさ故に夢を持てないと考える少女たちの日常が描かれます。

一昨年に刊行された、栗沢まりさんの『15歳、ぬけがら』(講談社)は、ゴミ屋敷となっている市営住宅で暮らす中三の少女が、学習支援塾との出会いから、自分の将来を見つめるきっかけをつかむストーリーです。

児童書に対して、「子どもには『こうあってほしい』という、教育的な見地から書かれた話が多そう」という印象を持っている人も少なくないでしょう。しかし、いまご紹介した物語は、どれも、子どもたちよりもむしろ大人たちが目をそらしたい現実をストレートに提示しています。いえ、「教育的」どころか、大人たちが、子どもたちから遠ざけていたり、説明ができない現実を子どもたちに伝えているとも言えます。

現実をシビアに描いた児童書は、「貧困」のみならず、さまざまなテーマの作品が刊行されています。建前でなく本音をむき出しにして対象読者に迫る児童書の書き手が増えているということでしょう。

若年層を対象読者としている児童書であるがゆえ、どれだけ設定がシビアであっても、物語として面白く、ラストまで興味を引き続ける作品が多いのも特徴です。そのため、大人が読んでも、自分の知らない現実に触れる好テキストとなり得ます。

秋の夜長、『むこう岸』という児童書がジャーナリズムの世界から光を当てられたのをきっかけに、「リアル路線の児童書」に注目してみてはいかがでしょうか。

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五年生の美貴は、働くお母さんのかわりに料理や洗たくをして、毎日を家ですごしていた。美貴には、夏休みに遊ぶような仲良しの友達はいない。学校でも、だれとも友達になりたくないと思っていた。それには理由があって…。伝説の児童文学作家・中島信子の20年ぶりの新作。

ひらがなだらけの作文をばかにされたのをきっかけに日記をつけることにした沖縄の少女・珊瑚は、『ベルサイユのばら』の世界から抜け出したような月(るな)という転校生と仲良くなりたくてたまらない。珊瑚の日記を通じて、沖縄の子どもたちが感じていることのすべてが浮かび上がる。沖縄に移住した作者が贈る、新たな児童文学の可能性。

母子家庭で育つ中学三年生の麻美は、「いちばんボロい」といわれる市営住宅に住んでいる。家はゴミ屋敷。この春から心療内科に通う母は、一日中、なにもしないでただ寝ているだけ。食事は給食が頼りなのに、そんな現状を先生は知りもしない。夏休みに入って、夜の仲間が、万引き、出会い系と非行に手を染めていくなか、麻美は同じ住宅に住む同級生がきっかけで、学習支援塾『まなび~』に出会う。『まなび~』が与えてくれたのは、おいしいごはんと、頼りになる大人だった。泥沼のような貧困を生きぬく少女を描いた講談社児童文学新人賞佳作!